桜の奇跡 ~赤い糸の絆~

綾月百花   

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桜の奇跡  ~赤い糸の絆~

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 せめて車から救出できていたら、なにかができたはずなのに。
 できることは、患者の手を握り、声をかけ続けることだけだった。
 話しかけていた言葉も徐々に遠くなっていった。手から力が抜け落ちたとき、無力さが押し寄せてきた。
 他に何かできることは、あっただろうか?
 自分に問いかける。
 精一杯な事をやっただろうか?
 孤独を感じずに、旅立つことはできただろうか?
 自問自答を繰り返す。
 死亡確認をして、空のヘリに乗っている。
 原が黙っているので、南も静かだ。
 握りしめた手の感触は、今でも忘れていない。
 ぬくもりが少しずつなくなっていった。
 死ぬというのは、こういうことなのかと、原は改めて思った。
 きっと今日の日のことは、忘れない。
 掴みとれなかった命を悔しいとは思うが、いつでも、命を取り戻せるわけではないのだ。
 命を預かる仕事から神の領域に少し近いような気がするが、人は人でしかない。
 命を助けたいと思って医者を目指したけれど、所詮医師も人間なのだから。人は無力だ。
 看護師時代も医師になってからも、失っていく命を見送ることしかできなかったことは、何度もあった。
 それでも、その死を前に、慣れることはなかった。
 人として人の死に慣れてしまってはいけないと思う。
 今は亡くなった命のことだけを考えていたいのに、原の中に、もう一つの想いがあった。
 心がまた壊れそうなほどの辛い思い出。
 まさか加納の両親と出くわすとは・・・。
 加納の両親は原のことを、憎んでいる。
 どこから話が漏れたのか、加納と原が恋人同士だという噂を聞きだし、加納の母親が原に接触してきた。
 加納に婚約者がいると言ってきたのも、加納の母親だった。
 加納の母親が指定した場所に行くと、加納は婚約者と一緒に歩いていた。
 酷く罵倒され、見知らぬ男たちに何度も凌辱された。
 乱暴されているときの写真も、何枚も撮られた。
 もちろん加納の知らないところで。
 あの時、原の心は死んだ。
 肉体だけがのうのうと生き続けている。
 医師の姿で対面してしまった。
 何を言われるのか、想像もできない。
 傷つけられたこめかみが、鈍く痛みを放つ。
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