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1 御嵩家の一員
3 お妃候補と対面
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歯を磨き、顔を洗うと、白の木綿の着物に着替えさせられた。
唯はまだ着物を自分で着られないので、みのりが着せてくれる。
羽織を着て、暗い廊下を歩いて、外に出るとまだ星が出ていた。空気は冷たく凍えるようだ。
唯はみのりに手を繋がれて、暗い道を歩いて行く。達樹は後ろから付いてくる。
滝の音が聞こえる。
「寒いよ」
「寒いですね?」
みのりは寒いと言ったが、それほど寒そうにしていない。みのりの服装は白いシャツに黒いベストとズボンを着ている。とても薄着だ。達樹はその上に黒の上着を着ている。
暫く歩くと、木製の更衣室のような場所に着いた。みのりは一つの部屋の中に入っていった。
「こちらは唯様のお部屋になります」
「……はい」
達樹は更衣室には入って来なかった。
閉まった扉を見ると、みのりは「ここは男性立ち入り禁止です」と唯に教えた。
更衣室なら、当然、男性立ち入り禁止だろうと唯は思った。
更衣室の中は、特に何もなかった。ただ着替えるだけのようだ。
「唯様の朝のお務めです。今日は特に初めての禊ぎになります。青龍様に初めて唯様のお姿をお目にかけることになります。同時にお妃候補の方とも初顔合わせになります。どうか凜となさってください」
みのりが唯の両手を掴んだ。
「わたくしは、お近くで唯様を護衛しております。安心して行ってらっしゃいませ」
お妃候補との初顔合わせと聞いて、唯の顔が緊張する。
お妃候補を二人も木の肥やしにした恐ろしい人たちだ。気をつけなければと心に刻み込む。みのりは唯の羽織を脱がせた。羽織を棚に置くと代わりにバスタオルを手に持った。
「行ってきます」
唯はみのりに声をかけると、木の扉を開けた。
唯の後から、みのりが続く。
目の前には滝があった。滝から大量の水が流れて川になっていた。
まだ暗い中で一つの電気が灯っていた。スポットライトのように川縁から川の一部が照らされている。
隣の木の扉が開いた。
「初めまして、御嵩千鶴と申します。新人さんですね。私は花姫の中で一番年長の24歳です。よろしくね」
美しい女性だった。年長と言うだけあって、体つきは完成した女性の体をしていた。
胸は大きく、ウエストは細く、腰は大きい。安産体系だ。髪はくせ毛なのか少しウエーブのある髪が腰まである。
唯の髪も腰まであるが、綺麗な漆黒のストレートだ。
今は禊ぎのために、白い布で一つに縛ってある。
「唯です。16歳です。よろしくお願いします」
唯は丁寧に頭を下げる。
両親は躾に厳しい人だったので、礼儀作法や茶道や華道も嗜んでいた。他にもピアノやバレエ、習字や水泳。一週間一日も休みのない習い事に通っていた。両親からどこに出ても恥ずかしくない子だと言われてきた。
今思えば、16歳で嫁に行く子供への、ちょっと早めの花嫁修業だったのだろう。
(きちんとしなくちゃ。両親に恥をかかせてしまう……)
次々に扉が開いて、4人の女性が川縁に並んだ。
「皆様、おはようございます。こちらの方が新顔の御嵩唯さんです」
千鶴が他の3人に唯を紹介した。
「おはよ、私は真優17歳。よろしく」
唯と一つしか年齢が違わないのに、大きな胸をしていた。腰は小さく、ウエストのくびれは、唯の方がある。
やはり髪は腰まである。髪は結ばずそのままでいる。
「おはようございます。紗椰です。18歳。よろしくお願いします」
沙耶は、唯と同じくらいの胸の大きさだった。体型もあまり変わらない。
ただ髪の長さが、肩までだ。顔立ちは優しげで、他の女性たちに比べて、おとなしそうだ。
「はよー!美鈴、19歳、寒いのにお疲れさん。よろしく」
美鈴は、声が高い。名前の通り鈴が鳴るような響きを持つ。体型は千鶴とよく似ている。やはり髪の長さは長そうだ。彼女は髪を二つに結んで三つ編みをして、頭の上で留めている。そのせいか、首が細く見える。
「唯様お時間です」
みのりの声に、唯はお妃候補を夢中で見ていたことに気付いた。
「中に入ればいいの?」
「肩まで浸かってください」
みのりが丁寧教えてくれるのを、「うるさいわね」と美鈴が撥ねのけた。
唯を置いて、他のお妃候補が川の中に入っていく。
急いで唯も入って行く。
四人は浅瀬に座って、肩まで沈んだ。
「ああ、今日も冷たいわ」
「もっと温かな水だったらいいのに」
「凍えてしまいそう」
「冷たい」
年齢順に話していくのは、何かの決まりなのだろうか?
唯は震えながら、4人と少し離れた場所に入った。
「唯様、あまり奥に行くと深くなっています」
「あっ」
みのりの声と同時に、深みにはまって流される。
「唯様」
禊ぎの場所には花姫しか入れない決まりになっている。みのりはじっと流されていく唯を見つめるしかできない。
「青龍様、唯様をお救いください」
みのりの声が山中に響いた。
他の花姫たちは、流されていく唯を助けようとはしない。
「もう脱落なのかしら?」
「一番の最短滞在者になるわね」
真優と美鈴がクスクス笑いながら、流されていく唯を見ている
他の二人は何も言わずに、ただじっと唯を見つめるだけだ。
唯の体が激流に流されて、体が沈んだ。
(私、肥やしになるとか考える前に、溺死?笑えない)
呼吸ができなくて、溺れる。
プールと川では、水の流れも泳ぎ方も違う。
川から湖に落ちて体が沈んでいく。沈んでいく体が、暖かいものに包まれて浮かんでいく。
水面に顔が出て、やっと息ができた。
咳き込みながら、川の流れが逆流していく。
まるで抱きかかえられているような温かな水が体に纏わり付き、ゆっくり川縁まで運ばれていく。
(青龍様のお力なの?)
冷たかった水まで温かく感じる。
他の花姫たちは、もう陸にあがって、小屋に入って行く。
もう誰も唯を見ていなかった。見ているのはみのりだけだ。
浅瀬に運ばれて、温かな水が離れていく。
「唯様、ご無事ですか?」
浅瀬を流れる川の流れが緩やかになっている。
『立てるかい?』
頭の中に声が聞こえた。
「誰?」
『青龍だ』
「青龍様、助けてくださってありがとうございます」
唯はすぐに頭を下げた。
『話さずとも、心の中で話せば通じる』
『はい』
『もう川から上がりなさい。川の水は人には冷たいのだろう』
『とても冷たいです。凍えそうです』
『正直な花姫だ』
『青龍様にお目にかかりたいです』
『いずれ近いうちに』
青龍がクスクス笑いながら、近くに感じていた気配が遠ざかっていく。
「唯様。お立ちになれますか?」
水際まで来たみのりが、声をかける。
「うん、大丈夫」
川には他の花姫の姿は、どこにもなかった。
「気を付けてこちらに歩いてきてください。風邪を召してしまいます」
「うん」
唯は立ち上がると、歩き始めた。
みのりが大きなバスタオルを広げて立っている。
陸に上がりタオルに包まれて、川を振り向くと、水の流れが元に戻っていた。
「唯様大丈夫ですか?」
「青龍様が助けてくださいました」
初めて神の力を、肌身で感じた。
「それはよかったです」
「お話もしてくださいました」
「まあ、なんて素晴らしいのでしょう」
大きなタオルで体を包まれ、みのりは唯を抱えるようにしながら、小屋の中に入っていった。
「唯様、一度、部屋に戻りましょう。髪を乾かしましょう。風邪を引いてしまいます」
「みのりさん。温かいお茶を淹れてください」
「呼び捨てで呼んでください。家の者に叱られてしまいます」
「私が呼ばないと叱られるの?」
「そうです」
「これから、気をつけます」
みのりは嬉しそうに微笑んだ。
「美味しいお茶を淹れますね」
濡れた着物を脱がされて、新しい白の着物に着替える。羽織はピンクの羽織だ。
「暖かい」
震える体に、毛布を掛けて、居室に一端戻る。
他の花姫たちは、既に戻ったのか誰もいなかった。
「もしかして、私って狙われています?」
「はい。100%狙われています。気をつけてくださいね」
みのりにきっぱり言われて、唯は不安になった。
不安になったけれど、溺れている唯を確かに助けてくれた力があった。
負けずに戦っていたら、また助けてくれるかもしれない。
「青龍様に気に入られるように、励みます」
みのりが微笑んだ。
……
…………
………………
髪を乾かしてもらって、唯は長い髪を一つに結んで、緋袴に着替える。
薄化粧を施され、神社に参拝して、今朝のお礼をする。
陽が昇り清々しい朝日が降り注ぐ。
「青龍様、助けてくださりありがとうございました。唯は頑張ります」
返事がなくて、唯は少し寂しく感じるが、『いずれ近いうちに』と言ってくれた青龍様の言葉を思い出し、掃除を始めた。
神社の入り口を箒で掃いていく。
花びらが散って、花吹雪が起こる。
美しいが、せっかく掃いたのに、またやり直しだ。
「やめてください」
境内の陰から、悲鳴のような紗椰の声がして、唯は箒を持ったまま、声のした方へと近づいていった。3人に囲まれて紗椰が転んでいた。
唯が声をかけようとしたとき、みのりが近づいてきて、耳打ちした。
「紗椰様にも、付き人がおります」
そっと腕を引かれて、唯は黙って様子を見ることにした。
「紗椰様、お怪我は大丈夫ですか?」
忍者のように姿を現したのは、みのりより年上の女性だった。
「ええ、躓いて転んでしまったのです」
明らかに虐められていたのに、紗椰は転んでしまったと言った。
付き人も見ていたはずなのに、何も言わなかった。
紗椰の付き人は、紗椰を横抱きに抱いて歩いて行った。
とても大切にされているように見えた。
草履や箒は違う付き人が片付けている。
「もしかして、虐められているの?」
「この間は、髪を切られてしまいましたね」
「髪を?」
唯は自分の長い髪に触れた。
「唯様のことはお守りしますが、唯様自身も気をつけてお過ごしください」
「……そうする」
「さあ、そろそろお食事の時間ですよ」
「掃除は終わり?」
「終わりです」
唯はにっこり笑った。年より幼く見える唯の表情が朝の禊ぎの後から明るくなった。
花の香りが濃くなる。
「さあ、参りましょう」
唯の手から箒を取ると、みのりは掃除道具入れに箒をしまい、唯の手をそっと取る。
「待って、もう一度お参りしてくる」
唯は駆けていくと、本殿の前で礼儀に則った作法で参拝した。
唯の隣で、みのりも参拝する。
今朝のお礼をもう一度言いたかった。
青龍様の声は、やはり聞こえなかった。
若い男性の声だった。口調は優しく、唯を包む水も温かかった。
(きっと優しい神様なんだ。会ってみたいな)
「さあ、唯様。お食事の時間です」
「はい」
桜や梅が満開で美しい神社の間を、二人で歩いて行く。二人の後から、達樹が様子を見ながらついてきた。
唯はまだ着物を自分で着られないので、みのりが着せてくれる。
羽織を着て、暗い廊下を歩いて、外に出るとまだ星が出ていた。空気は冷たく凍えるようだ。
唯はみのりに手を繋がれて、暗い道を歩いて行く。達樹は後ろから付いてくる。
滝の音が聞こえる。
「寒いよ」
「寒いですね?」
みのりは寒いと言ったが、それほど寒そうにしていない。みのりの服装は白いシャツに黒いベストとズボンを着ている。とても薄着だ。達樹はその上に黒の上着を着ている。
暫く歩くと、木製の更衣室のような場所に着いた。みのりは一つの部屋の中に入っていった。
「こちらは唯様のお部屋になります」
「……はい」
達樹は更衣室には入って来なかった。
閉まった扉を見ると、みのりは「ここは男性立ち入り禁止です」と唯に教えた。
更衣室なら、当然、男性立ち入り禁止だろうと唯は思った。
更衣室の中は、特に何もなかった。ただ着替えるだけのようだ。
「唯様の朝のお務めです。今日は特に初めての禊ぎになります。青龍様に初めて唯様のお姿をお目にかけることになります。同時にお妃候補の方とも初顔合わせになります。どうか凜となさってください」
みのりが唯の両手を掴んだ。
「わたくしは、お近くで唯様を護衛しております。安心して行ってらっしゃいませ」
お妃候補との初顔合わせと聞いて、唯の顔が緊張する。
お妃候補を二人も木の肥やしにした恐ろしい人たちだ。気をつけなければと心に刻み込む。みのりは唯の羽織を脱がせた。羽織を棚に置くと代わりにバスタオルを手に持った。
「行ってきます」
唯はみのりに声をかけると、木の扉を開けた。
唯の後から、みのりが続く。
目の前には滝があった。滝から大量の水が流れて川になっていた。
まだ暗い中で一つの電気が灯っていた。スポットライトのように川縁から川の一部が照らされている。
隣の木の扉が開いた。
「初めまして、御嵩千鶴と申します。新人さんですね。私は花姫の中で一番年長の24歳です。よろしくね」
美しい女性だった。年長と言うだけあって、体つきは完成した女性の体をしていた。
胸は大きく、ウエストは細く、腰は大きい。安産体系だ。髪はくせ毛なのか少しウエーブのある髪が腰まである。
唯の髪も腰まであるが、綺麗な漆黒のストレートだ。
今は禊ぎのために、白い布で一つに縛ってある。
「唯です。16歳です。よろしくお願いします」
唯は丁寧に頭を下げる。
両親は躾に厳しい人だったので、礼儀作法や茶道や華道も嗜んでいた。他にもピアノやバレエ、習字や水泳。一週間一日も休みのない習い事に通っていた。両親からどこに出ても恥ずかしくない子だと言われてきた。
今思えば、16歳で嫁に行く子供への、ちょっと早めの花嫁修業だったのだろう。
(きちんとしなくちゃ。両親に恥をかかせてしまう……)
次々に扉が開いて、4人の女性が川縁に並んだ。
「皆様、おはようございます。こちらの方が新顔の御嵩唯さんです」
千鶴が他の3人に唯を紹介した。
「おはよ、私は真優17歳。よろしく」
唯と一つしか年齢が違わないのに、大きな胸をしていた。腰は小さく、ウエストのくびれは、唯の方がある。
やはり髪は腰まである。髪は結ばずそのままでいる。
「おはようございます。紗椰です。18歳。よろしくお願いします」
沙耶は、唯と同じくらいの胸の大きさだった。体型もあまり変わらない。
ただ髪の長さが、肩までだ。顔立ちは優しげで、他の女性たちに比べて、おとなしそうだ。
「はよー!美鈴、19歳、寒いのにお疲れさん。よろしく」
美鈴は、声が高い。名前の通り鈴が鳴るような響きを持つ。体型は千鶴とよく似ている。やはり髪の長さは長そうだ。彼女は髪を二つに結んで三つ編みをして、頭の上で留めている。そのせいか、首が細く見える。
「唯様お時間です」
みのりの声に、唯はお妃候補を夢中で見ていたことに気付いた。
「中に入ればいいの?」
「肩まで浸かってください」
みのりが丁寧教えてくれるのを、「うるさいわね」と美鈴が撥ねのけた。
唯を置いて、他のお妃候補が川の中に入っていく。
急いで唯も入って行く。
四人は浅瀬に座って、肩まで沈んだ。
「ああ、今日も冷たいわ」
「もっと温かな水だったらいいのに」
「凍えてしまいそう」
「冷たい」
年齢順に話していくのは、何かの決まりなのだろうか?
唯は震えながら、4人と少し離れた場所に入った。
「唯様、あまり奥に行くと深くなっています」
「あっ」
みのりの声と同時に、深みにはまって流される。
「唯様」
禊ぎの場所には花姫しか入れない決まりになっている。みのりはじっと流されていく唯を見つめるしかできない。
「青龍様、唯様をお救いください」
みのりの声が山中に響いた。
他の花姫たちは、流されていく唯を助けようとはしない。
「もう脱落なのかしら?」
「一番の最短滞在者になるわね」
真優と美鈴がクスクス笑いながら、流されていく唯を見ている
他の二人は何も言わずに、ただじっと唯を見つめるだけだ。
唯の体が激流に流されて、体が沈んだ。
(私、肥やしになるとか考える前に、溺死?笑えない)
呼吸ができなくて、溺れる。
プールと川では、水の流れも泳ぎ方も違う。
川から湖に落ちて体が沈んでいく。沈んでいく体が、暖かいものに包まれて浮かんでいく。
水面に顔が出て、やっと息ができた。
咳き込みながら、川の流れが逆流していく。
まるで抱きかかえられているような温かな水が体に纏わり付き、ゆっくり川縁まで運ばれていく。
(青龍様のお力なの?)
冷たかった水まで温かく感じる。
他の花姫たちは、もう陸にあがって、小屋に入って行く。
もう誰も唯を見ていなかった。見ているのはみのりだけだ。
浅瀬に運ばれて、温かな水が離れていく。
「唯様、ご無事ですか?」
浅瀬を流れる川の流れが緩やかになっている。
『立てるかい?』
頭の中に声が聞こえた。
「誰?」
『青龍だ』
「青龍様、助けてくださってありがとうございます」
唯はすぐに頭を下げた。
『話さずとも、心の中で話せば通じる』
『はい』
『もう川から上がりなさい。川の水は人には冷たいのだろう』
『とても冷たいです。凍えそうです』
『正直な花姫だ』
『青龍様にお目にかかりたいです』
『いずれ近いうちに』
青龍がクスクス笑いながら、近くに感じていた気配が遠ざかっていく。
「唯様。お立ちになれますか?」
水際まで来たみのりが、声をかける。
「うん、大丈夫」
川には他の花姫の姿は、どこにもなかった。
「気を付けてこちらに歩いてきてください。風邪を召してしまいます」
「うん」
唯は立ち上がると、歩き始めた。
みのりが大きなバスタオルを広げて立っている。
陸に上がりタオルに包まれて、川を振り向くと、水の流れが元に戻っていた。
「唯様大丈夫ですか?」
「青龍様が助けてくださいました」
初めて神の力を、肌身で感じた。
「それはよかったです」
「お話もしてくださいました」
「まあ、なんて素晴らしいのでしょう」
大きなタオルで体を包まれ、みのりは唯を抱えるようにしながら、小屋の中に入っていった。
「唯様、一度、部屋に戻りましょう。髪を乾かしましょう。風邪を引いてしまいます」
「みのりさん。温かいお茶を淹れてください」
「呼び捨てで呼んでください。家の者に叱られてしまいます」
「私が呼ばないと叱られるの?」
「そうです」
「これから、気をつけます」
みのりは嬉しそうに微笑んだ。
「美味しいお茶を淹れますね」
濡れた着物を脱がされて、新しい白の着物に着替える。羽織はピンクの羽織だ。
「暖かい」
震える体に、毛布を掛けて、居室に一端戻る。
他の花姫たちは、既に戻ったのか誰もいなかった。
「もしかして、私って狙われています?」
「はい。100%狙われています。気をつけてくださいね」
みのりにきっぱり言われて、唯は不安になった。
不安になったけれど、溺れている唯を確かに助けてくれた力があった。
負けずに戦っていたら、また助けてくれるかもしれない。
「青龍様に気に入られるように、励みます」
みのりが微笑んだ。
……
…………
………………
髪を乾かしてもらって、唯は長い髪を一つに結んで、緋袴に着替える。
薄化粧を施され、神社に参拝して、今朝のお礼をする。
陽が昇り清々しい朝日が降り注ぐ。
「青龍様、助けてくださりありがとうございました。唯は頑張ります」
返事がなくて、唯は少し寂しく感じるが、『いずれ近いうちに』と言ってくれた青龍様の言葉を思い出し、掃除を始めた。
神社の入り口を箒で掃いていく。
花びらが散って、花吹雪が起こる。
美しいが、せっかく掃いたのに、またやり直しだ。
「やめてください」
境内の陰から、悲鳴のような紗椰の声がして、唯は箒を持ったまま、声のした方へと近づいていった。3人に囲まれて紗椰が転んでいた。
唯が声をかけようとしたとき、みのりが近づいてきて、耳打ちした。
「紗椰様にも、付き人がおります」
そっと腕を引かれて、唯は黙って様子を見ることにした。
「紗椰様、お怪我は大丈夫ですか?」
忍者のように姿を現したのは、みのりより年上の女性だった。
「ええ、躓いて転んでしまったのです」
明らかに虐められていたのに、紗椰は転んでしまったと言った。
付き人も見ていたはずなのに、何も言わなかった。
紗椰の付き人は、紗椰を横抱きに抱いて歩いて行った。
とても大切にされているように見えた。
草履や箒は違う付き人が片付けている。
「もしかして、虐められているの?」
「この間は、髪を切られてしまいましたね」
「髪を?」
唯は自分の長い髪に触れた。
「唯様のことはお守りしますが、唯様自身も気をつけてお過ごしください」
「……そうする」
「さあ、そろそろお食事の時間ですよ」
「掃除は終わり?」
「終わりです」
唯はにっこり笑った。年より幼く見える唯の表情が朝の禊ぎの後から明るくなった。
花の香りが濃くなる。
「さあ、参りましょう」
唯の手から箒を取ると、みのりは掃除道具入れに箒をしまい、唯の手をそっと取る。
「待って、もう一度お参りしてくる」
唯は駆けていくと、本殿の前で礼儀に則った作法で参拝した。
唯の隣で、みのりも参拝する。
今朝のお礼をもう一度言いたかった。
青龍様の声は、やはり聞こえなかった。
若い男性の声だった。口調は優しく、唯を包む水も温かかった。
(きっと優しい神様なんだ。会ってみたいな)
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「はい」
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