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4 青龍様の弟に迫られています
1 青龍様のお父様とお母様
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「結婚しても幸せになれるわけではないのですね」
続けざまに花姫の火葬が行われ、唯は龍之介に花姫の生る木の前に連れてきてもらった。
屈んで手を合わせる。
好きな相手ではなかったが、同じ花姫として半年以上一緒に過ごした。
結婚して、二人は幸せになれると思っていた唯は、ショックを受けていた。
花姫の生る木の下には、肥料と混ぜられた花姫たちが眠っている。
「私がもし死んでしまったら、また祈ってくださいますか?」
「唯は俺が守る」
「万一、死んでしまったら、『唯を』と願ってくださいますか?」
「唯、そんなに嘆くな」
最近の唯は、華やかな着物を着なくなった。
花姫の正装である白い着物に、龍之介の鱗と同じ色の薄羽織を羽織っている。
季節は秋になり紅葉と桜の花が同時に見られる。
山が華やかになっている。
「花姫は私しかいなくなりました。とても寂しい」
「これで危険はなくなっただろう?」
「危険はなくなりましたが、誰もいないお屋敷は寂しいです」
「それなら俺の家族を紹介してやろう。気晴らしになるだろう」
「龍之介様のご両親ですか?」
「ああ、いつまでたっても新婚気分が抜けない、恥ずかしい両親だ」
「お会いしたいです」
「では、明日は綺麗な着物を着ておいで」
「はい、龍之介様」
唯を抱えて、龍之介は唯の部屋の前に戻ってきた。
門番のように、控えていた達樹が、突然現れた龍之介の姿を見て、跪き深く頭下げる。
「唯を頼む」
「はい」
龍之介は立ち上がると、襖を開ける。
「唯、また明日だ。よく眠るように」
「龍之介様、おやすみなさい」
唯は深く頭を下げると、部屋の中に入った。
すっと消えるように龍之介の姿が消えたのを見た後、達樹は襖を閉めて結界を張った。
「お帰りなさいませ」
みのりが深く頭を下げる。
「明日は龍之介様のご両親にご挨拶に行くことになったの。綺麗な着物を用意してくれる?」
「それはお洒落をしなければいけませんね」
唯は部屋の奥に行くと桶の中で手を洗い、うがいをする。
一般家庭で育った唯の習慣のようなものだ。うがいのためのコップも用意されている。
コップを洗って、布巾で拭う。
「唯様、どの着物がよろしいですか?」
みのりは箪笥を開けて、いろんな着物を唯にあてがう。
「一番似合うのはどれかしら?できればあまり派手ではなくて、清楚なものがいいのだけど」
「唯様はピンクがお似合いになります」
みのりはピンクの着物を出して、唯にあてがっていく。
鏡を見ているだけで楽しくなる。
「これはどうでしょう?」
桜の花とモミジが混ざり合ったピンクの着物だ。
「今の季節にぴったりね」
薄羽織も同色の淡いピンクだ。
明日着る着物を決めて、唯はお風呂の準備をする。
水を溜めて、達樹が薪で湯を沸かす。
家事は基本的に唯が自分でしている。
最近、やっと着物も着られるようになってきた。
電気はないので、暗くなる前に、お風呂は済ませてしまいたい。
「湯加減はいかがですか?」
「もう大丈夫です」
手でお風呂をかき回す。
「唯様、お着替えです」
「ありがとう、みのり」
着替えを受け取って、唯はお風呂に入る。
長い髪を洗い、桶で流す。体を洗い、湯船に浸かる。
(明日は楽しみだけど、緊張するな)
お風呂の中で、唯は幸せそうに微笑んでいた。
……
…………
………………
学校には行かなくなった。
龍之介と過ごす時間が増えて、学校に行っても龍之介と一緒にいるなら、わざわざ危険を冒して御嵩家から出る必要もない。
学校の制服は、ときどき着て楽しんでいる。
一人で禊ぎをして、神社の掃除も一人でするのも慣れてきた。
「唯様、お時間ですよ」
「はい」
一人で神社のすべてを掃除することは不可能だ。唯は30分だけ神社の掃除をする。
その後は、朝食の時間だ。
朝食は御嵩家から支給される。
薄味の食事にも慣れてきた。時々、昔を思い出しいろんな食べ物を食べたくなるが、そんな欲求も忘れるほど、今は龍之介のことを想い続けている。
婚礼の話も出てきている。
指輪ももうすぐできるらしい。
今日は婚礼のための挨拶だろう。
「唯、迎えに来たよ」
龍之介が襖を開けて入ってくる。
達樹とみのりは、畳の上に跪く。
「龍之介様、おはようございます」
「おはよう。綺麗だよ」
「ありがとうございます」
昨日、用意した着物を身につけ、薄化粧を施している。
「さあ、行くよ」
龍之介は唯の手を掴んで瞬間移動で、暗い場所に降り立った。
「足下が滑るかもしれない。気をつけて」
「はい。ここは洞窟ですか?」
「龍神は水がないと生きられないのだ。龍神の屋敷には、必ず池か湖がある」
「そうなんですね」
しばらく歩くと、大きな屋敷が見えてきた。
「ここが家だ」
「立派なお屋敷ですね。俺が育った家だ」
「実家ですね」
唯には実家がない。両親もいない。木から生った花姫だからだ。
少し羨ましい。
「俺と唯の屋敷も今、造らせておる。楽しみしておれ、屋敷ができたら連れて行ってやろう」
「素敵ですね。私にも家ができるのですね」
「二人で家庭を作るぞ」
緊張していた唯の顔が微笑む。
「家族を作るんですね?」
「そうだ」
「楽しみです」
唯は心の底から、家族を作るという言葉に憧れていた。
「子供は何人でもいいぞ。狭くなったら増築してもいい」
「龍之介様、気が早いです」
「そんなことはない。婚礼は近いうちに行う」
「龍之介様。私、幸せすぎて怖いです」
「怖いものはなにもない。安心していい」
話している間に、屋敷に辿り着いた。
龍之介が玄関の前に立つと、お付きの者が玄関を開けた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
「おじゃまします」
広い玄関の中に入ると、若い男性と若い女性が座っていた。
「父上、母上、いきなりなんですか?」
「龍之介が花嫁を連れてくると言うから楽しみでね」
「初めまして、唯と申します」
唯は深く頭を下げた。
「父と母だよ。若く見えるけれど、結構、年寄りだ」
「年齢の事は言わない約束だ」
父親はにこりと笑うと、「さあ、あがりなさい」と唯を歓迎してくれた。
もう一度、「おじゃまします」と声をかけ、草履を脱いで、屋敷に上がった。龍之介がずっと手を引いてくれている。
広い廊下に左右に襖が並んでいる。
開けられた襖の中は、広い和室になっていて、窓から見える景色は山の紅葉と桜の木だった。
部屋の真ん中に大きなテーブルが置かれていて、普通の家庭のようだ。家具も唯が暮らしていた家のような造りになっている。懐かしさに、部屋の中を眺めてしまう。
「さあ、座りなさい」
龍之介の母親が、声をかけてくれた。
「唯、おいで」
「はい」
龍之介に手を引かれて、座布団の上に座る。
「父の龍太郎だ。龍之介が世話なっているね」
「いいえ、お世話になっているのは私です」
唯は深く頭を下げた。
「母の姫奈です。唯さんと同じ花姫の一族よ」
「お母様は、花姫なのですね」
「そうよ。いろいろ辛いこともあるでしょうが、龍之介の花嫁になれば、幸せになれるでしょう」
唯は深く頭を下げる。
「唯さんのお陰で、山の景色が鮮やかで、楽しませてもらっているわ。強い霊力を持っているのね。私には強い霊力はないので、少し羨ましいわ」
「花を咲かせることしかできませんが」
「唯さんの霊気は、素晴らしく綺麗だ。龍之介が花を付けた瞬間に花嫁にと言ったわけがわかったよ」
龍太郎は優しく微笑む。
「唯さんを家族として歓迎します」
龍太郎が言うと、姫奈も微笑んでいる。
「兄貴が帰っているんだって?」
部屋の中に白銀の髪を持つ青年が入ってきた。
背丈や顔立ちは龍之介とよく似ているが、目の色が深い緑だ。
「こら、龍磨。お行儀が悪いぞ」
「ちょうど良かったわ、龍之介の花嫁の唯さんよ」
「兄貴、結婚するの?」
「16年前にそう言ったが」
「10年や20年なんて、つい昨日のみたいな感じだぜ。ちょっとどんな女か顔を見せろよ」
龍磨の手が唯の顎を持ち上げる。
「龍磨、触るんじゃない」
龍之介は龍磨の手をたたき落とした。
「すげえ、美人じゃね。それにこの霊気すごい。兄貴、この娘、俺にくれないか?」
「駄目だ。唯は俺の妻にすると決めている。両親に唯を紹介に来たんだ。邪魔をするな」
「こんな娘、見たことがねえ。それなら共有してくれ」
「断る」
「龍磨止めなさい。この子は龍之介の妻になる花姫だ」
「こんな花姫見たことがねえ。おい、俺の方が幸せにしてやるから、俺に鞍替えしろ」
龍磨の手が唯の手を握る。
左右で手を引っ張られ、唯の体が半分に裂けそうだ。
「痛い」とも言えず、目を閉じて痛みを我慢していると、龍太郎が席を立って、龍磨の頭を殴りつけた。
「止めなさいと言っているだろう」
着物は裂けて、胸がはだけている。
「唯さん、大丈夫?息子が乱暴をして申し訳ございません。龍之介、唯さんをこちらの部屋へ」
苦しそうに胸を押さえている唯を、龍之介は抱き上げて、姫奈に言われた場所に連れて行く。
ソファーが置かれていた。
ソファーに座らされると、姫奈は龍之介に「痛みを取ってあげなさい」と命令した。
「すまない」
龍之介の手が唯の体に触れる。
痛みが少しずつ和らいでいく。
「辛かったら横になってください」
「いいえ、だいぶ、痛みが引いてきました」
「まだ人の身なのだから、優しくしなければ、体が裂けてしまいますよ」
「うっかりしていた」
龍之介は唯の体を全身で抱きしめた。
「龍之介様、もう大丈夫です」
唯はそっと龍之介の胸を押した。
龍之介の両親の前で、はしたない姿を見せてしまった。
「裁縫道具を貸していただけますか、破れた着物を縫い直します」
「愚息が行ったことなので、こちらで直させてもらうわ。代わりに、私の着物ですが着てくださる?」
「お母様、ありがとうございます」
唯は姫奈から赤い着物を受け取った。
「着替えは自分でできますか?」
「はい。まだ覚えたばかりですが。着替えられると思います」
「それなら、こちらにおいでなさい」
姫奈に連れられて、唯は屋敷の奥へと足を進める。
「ここは客間です。ゆっくり着替えて。鏡もありますから。うまく着られなかったら、手伝いますよ」
「一度、自分で着替えてみます」
「不都合があったら、呼んでください」
「はい」
姫奈は客間から出て行った。
香の焚かれた着物は、いい香りがした。
赤い着物には梅の花が綺麗に咲いていた。
赤い着物にもともとの帯を結び、崩れてしまった結った髪をどうするか、唯は鏡の前で悩んでしまった。
着物は着られるようになったが、髪の結い方は覚えていない。
今朝はみのりが結ってくれた。
仕方なく、長い髪を下ろした。
「唯、着替えられたか?」
「すみません。髪が結えません。長い髪のままで申し訳ございません」
「せっかく綺麗にしてきたのに、崩してしまったのは俺たちだ、謝る必要はない」
手を取られ、唯は最初に案内された部屋に戻る。
「あの、弟さんとは仲が悪いのですか?」
「あのバカは、不良龍神だ。せっかく龍神の力も強いのに、神社の一つも構えない。ふらふらと人間界で遊び歩いている」
「私、怖いです」
「唯のことは俺が守る」
襖を開けられ、唯は慌てて、礼儀に従って室内に入っていく。
続けざまに花姫の火葬が行われ、唯は龍之介に花姫の生る木の前に連れてきてもらった。
屈んで手を合わせる。
好きな相手ではなかったが、同じ花姫として半年以上一緒に過ごした。
結婚して、二人は幸せになれると思っていた唯は、ショックを受けていた。
花姫の生る木の下には、肥料と混ぜられた花姫たちが眠っている。
「私がもし死んでしまったら、また祈ってくださいますか?」
「唯は俺が守る」
「万一、死んでしまったら、『唯を』と願ってくださいますか?」
「唯、そんなに嘆くな」
最近の唯は、華やかな着物を着なくなった。
花姫の正装である白い着物に、龍之介の鱗と同じ色の薄羽織を羽織っている。
季節は秋になり紅葉と桜の花が同時に見られる。
山が華やかになっている。
「花姫は私しかいなくなりました。とても寂しい」
「これで危険はなくなっただろう?」
「危険はなくなりましたが、誰もいないお屋敷は寂しいです」
「それなら俺の家族を紹介してやろう。気晴らしになるだろう」
「龍之介様のご両親ですか?」
「ああ、いつまでたっても新婚気分が抜けない、恥ずかしい両親だ」
「お会いしたいです」
「では、明日は綺麗な着物を着ておいで」
「はい、龍之介様」
唯を抱えて、龍之介は唯の部屋の前に戻ってきた。
門番のように、控えていた達樹が、突然現れた龍之介の姿を見て、跪き深く頭下げる。
「唯を頼む」
「はい」
龍之介は立ち上がると、襖を開ける。
「唯、また明日だ。よく眠るように」
「龍之介様、おやすみなさい」
唯は深く頭を下げると、部屋の中に入った。
すっと消えるように龍之介の姿が消えたのを見た後、達樹は襖を閉めて結界を張った。
「お帰りなさいませ」
みのりが深く頭を下げる。
「明日は龍之介様のご両親にご挨拶に行くことになったの。綺麗な着物を用意してくれる?」
「それはお洒落をしなければいけませんね」
唯は部屋の奥に行くと桶の中で手を洗い、うがいをする。
一般家庭で育った唯の習慣のようなものだ。うがいのためのコップも用意されている。
コップを洗って、布巾で拭う。
「唯様、どの着物がよろしいですか?」
みのりは箪笥を開けて、いろんな着物を唯にあてがう。
「一番似合うのはどれかしら?できればあまり派手ではなくて、清楚なものがいいのだけど」
「唯様はピンクがお似合いになります」
みのりはピンクの着物を出して、唯にあてがっていく。
鏡を見ているだけで楽しくなる。
「これはどうでしょう?」
桜の花とモミジが混ざり合ったピンクの着物だ。
「今の季節にぴったりね」
薄羽織も同色の淡いピンクだ。
明日着る着物を決めて、唯はお風呂の準備をする。
水を溜めて、達樹が薪で湯を沸かす。
家事は基本的に唯が自分でしている。
最近、やっと着物も着られるようになってきた。
電気はないので、暗くなる前に、お風呂は済ませてしまいたい。
「湯加減はいかがですか?」
「もう大丈夫です」
手でお風呂をかき回す。
「唯様、お着替えです」
「ありがとう、みのり」
着替えを受け取って、唯はお風呂に入る。
長い髪を洗い、桶で流す。体を洗い、湯船に浸かる。
(明日は楽しみだけど、緊張するな)
お風呂の中で、唯は幸せそうに微笑んでいた。
……
…………
………………
学校には行かなくなった。
龍之介と過ごす時間が増えて、学校に行っても龍之介と一緒にいるなら、わざわざ危険を冒して御嵩家から出る必要もない。
学校の制服は、ときどき着て楽しんでいる。
一人で禊ぎをして、神社の掃除も一人でするのも慣れてきた。
「唯様、お時間ですよ」
「はい」
一人で神社のすべてを掃除することは不可能だ。唯は30分だけ神社の掃除をする。
その後は、朝食の時間だ。
朝食は御嵩家から支給される。
薄味の食事にも慣れてきた。時々、昔を思い出しいろんな食べ物を食べたくなるが、そんな欲求も忘れるほど、今は龍之介のことを想い続けている。
婚礼の話も出てきている。
指輪ももうすぐできるらしい。
今日は婚礼のための挨拶だろう。
「唯、迎えに来たよ」
龍之介が襖を開けて入ってくる。
達樹とみのりは、畳の上に跪く。
「龍之介様、おはようございます」
「おはよう。綺麗だよ」
「ありがとうございます」
昨日、用意した着物を身につけ、薄化粧を施している。
「さあ、行くよ」
龍之介は唯の手を掴んで瞬間移動で、暗い場所に降り立った。
「足下が滑るかもしれない。気をつけて」
「はい。ここは洞窟ですか?」
「龍神は水がないと生きられないのだ。龍神の屋敷には、必ず池か湖がある」
「そうなんですね」
しばらく歩くと、大きな屋敷が見えてきた。
「ここが家だ」
「立派なお屋敷ですね。俺が育った家だ」
「実家ですね」
唯には実家がない。両親もいない。木から生った花姫だからだ。
少し羨ましい。
「俺と唯の屋敷も今、造らせておる。楽しみしておれ、屋敷ができたら連れて行ってやろう」
「素敵ですね。私にも家ができるのですね」
「二人で家庭を作るぞ」
緊張していた唯の顔が微笑む。
「家族を作るんですね?」
「そうだ」
「楽しみです」
唯は心の底から、家族を作るという言葉に憧れていた。
「子供は何人でもいいぞ。狭くなったら増築してもいい」
「龍之介様、気が早いです」
「そんなことはない。婚礼は近いうちに行う」
「龍之介様。私、幸せすぎて怖いです」
「怖いものはなにもない。安心していい」
話している間に、屋敷に辿り着いた。
龍之介が玄関の前に立つと、お付きの者が玄関を開けた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
「おじゃまします」
広い玄関の中に入ると、若い男性と若い女性が座っていた。
「父上、母上、いきなりなんですか?」
「龍之介が花嫁を連れてくると言うから楽しみでね」
「初めまして、唯と申します」
唯は深く頭を下げた。
「父と母だよ。若く見えるけれど、結構、年寄りだ」
「年齢の事は言わない約束だ」
父親はにこりと笑うと、「さあ、あがりなさい」と唯を歓迎してくれた。
もう一度、「おじゃまします」と声をかけ、草履を脱いで、屋敷に上がった。龍之介がずっと手を引いてくれている。
広い廊下に左右に襖が並んでいる。
開けられた襖の中は、広い和室になっていて、窓から見える景色は山の紅葉と桜の木だった。
部屋の真ん中に大きなテーブルが置かれていて、普通の家庭のようだ。家具も唯が暮らしていた家のような造りになっている。懐かしさに、部屋の中を眺めてしまう。
「さあ、座りなさい」
龍之介の母親が、声をかけてくれた。
「唯、おいで」
「はい」
龍之介に手を引かれて、座布団の上に座る。
「父の龍太郎だ。龍之介が世話なっているね」
「いいえ、お世話になっているのは私です」
唯は深く頭を下げた。
「母の姫奈です。唯さんと同じ花姫の一族よ」
「お母様は、花姫なのですね」
「そうよ。いろいろ辛いこともあるでしょうが、龍之介の花嫁になれば、幸せになれるでしょう」
唯は深く頭を下げる。
「唯さんのお陰で、山の景色が鮮やかで、楽しませてもらっているわ。強い霊力を持っているのね。私には強い霊力はないので、少し羨ましいわ」
「花を咲かせることしかできませんが」
「唯さんの霊気は、素晴らしく綺麗だ。龍之介が花を付けた瞬間に花嫁にと言ったわけがわかったよ」
龍太郎は優しく微笑む。
「唯さんを家族として歓迎します」
龍太郎が言うと、姫奈も微笑んでいる。
「兄貴が帰っているんだって?」
部屋の中に白銀の髪を持つ青年が入ってきた。
背丈や顔立ちは龍之介とよく似ているが、目の色が深い緑だ。
「こら、龍磨。お行儀が悪いぞ」
「ちょうど良かったわ、龍之介の花嫁の唯さんよ」
「兄貴、結婚するの?」
「16年前にそう言ったが」
「10年や20年なんて、つい昨日のみたいな感じだぜ。ちょっとどんな女か顔を見せろよ」
龍磨の手が唯の顎を持ち上げる。
「龍磨、触るんじゃない」
龍之介は龍磨の手をたたき落とした。
「すげえ、美人じゃね。それにこの霊気すごい。兄貴、この娘、俺にくれないか?」
「駄目だ。唯は俺の妻にすると決めている。両親に唯を紹介に来たんだ。邪魔をするな」
「こんな娘、見たことがねえ。それなら共有してくれ」
「断る」
「龍磨止めなさい。この子は龍之介の妻になる花姫だ」
「こんな花姫見たことがねえ。おい、俺の方が幸せにしてやるから、俺に鞍替えしろ」
龍磨の手が唯の手を握る。
左右で手を引っ張られ、唯の体が半分に裂けそうだ。
「痛い」とも言えず、目を閉じて痛みを我慢していると、龍太郎が席を立って、龍磨の頭を殴りつけた。
「止めなさいと言っているだろう」
着物は裂けて、胸がはだけている。
「唯さん、大丈夫?息子が乱暴をして申し訳ございません。龍之介、唯さんをこちらの部屋へ」
苦しそうに胸を押さえている唯を、龍之介は抱き上げて、姫奈に言われた場所に連れて行く。
ソファーが置かれていた。
ソファーに座らされると、姫奈は龍之介に「痛みを取ってあげなさい」と命令した。
「すまない」
龍之介の手が唯の体に触れる。
痛みが少しずつ和らいでいく。
「辛かったら横になってください」
「いいえ、だいぶ、痛みが引いてきました」
「まだ人の身なのだから、優しくしなければ、体が裂けてしまいますよ」
「うっかりしていた」
龍之介は唯の体を全身で抱きしめた。
「龍之介様、もう大丈夫です」
唯はそっと龍之介の胸を押した。
龍之介の両親の前で、はしたない姿を見せてしまった。
「裁縫道具を貸していただけますか、破れた着物を縫い直します」
「愚息が行ったことなので、こちらで直させてもらうわ。代わりに、私の着物ですが着てくださる?」
「お母様、ありがとうございます」
唯は姫奈から赤い着物を受け取った。
「着替えは自分でできますか?」
「はい。まだ覚えたばかりですが。着替えられると思います」
「それなら、こちらにおいでなさい」
姫奈に連れられて、唯は屋敷の奥へと足を進める。
「ここは客間です。ゆっくり着替えて。鏡もありますから。うまく着られなかったら、手伝いますよ」
「一度、自分で着替えてみます」
「不都合があったら、呼んでください」
「はい」
姫奈は客間から出て行った。
香の焚かれた着物は、いい香りがした。
赤い着物には梅の花が綺麗に咲いていた。
赤い着物にもともとの帯を結び、崩れてしまった結った髪をどうするか、唯は鏡の前で悩んでしまった。
着物は着られるようになったが、髪の結い方は覚えていない。
今朝はみのりが結ってくれた。
仕方なく、長い髪を下ろした。
「唯、着替えられたか?」
「すみません。髪が結えません。長い髪のままで申し訳ございません」
「せっかく綺麗にしてきたのに、崩してしまったのは俺たちだ、謝る必要はない」
手を取られ、唯は最初に案内された部屋に戻る。
「あの、弟さんとは仲が悪いのですか?」
「あのバカは、不良龍神だ。せっかく龍神の力も強いのに、神社の一つも構えない。ふらふらと人間界で遊び歩いている」
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婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
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