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10   15歳でお召し上

4   治癒能力

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「お口を開けてください、唯様」

「ずっと横になっているからお腹が空かないの」


 食事の時間。唯は食事を食べることを拒絶していた。

 三日間、食事を拒絶した。四日目の朝食の時間だ。


「綺麗なお食事ですよ」


 唯の体を少しだけ起こして、食事を見せてくれる。

 小鉢に入った食事は量が少なめになっているが、見た目は美しい。


「どれか一つくらい食べましょう」


 みのりは「どれがいいですか?」と聞いてくる。


「どれも綺麗な器に入れられていて美味しそうだけど、やっぱり食べたくない」

「何なら食べられますか?料理人に言って作ってもらいましょうか?」

「お母さんのご飯が食べたい」


 言ってはいけないことだとわかっていながら、つい言ってしまった。


「すみません。それはできません」


 みのりは唯に深く頭を下げた。


「我が儘言ってごめんなさい。お茶だけください」


 みのりは仕方なく、冷ましておいたお茶を唯の口元に運ぶ。


「唯様、もう何日もお食事を召し上がってしませんよ。起き上がれるようになったとき、歩く元気がなくなってしまいますよ」

「歩けるようになるの?こんなに痛いのに」


 唯は掛布を引き上げて、顔を覆う。


「青龍様を呼んで、痛みを取っていただきましょうか?」

「神様はそんなに暇なの?」


 朝、唯の顔を見に来た龍之介は神事に出かけてくると言っていた。


「暇ではないかと思いますが、唯様のためなら時間を作ってくださいますよ」


 唯は首を左右に振る。


「呼ばないで」


 昔の旦那様らしいけれど、唯にはまだよくわからない。

(前世で夫婦だったら、また夫婦にならなくてはならないの?)

 どんな別れ方をしたのか唯は知らないが、今の唯は龍之介のことを知らない。

 ただ寂しくて、突然、両親に本当の子供ではないと言われてショックだった。
 
 家族になろうと言われたが、実感が湧かない。

 知った顔は龍星と辰成だけだ。

 ただ今までのような学生服ではなくて、二人とも立派な和服を着ているし二人とも医師免許を持っているという。どうして高校にいたのだろう。


「唯様は、もっと青龍様に甘えてもいいのですよ」

「甘え方がわからないよ」


 襖が開いて、龍星が部屋に入ってきた。


「母上、また食事を食べていないのですか?」

「今日も一口も食べてくださいません」

「母上、霊力だけでは治るものも治りません。食べてください」


 龍星は手に湯飲みを持っていた。


「お薬の時間?」

「そうです」


 みのりが唯の体を少し起こす。

 足が痛くて、唯は顔を顰めた。


「痛むのですか?」

「うん」

「ずっと痛がっております」


 みのりが唯の状態を龍星に伝える。


「まずは薬を」


 緑色の無味無臭の薬は飲みやすい。

 薬を飲むとみのりは唯を寝かせた。

 薬を飲むと少しずつ痛みが治まってくるが、完全に痛みが消えるわけではない。


「母上、少し話をしましょうか?」

「どんな話?」


 椅子を引き寄せ龍星は唯のすぐ近くに座った。


「手に触れてもいいですか?」

「うん」


 唯の手を龍星は握った。

 温かい手だ。何かが流れ込んでくる。

「どうして食事を食べないのか教えてください」

「龍星さん、私にも教えて欲しいことがあるの」

「何を知りたいのですか?」

「どうして食事の前に、達樹さんが私の食事を食べるの?」


 部屋の隅に控えていた達樹が顔を上げた。


「毒味をしているのです」

「毒が入っていることがあるの?」


「この屋敷にいる間は、よほど大丈夫かと思いますが、毒を盛られることがあります。母上は、まだ人の体なので、特に気をつけなければいけません。達樹は毒の耐性を持っているので死ぬことはありません。母上の食事が安全かを確かめているのです」

「ここは怖いところなのね。私、殺されることもあるのね」


 唯の表情が、沈んでいく。


「何度転生を繰り返しても、私は死ぬ運命なのかもしれないね」

「母上、今度こそ守ります。父上だけではなく。今度は俺もいる。もう二度と怖い想いはさせません」

「龍星さんは、前世の私が死ぬところを見ていたの?」

「心臓が止まる瞬間を見ました」

「きっと小さかったのに、かわいそう。死んでしまって、ごめんなさい」

「母上、もういいのです。今はここにいてくれる」

「高校には、私に会いに来ていたの?」

「母上が16歳になるまで待ちきれず、母上が幼い頃から見ておりました」

「学校のお昼休み、すごく楽しかった」


 唯はやっと微笑みを見せた。


「俺も楽しかった。早く元気になって、また母上の食事やおやつを食べさせてください」


 龍星も微笑んだ。


「ここでも作れるの?」

「ここは我が家です。母上の好きに使っていいのですよ」


 唯の表情が明るくなる。


「本当に?」

「はい」


 笑顔全開の龍星を見て、唯は安心した。


「達樹さん、体を張って守ってくれていたのですね。それなのに、私、誰かが口にした物を食べるのが嫌だったのです」

「唯様、すみませんでした。お気持ちに気付かず」


 ベッドから離れた場所で衣擦れの音が聞こえる。


「みのりさん、食べます」

「唯様、達樹とみのりとお呼びください。私たちに遠慮はいりません」


 みのりは柔らかく炊いたご飯を唯の口に運ぶ。

 唯はやっと口を開けた。半分ほど食べたところで、「ごめんなさい。もう食べられません」と唯は謝った。


「母上、痛みはどうですか?」

「知らぬ間に、痛くないです」

「痛みが酷くなったら、俺か父上を呼んでください。霊気で痛みを消します」

 龍星は唯の手を一瞬強く握って離した。

「龍之介様を呼んでもいいの?お仕事をされているのでしょう?」

 すっと龍之介の姿が、ベッド脇に立った。手が肩に触れている。

「神事はいつでもできる。唯が望めば、一日中でも一緒におるぞ」

「龍之介様、いつの間に」


 唯はビックリして、龍之介をじっと凝視した。


「龍星と唯の痛みを取っていた」

 確かに肩から温かなものが流れ込んできている。

「唯が痛がっているのに気付いて来たが、ちょうど龍星が部屋に入ってきたから、姿を消していた」

「話、聞いていたの?」


(私はどんな風に死んだの?教えて)


「聞いていた。龍星だけずるいな。俺も唯の手作りの料理やおやつを食べてみたい」

 龍之介の手が肩から離れて、唯の頭を抱く。


『その話は、いつか話そう』と頭の中に声がした。

 唯は龍之介を見た。龍之介は微笑んでいる。

「離れていても、俺と唯は繋がっておる」

 唯は右手をすっと上げる。

 そこには白銀のブレスレットがある。

 龍星は部屋を出て行き、みのりと達樹は食事を下げに出て行った。

 部屋には二人だけにされた。

 龍之介はベッドに腰掛けると、唯の頭を引き寄せて撫でる。

 自然に右手が龍之介の太股に乗っかり抱きつくような姿になった。


「唯は花姫なのだよ」


 龍之介は手品みたいに、何も持っていなかった手に枯れた枝を握っていた。


「解」と言葉を発すると、枯れた枝に蕾がついて花が咲いていく。

「解って言うと花が咲くのですか?」

 不思議そうに唯は花を付けた枝を見つめた。

「唯の力を封じていたのを解いたのだ」

「私の力?」

「そう、唯の花姫の力だ」

「花姫ってなに?」


 唯は枝に触れた。触れた瞬間に、枝は太くなりその枝にいっぱい枝を広げて花を付けていった。


「わぁ、すごい」

「花を咲かせる力を持っている。花姫の力は、龍神に力を与えてくれる」

「どれくらい花を咲かせる力があるのかな?」


 龍之介はにやりと笑うと、手に持っていた枝を床に下ろした。


「見てみたいか?」

「うん」


 龍之介は立ち上がると、唯の布団を剥いで、唯を横抱きにした。その瞬間、唯は湖が広がる庭に出ていた。


「今のはなに?」

「瞬間移動だ」

「家に連れて行ってくれたときと同じね?」

「あまりやると龍星に叱られるが、唯にこの景色を見せたかった」


 どの時代の唯も、ここからの景色が好きだった。


「わぁ、すごい」

「ここは青龍神社の前庭だ。湖に面していて綺麗だろう?」

「はい」

 唯は神社を囲んでいる桜の木にも湖を取り巻く山々にも桜が咲いていて、口を閉じるのを忘れるほど、その景色の美しさに目を瞬かせた。

「今は夏のはずよ。夏に桜が咲くの?」

「唯の力があれば、年中咲く。唯がいなかった時期は春でも花を付けなかったが、山々の木も唯が帰ってくるのを待っていたのだろう」

「これが私の力なの?」


 龍之介は湖面に面したベンチに座って、唯の足を椅子の上に載せた。

 そこら中から人々が集まってきて、「桜が咲き出した」「花だ」「美しい」と口々に言っている。

 すぐそばまで人が来て、唯は龍之介にしがみついた。

 白い寝間着の浴衣は薄い。肌が透けそうで、人に見られると恥ずかしい。


「俺たちの姿は、他の者には見えない。安心しなさい」

「姿を消しているの?」

「俺は神だからな。大概のことはできる」

「龍星さんもできるの?」

「俺と唯の子だから、他の龍神より霊力が強い。これくらいのことは容易いだろう」

「龍之介様と私の子だから?」

 龍之介はニコリと笑う。

 花姫の屋敷から騒がしい声を上げながら、年頃の女の子たちがたくさん出てきた。

「女の子がたくさんいるのね?」

「あの子たちも花姫だよ」

「花姫がいたのに、花は咲かなかったの?」


 唯は不思議そうに顔を傾げた。


「唯は特別な力を持った花姫なのだ」

「特別?」

「花姫でも、花を咲かせるほどの力を持った花姫は、唯以外いない」

「特別な力を持っているから龍之介様は、私を花嫁にしたのですか?」

 唯はじっと龍之介を見つめる。

「俺が父から神事を受け継いだのは、今の龍星より若かった。いろんな文献を読んで力を持った花姫がいると知った。初めは好奇心で力を持った花姫を探していた。唯を見つけるのに、ずいぶん時間を費やした。神としては若かった俺は何年でも何百年でも探そうと思っていたのだ。唯を見たとき、俺は感動した。16歳になった唯と心を通わせることができて幸せだった。唯は、人としてできていた。他の花姫たちとは、考え方も違っていた。もし力が唯になくても、俺は唯を選んでいただろう」

「どうして死んだのか、教えてくれないの?」

「悲しい思い出を思い出す必要はない。一度目も二度目の死も、俺の力不足だ。神もできないことがある」

「龍之介様は、ずっと悲しんでくださったのですね?」

「ああ、最初に亡くしたときは、この地区を崩壊させるほど荒れたな」

「二度目の時は?」

「二度目は唯が遺書をしたためていた。悲しかったが唯の遺言どおりにした」

「私に、その遺言を見せてくれますか?」

「今は見ない方がいい。唯が俺を好きになったら見せてやろう」

 唯は龍之介を見つめる。

 そのとき、龍星が突然現れた。

「父上、母上を連れ出してはいけません」

 龍星は怒って龍之介を睨んだ後、人の多さに驚き、声を聞く。

「桜?」

 龍星は庭の桜の木や神社に植わった桜の木が満開になっていることに気付いた。

 くるりと体を回すと、湖の周りや山の景色を見る。

「なんと美しい」

「唯の力だ。花姫の封印を解いてやった」

「母上の力」

「花姫の力もあれば、回復も早くなるだろう」

「なんてすごい力なんだ」


 龍星は唯の前に片膝をついて屈むと、唯の手を握った。


「懐かしい霊気です。俺の母上の霊気です」

「覚えているの?」


 唯は龍星の顔を見て、首を傾けた。


「母の母乳で育ちましたし、いつもこの霊気に包まれておりました」


 唯はクスクスと笑った。


「なんか嘘みたいね。私から母乳が出るなんて」


 唯はまだ幼い小さな胸を、手で押さえた。


「嘘ではありません」


 龍星は唯の手を胸に抱いていた。


「部屋に戻らなくていいのか?」

「戻ってください」


 龍星はうなるように言って、立ち上がった。

 離れがたいのを、我慢している。

「では部屋へ」

 瞬間移動で唯を部屋に運ぶと、ゆっくりベッドに寝かせた。

「痛みませんか?」

 龍星は唯の足の位置を確認して、唯の足の具合を診ていく。

「うん。今のところは痛くない」

「父上の霊気に触れていたから痛まなかったのでしょう。痛くなったら、すぐに教えてください」

「ありがとう。お願いします」

 胸とお腹に掛布をかけられ、唯はベッドの上の人に戻った。

 ベッド脇に、桜の木の枝が飾られていた。

 みのりと達樹が大きな花瓶を持ってきて、生けていた。


「お茶になさいますか?」

「喉が渇いた」

「俺にも淹れてくれ。龍星はどうする?」

「俺も飲んでいく」

 みのりが微笑んだ。

「お抹茶とお菓子になさいますか?」

「うん」

 唯が頷いた。

「唯は外の景色を見たら元気になったな」

「父上、人間界から車椅子を持ってきましょう。母上も気分転換ができます」

「唯に合う物を購入してきてくれ」

「わかりました。お茶をいただいたら、人間界に行って参ります」

 唯の部屋にある木の枝から、花びら散ってまた花が咲いていく。

 甘い花の香り包まれて、家族三人、花見をしながらお茶を楽しんだ。

 やっと唯が微笑んだ。

 龍之介と龍星は、唯の笑みを見て、ホッとしていた。

 足が治っても、心が壊れてしまっては元も子もない。

 龍星は足のことばかり考えていたが、龍之介は唯の心を見ていた。

……
…………
………………


 足の具合は、ずいぶん良くなり、座っていられるようになった。

 まだ足はつけてはいけないと言われているが、寝てばかりの生活から脱出できて、唯は座って部屋に飾られた桜の枝を見つめていた。

「綺麗ね」

 桜の花は散っても新しく花を付けていく。

「根がないのに枯れないのね?」

「花瓶の中で根が生えて参りました。そろそろ土に植え替えないといけませんね。鉢を探して参りましょうか」

「山に返してあげて。小さな鉢ではかわいそう」

「お部屋に花がなくなってしまいますよ?」

 花の手入れをしている達樹が言う。

「ここは太陽の日射しがないもの」

「一番唯様の近くにいられますが」

「私は太陽の代わりにはならないわ」

「青龍様にお頼みして、いい場所を探していただいたらどうでしょう」


 みのりが散った花びらを箒で掃きながら言った。


「龍之介様にお願いしてもいいのですか?」

「きっとお喜びになりますよ」


 扉を叩かれて、扉を開けられた。


「お薬の時間です」

「はい」

 龍星が部屋に入ってきて、唯に薬を飲ませる。


「足の痛みはどうですか?」

「座っていられるほど良くなりました」

「少し見せてください」


 龍星はその場に片膝をつくと、唯の足を自分の膝の上に載せて、手を翳している。


「ずいぶん良くなってきましたが、まだ歩いてはいけません」

「あとどれくらいで歩けるようになるの?」

「傷の具合を診ながらですが、薬をきちんと飲んでくだされば、2週間ほどでしょう。それから関節の動きの練習と歩行の練習をします」

「まだまだ時間がかかるのね?」

 唯は退屈そうに、窓の外を見た。


「車椅子の散歩を許可しましょう。段差の部分は抱き上げてください。遊歩道なら段差は少ないでしょう」

「畏まりました」

 達樹とみのりは、龍星に頭を下げる。

「外に出てもいいの?」

「足はつけてはいけませんよ」

「うん。気をつける」

「今日は俺がついて行こう」

「龍星さん、ありがとう」

 龍星は唯を抱き上げると、部屋から出て行く。

 達樹は車椅子を持ち、みのりは羽織を持ち龍星の後を追っていく。


……
…………
………………


 遊歩道は段差が少なく、車椅子でも衝撃が少ない。

「やはりここなら衝撃も少なそうですね。段差がある時は、足を軽く上げてみて」

「うん」
 
 車椅子の上で怪我した足を庇うように、足を少し上げると、龍星は頷いた。


「景色がとてもいいのね」

「母上と毎日、ここを散歩をしました」

「私も前世の記憶が戻ればいいのに」


 車椅子を押されながら、唯は龍星の言葉を聞いて、心から思い出したいと感じていた。

 遊歩道は一般の人々も散策するようで、すれ違う人々が頭を下げていく。唯は車椅子の上から頭を下げる。


「母上、頭は下げなくていいのですよ」

「だって、みんな年上の人だよ。挨拶するのは普通だよ」

「そういうものですか?」


 龍星は唯に習ってすれ違うたびに頭を下げる。龍星が頭を下げると、すれ違った人々が震え上がって、跪く。


「あ、そうか。龍星さんは神様だから、頭を下げると、みんなが驚いちゃうんだ」


 唯は下から龍星を見上げると、龍星は難しい顔をしていた。


「神の母も神だが」

「私は人の身よ」


 包帯が巻かれた足を撫でる。

 花姫たちも散歩しているのか、綺麗な羽織を着た年上の女性が、龍星を見て、キャキャと騒いでいる。


「青龍様に車椅子を押させるなんて、なんて無礼なんでしょう」


 花姫たちは唯を睨んで龍星には笑顔で頭を下げる。


「私、嫌われているみたい」

「親孝行をしてなにが悪いのでしょう?」

「私と龍星さんを見て、誰も親子だとは思わないよ。私15歳だけど、龍星さんはいくつ?」

「65歳になります」

「そっか、私、65年前くらいに死んだのね」

「母上!」


 唯はニコッと笑う。

「聞き出しちゃってごめんなさい。龍之介様は私が死んだときの頃の話はしてくれないの」

「思い出したくはないのだと思います。俺は小さかったけれど、寂しがっている父上をずっと見てきました。再婚の話もあったようですが、そのたびに怒り狂っていました」

「龍之介様が?」


 龍星は頷いて、湖の奥のベンチに座った。

 頭上に桜の花が満開に咲いていた。


「それほど母上が生まれ変わってくるのを待っていたのです」

「私を待っていたの?」

「俺も待っていました。今、こうして母上と一緒にいられて幸せです」

「……幸せ。今、私も幸せだと感じているわ」


 龍星が幸せそうに微笑んだ。

 花びらがひらひらと降り続けている。


「ここは花見にはいい場所ですね」

「うん、綺麗ね。散っては咲くのね」

「俺もこの場所に、こんなに桜が咲くのは初めて見ました」


 散る花びらを追いかけたくなる。


「ねえ、片足立ちなら動いてもいい?」

「どこに行きたいのですか?」

「少し動いてみたいの」

「手を貸しましょう」

「うん」


 唯は龍星に手を繋がれ、片足でぴょんぴょん跳んでいく。


「楽しい」

「足はついてはいけませんよ」

「うん」


 頭上から、何かが落ちてきて目の前の草むらに、何かが転がっている。


「なんだろう?」


 片足でぴょんぴょん跳んで、その場所まで行くと目の前に亀が落ちていた。


「あ、亀だ。この子、空から落ちてきた」


 唯は片手で亀を掴んだ。


「誰かに投げられたのかな?」


 唯は龍星から手を放すと、亀をじっと見つめる。


「死んでいるかもしれませんね。霊気がほとんどありません」

「かわいそう」


 唯は亀を両手で包んだ。

 治れ、治れと心の中で唱える。

 達樹とみのりが慌てて近づいてきた。


「唯様、使っては駄目です」

「唯様危険です」

「なにが?あっ」


 倒れる唯を支えたのは龍之介だった。


「記憶がなくても、無意識に使ってしまうのか?」


 唯は龍之介に横抱きにされていた。


「父上、いつの間に?あ、母上、なぜいきなり気を失っておられる?霊気が尽きかけて。このままでは死んでしまう」


「唯から手も目も放すな。唯には治癒能力がある。昔から弱っているものを見ると後先考えずに治してしまう」

 達樹が唯の手の中から動き出した亀を地面に下ろすと、すっと二人から離れる。

「え?亀が動いている」

 亀は草むらの中に歩いて行く。とても死にかけていたようには見えないほどしっかりとした足取りだ。

「唯が無意識に治したのだ」

「治癒能力ですか?」

 龍星は初めて見る能力に、目を見張った。

「唯の霊気が底をついておる」

 龍之介は唯の唇に自分の唇を合わせ、霊力を与える。隣にいる龍星の顔が真っ赤になっていく。

「唯を連れていくぞ」

 教育上良くないと考えて、龍之介は唯を横抱きにしたままその場から消えた。



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