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Side楸、薫、亮
しおりを挟むいつもは綺麗な旋律を奏でるキーボードの音が途切れた。
次の音を出そうとしていた三人は、愛梨を見た。
いつも冷静な愛梨が、キーボードの前で立ち尽くしている。
「もう一度、最初からお願いします」
今までミスなどしたことのない愛梨が声を上げた。
楸が愛梨に近づき、薫も亮も愛梨の前に近づいた。
床に点々と落ちているのは血だろうか。ライトの下で赤い色が目立って見えた。
亮はキーボードを見た。
最初の旋律は流れるように弾いた痕跡が、ピアノに残っていた。
真っ赤に色づいた鍵盤に、キラリと光る物が見える。
指を傷つけないように、そっとつまみ出すと、カミソリの刃だった。
「鍵盤にカミソリの刃って、誰だよ。こんな嫌がらせするのは」
はらわたが煮えくりかえる。
毎日、練習を重ねて、昨晩も遅くまで調整したのに、誰が、どうして?
「みんな落ち着いて。メニューを変えよう。私がいなくてもできる曲はたくさんあるよ。それを演奏して、楸は歌って」
愛梨は両手を開いた。
両手の指先が幾筋にも切れて、血が溢れている。
「このチャンスを逃さないで」
泣き出してもおかしくないのに、愛梨は冷静に俺たちに指示を出している。
曲名を順に言いながら、新しいプログラムを立てていく。
「私は見てるから」
「愛梨、痛いだろう?」
あふれ出る血を止めるように楸がハンカチで指を巻いた。
「みんなハンカチある?」
「あるよ」
薫が次に愛梨の手にハンカチを巻いた。
「俺も」
一枚じゃ覆いきれないけれど、左手の指先をぐるりと巻いて縛った。
「みんないつもと同じだよ。頑張ろう」
僕らのangelが笑顔で背中を押してくれる。
僕ら俺らは、愛梨のために音楽を奏でた。
愛梨に怒られないように、愛梨がよくやったと褒めてくれるように精一杯奏でて歌った。
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