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しおりを挟む薬でも抑えられないとなればやはり、好きな人というαに抱いてもらった方が身体に負荷はかからなくていいと思う。
しかし、それでは好きな人に迷惑をかけてしまう。
優一なら好きな人に迷惑をかけられてもなにも気にしない。
むしろ頼ってくれて嬉しくなるだろう。
きっと和泉の相手もそうだと思う。
こんなに可愛い子から好かれてしまえば誰だって嬉しいものだろう。
「…解決しなくて申し訳ないけどやっぱりその好きな人にしてもらうのが一番いいんじゃないかな?相手の子もきっと迷惑だなんて思ってないよ」
「そうかな?」
そうだよ、と同意するのに大きく頷いた。
「先生は発情期の時どうしてるの?恋人とかにしてもらってる?」
その時、自分がどんな顔をしてしまったのかわからない。
背中に嫌な汗がツッーと流れた。
しばらくの沈黙の後、絞り出すように言葉を発した。
「先生は発情期が軽いから薬で充分なんだ」
笑顔を作っているつもりだが引き攣ってしまっているかもしれない。
早く気持ちを立て直さないと、とカップを握りしめると温もりが伝わってきて少しだけ落ち着いた。
「そうなんだ。いいなぁ」
生徒に嘘をついている罪悪感からかいいなぁ、という言葉に心臓が嫌な音をたてる。
なにも良くない。
和泉はΩとして当たり前にある発情期のことを聞いてきただけなのにそれなのに嘘をついてしまう自分が嫌だった。
よく考えれば発情期なんていうセクシャルな悩みは本当のことを言わなくていいのかもしれない。
優一は高校生のΩですら当然のようにできることが自分にできないのだと素直には言えなかった。
「先生はさ、恋人とかいるの?」
今まで話したことが無かったのに随分と突っ込んで聞いてくる子だ。
その質問にはいつものようにサラッと口から出ていた。
「いないよ」
「へー」
その声が今まで話していた和泉のものとは思えないほど低くて驚いてしまう。
何か気に触ることを言ってしまったのだろうか、と和泉を見ると涙目になっていたその顔には笑顔がある。
よかった。気のせいだったのだろう。
話しは終わったのか立ち上がる和泉につられて優一も立ち上がった。
「せんせーありがと!聞いてもらえて良かったよ。Ωの人にしか発情期のことって相談しにくいし…ね」
何の解決にも至ってなくて申し訳ないが和泉がそう思ってくれたのならこの時間も無駄ではないのだろう。
良かったとほっと息をつく。
カウンセラー室から出ていく和泉を見送ろうと入り口の方に行くと和泉は嬉しそうに笑うと優一を悲しみ突き落とす言葉を口にした。
「じゃ次の発情期も奏多に頼もうっと」
和泉何を言ったのかすぐに理解できなかったがショックが大きくてコップが手から滑り落ちた。
ガシャンという大きな音にハッと我に返り慌てて割れてしまった破片を集める。
「いたっ」
動揺がおさまらず、素手で触ってしまい指先から血が出てしまう。
何をしているんだ。
よく考えれば和泉の相手が奏多だと見当がついていたはずだ。
頭よどこかで分かっていても認めたくなかった。
この子が奏多と…
生徒で何を想像しているのだ自分は。
次から次へと襲ってくる自己嫌悪に吐き気もしてくる。
「フッ、じゃーねせんせー」
コップの破片を集めるために落としていた視線を上げたがそこにもう和泉はいなかった。
生徒がいないのならもういいだろう。
集めていたカップを一度下に置いて膝の間に頭を入れてうずくまった。
「ううっ」
どうして…どうして自分はΩとして普通になれなかったのだろう。
発情期さえ来ていれば奏多の隣に今もいるのは自分だったかもしれないのに。
一番、“発情期”に拘ってしまっているのが優一自身なのだと自覚はない。
しかし、優一がΩとして出来損ないなことを奏多は気にしていないことを知っている。
あの日、発情期が来なくて番になれないから婚約は解消しようと泣く優一の前で奏多は「発情期なんて関係ない。優一が好きだから」と言ってくれた。
奏多が優一を避けたのではなく優一が奏多の隣に出来損ないの自分が立っているのが恥ずかしくて逃げたのだ。
そして気づいた時には手遅れなほど奏多は遠くに行ってしまっていた。
まだ出来損ないのままだけど前みたいに戻りたいなんて今更言えなくて発情期さえくれば声をかけられるのにと発情期が来ていないことを理由に今も逃げている。
自分は最低の意気地なしだ。
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