婚約者は俺にだけ冷たい

円みやび

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都心部に聳え立つビルを見上げて優一はため息をついた。

憂鬱だ。
ここはいつも殺伐とした空気が流れていて中に入るだけでも気持ちが萎えてくる。

ビルの中に入ると完璧な笑顔を貼り付けた美人の女の人に迎え入れられる。
「古川優一といいます。社長とお約束しておりますのでお取り継ぎをお願いいたします」
優一がそういうと話しはすでに通っていたのかすぐに案内された。

最上階までのエスカレーターを登りながら感じざるを得ない。
一流企業と呼ばれるこれほど大きな会社の跡取りが奏多なのだ。
自分ではやはり役不足だった。

これから理事長に婚約解消をしたいことを言えば即刻、婚約解消され奏多の元を去る事になる。

自分が奏多との関係を終わらせる。
絶対に出来ないと思っていたことも一つの出来事で出来てしまうものみたいだ。

エレベーターが開くと先には重厚なドアがある。

言いたいことを頭の中で整理する。
緊張する気持ちを落ち着かせるため、大きな深呼吸を二度してドアをノックした。

「優一です」
「入りなさい」

中に入ると理事長だけではなく秘書の伊藤忠信タダノブがいた。

普段は側にいない伊藤がいたということは理事長は優一の話しが何なのか大体検討がついているのだろう。
伊藤は証人というわけだ。

心配しなくても後からやっぱりなしでと言うことはない。
そんな軽い気持ちで決めた訳じゃない。

「それで話しというのはなんだ」
いきなりだなと思いながらも理事長とダラダラと話したくないので本題を切り出す。

「奏多との婚約を解消します。今までご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
今まで理事長には奏多の婚約者だからとお金の面で助けて貰った。
婚約解消しろと言われていたがなんだかんだここまで続けさせてくれた。

それなのに自分が不出来なせいでこんな結果になってしまった。

「頭を上げなさい」
下げていた頭を上げると思わず理事長の顔をじっと見てしまった。
「私もこんな結果になって残念だよ。亡き友、優作との約束でもあったからね」
そう言いながらも理事長は満悦の表情を隠せていない。

理事長の表情が露骨で優一は言葉に詰まったものの口を開いた。
「大学の時借りたお金はお返しします。振込先を教えてください。それと…いえ、なんでもないです」

いつか奏多を巻き込む事になるからあまり危ない事はしないでほしいと言いかけたがやめた。
優一が言って理事長が辞めるとは思えないしもう自分には関係のないことだ。

「そうか。お金はいい、君はいい働きをしてくれたからね。そのお礼だ。この書類にサインしてくれ」
いい働きとは学校の仕事のことだろうか。
何のことかわからないし貸し借りは出来るだけ無くしておきたいので返してしまおうと心に決めた。

伊藤から手渡された書類に目を通して絶句した。
やはり理事長は今日優一が何の話しをしにくるか分かっていたのだ。
それかこの先どうなろうと優一と奏多を結婚させないつもりだったのかもしれない。

要約すると書類にはこれから奏多に一切関わらない事や自分が奏多と婚約していたことを誰にも言わない事、そして理事長の会社の株を全て譲渡する事が書かれてあった。

この株は元々優一の父のもので父が死んで優一の元に残った数少ない資産でもある。
結構な割合を優一が持っているのが嫌になったのか。

拒否しようかと考えたが反抗するだけ無駄だろう。
理事長は決めたことを覆すような人じゃない。
何が何でも優一に株を譲渡させるはずだ。
揉めるくらいなら借りたお金を株で返したと思う事にしよう。

書類にサインしたら全て終わり。
奏多との関係もスッパリ無くなる。

一緒に渡されたペンで震えながら名前を書き終えた。

「今までありがとうございました」
「これからどうするんだね。行く宛は?」
「東京を離れて田舎にでも引っ越すつもりです」
田舎の隣の家も数十メートル離れているような場所でひっそり暮らして毎晩、星を眺める。
都会の光がない田舎なら綺麗に星が見える。

本当はずっとそういう場所に住みたかった。

「何か困ったら連絡しなさい」
「ありがとうございます。長い間お世話になりました」

理事長に再度頭を下げて社長室を出ると込み上げてくる涙を呑み込むかのように喉がゴクリと動いた。

さよならだ、奏多。
本当に本当に愛していた。

幸せに…なってくれ。



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