婚約者は俺にだけ冷たい

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男が出した腕に対抗するように優一も腕を突き出した。
「それならお互い様でしょう。引いてくれないなら警察を呼びます。…もしかしたらもう呼ばれてるかもしれませんね」
閉まりかけのスーパーとはいえまだ人がいる時間だ。

誰かが通報していてもおかしくない。
警察来たら分が悪いのは男たちの方だ。
先に絡んできたのは男たちだし、見た目からして優一が被害者だと判断されるだろう。

こういう時、Ωだという性別は便利だ。
虐められやすいが故に守られやすくもある。

遠巻きにこちらを伺っている数人の客を見回すと男たちは舌打ちと覚えとけよ、という悪者の常套句を言って去っていった。

「はっー、怖かった…」
男たちが見えなくなった途端、身体の力が抜けて座り込みそうになるのを正樹に支えられる。

あそこで去ってくれて助かった。
殴り合いになったら優一に勝ち目はない。

「優一さん！大丈夫？」
「ああ、助けてくれてありがとう」
優一がそういうと正樹は一瞬複雑そうな顔をした後に笑顔で頭を突き出してくる。

いつもなら撫でてやるところだが褒めてやるわけにはいかないのでおでこにデコピンした。
「イタッ、なんでー」
おでこを抑えながら不服そうに見上げてくる正樹に笑いそうになったが堪える。

「ああいう時は守ってくれなくていい。警察に電話しろ。危ないだろ？」
「…そんなんじゃ間に合わないよ」
「間に合わなくても、だ！分かったな？」
優一のせいで他人を巻き込んで危険に晒すくらいなら自分が傷ついたほうがいくらかましだ。

優一の言葉に納得はできないのか返事はしない正樹の頭を撫でた。
「でも、ありがとう」
「へへっ」
あそこで正樹が来てくれていなかったらどこかに連れて行かれてしまっていたかもしれない。

自分の身に起こるかもしれなかったことを想像してゾクリと体を震わせた。

「今日はもう帰ろっか？」
心配そうに優一の顔を覗いてくる正樹を安心させるように笑顔を作った。
「ご飯行くぞ！お腹減った」
あんな男たちのせいで予定を変えるのは嫌だ。

「そう？無理しないでね」
「大丈夫だって」
大量にある袋を半分正樹に持ってもらって車に戻りながら行くご飯屋を相談した。

「俺、“幸サチ”がいいな。あったかい和食が食べたい」
優一がそう言うと正樹も同意してくれ、車の向きを変えた。
“幸”は年配の夫婦がやっている昔ながらの定食屋で季節の定食が最高だ。

今の時期は何だろう。
幸で出てくるご飯を想像しているとお腹が減ってきた。
そんな優一に同意するように正樹のお腹がグゥと鳴った。

「ククッ、お店空いてたらいいね」
「…笑わないでよ…」
恥ずかしいのか唇を尖らせる正樹が可愛くて更に声を出して笑ってしまう。

「もう」
正樹はだって今日はお昼ご飯も少なかったし…いつもならもう食べてる時間だし…とぶつぶつと言い訳を並べる。

スーパーから数分で“幸”に到着したので近くのパーキングに車を止めて店の中に入った。

仕事終わりの人や家族連れが席を埋めていたがカウンターの二つの席が空いていて直ぐに座ることができた。

すぐに無愛想な女将が水を持って来てくれる。
「ご注文は？」
「季節の定食とハンバーグ定食で」
六月の季節の定食は鮎の塩焼き定食だった。
周りをチラッと見回すと半分くらいの人が季節の定食を食べている。

正樹は魚があまり得意ではないらしく、ここに来たらトンカツかハンバーグか唐揚げだ。
子供のようなラインナップを聞いて正樹にぴったりだと思った。

お店の天井からテレビがぶら下がっているので注文したご飯が来るまで写っているニュースをぼんやり眺めていた。

『本日、首都高で三台が絡む交通事故が起こりました』
「俺も気をつけよー」
正樹が免許を取り立ての時、首都高での運転が本当に怖かったと言っていたのを思い出した。
「そんなやばいの？」
「やばいよ」
正樹が首都高の怖さを熱く語っているうちに料理が運ばれてくる。

「美味しそう」
鮎の塩焼きとお味噌汁のいい匂い。
早く食べたい、と箸を伸ばしたが聞こえてきたニュースに手が止まった。

『次のニュースです。鳥夜亭で食事をした男女十五名が不調を訴え病院に行っていたことが分かりました』

鳥夜亭？
理事長がやっている店も確かそんな名前だった。