神眼の継承者

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【Ⅰ 《神眼の創造主と改変の破壊者》】 [紅き:前編 第一部 第一章 前日談]

 4話 「屑鉄の魔剣」

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 お互いの依頼書を共有した後、テクト達は歓楽街ガロンの街中を歩いていた。
 現在の時刻は、午後一時。テクトが第二冒険者組合クレムを出る前に窓口の時計で確認した時刻だ。
 ある程度の資金が溜まれば時計や携帯電話など生活に欠かせない必需品を購入する予定だが、現在進行形で無一文のテクト達はまともな食事もろくに有り付けず、空かしたお腹だけが正直にグゥ……と音が鳴り始めていた。
 今までテクト達が移動して来た道筋を改めて考えてみれば、二人のお腹が鳴っていてもあまり不思議ではなかった。

「お腹空いたな」
「……ん。夜まで我慢」
「だろうな……。そう言えばモルタの依頼は落し物か……。どうする?」
「……ん。別にユウタと一緒に行動してても見つかるから大丈夫」
「そうか? それなら良いけど……」
「鶏は難所」
「それは最後にする予定だよ」

 テクト達が選択した全ての依頼は以下の通りだ。

【テクト】
 [1:□]武器の棚卸し 人員一名求む
 [1:■]火事で全焼した小さな武器屋バリクの商品を全て外に移動して欲しい[報酬:千円]
 [2:□]誰でも良い 儂の長杖を探してくれぇ!
 [2:■]老人が休憩所のベンチで長杖を無くしてしまったようだ[報酬:千円]
 [3:□]帰宅途中に鞄ごと盗まれちゃった…… 財布だけでも取り返して欲しい
 [3:■]3月17日に窃盗発生 財布のみ返却すれば達成[報酬:五千円]
 [4:□]私の鶏、求む!
 [4:■]私有地で飼育していた白い鶏一匹が行方不明になったので捜索して欲しい[報酬:一万円]

【モルタ】
 [1:□]僕の剣を誰か探して
 [1:■]少年の玩具の剣が公園で紛失[報酬:千円]
 ※上の□は依頼名、下の■は依頼内容。
 ※冒険者の最低依頼報酬は千円均一。

 テクト達が選択した依頼の殆どは物探しと呼ばれる小遣い稼ぎが多く、唯一の力仕事はテクトが選択した武器屋の手伝いぐらいだ。
 歓楽街ガロンは一部貧民街があるので少なからず窃盗が起こり易く、大きな街だからこそ子供や愛玩動物は迷子になりやすい。
 レーネルに渡された依頼書の中には人探しの依頼も確かに存在していた――だが捜索時間が足りない事を理由に今回テクト達は妥協して選ばなかった。
 それは武器屋の依頼以外は本来ある筈の目的地がしっかり明記されておらず、歓楽街ガロンの土地勘が試される面倒な依頼ばかりだったからだ。
 こういった依頼こそ現地に近い学生達が自身の貢献度を上げる為に用意された本来の依頼なのだが、誰一人として依頼を希望する学生はおらず、魔物討伐を引退した一部の冒険者達が率先して活躍している事が現状だった。

「ここまで来ると、本当に〈支援科シーナ〉は役に立たないね」
「まぁ……大多数の生徒が原因なんだけどな……。〈支援科シーナ〉全体が悪い訳じゃない」
「……ん。それは知ってる。〈支援科シーナ〉の創立者――椎名しいな白愛はくあが悪い訳ではないって」

 〈支援科シーナ〉とは無限高の特殊学科の一つであり、椎名白愛が〈旧支援科〉を解体して改めて創立させたと言われている。
 普段は支援物資の運搬や何でも屋の様な雑用関係の依頼が多い反面、殆どの生徒達は支援系統に特化し過ぎて戦闘時は全く役に立たない連中だ。
 その為。簡単な依頼のみを全て独占する彼らの評判は非常に悪く、無限高では反感を持つ生徒達で溢れている。
 だが決闘で〈支援科シーナ〉が敗れた事は一度もない。
 それは〈支援科シーナ〉の創立者――椎名白愛が無限高の中で一番強く、またクラン〈ロストガーデン〉に所属していた英雄の一人だったからだ。

「でも今は比較的良い方だよ。去年無限高に入学した明人が〈支援科シーナ〉に入って、少しは改善されてるからな……」
「……ん。元々椎名白愛に管理能力はない」
「白愛は仕方ないんだよ……。自分の事で精一杯なんだから」
「……ん。ユウタは年寄りに優しいね」
「それ――褒めてるつもりかよ」

〝《【過去1】〈老人〉が長杖をベンチに置き忘れた。その後。〈子供〉がその長杖を持ち出し、草むらへと投げ捨てた》〟

 テクト達の神眼が反応を示した。
 テクトが周囲を見渡せば、近場には木製で作られた二人掛けのベンチが二脚とその奥には草むらが生い茂っていた。
 テクトはベンチを通り抜けると子供が投げ捨てたと思われる奥の草むらへと進み、両手で雑草を割きながら辺りを隈なく探し始めた。
 すると先端が曲がった棒の様な形の長物を見つけ、テクトは右手でそれを拾い上げる。
 その長物は少し土が付着して汚れているものの木製で作られた立派な長杖だと分かり、この長杖が依頼書に書かれていた探し物で間違いなさそうだ。

「あったよ。依頼品の長杖」
「……ん。子供はどうする?」
「別に気にしなくて良いよ。子供に悪気はないと思うからな。どうせ剣士にでも憧れてたんだろう」
「……ん。ユウタは子供にも優しいね」
「そうか? 普通だと思うけど……」

 テクトは人に優しい訳ではない。
 ただ人にそこまで興味がないというだけの話だ。
 モルタから神眼を継承して十数年。テクトに残された感情は人間の死に全く興味を示さない、冷酷無情の傍観者。
 但しそれは周囲から見た反応であり、実際は誰彼構わず助言するお人好しに過ぎない事をモルタは知っていた。

〝《【過去1】〈男性〉によって〈女性〉の鞄が窃盗された。鞄には財布も入っていた――だが質屋では鞄しか売却する事が出来ず、〈男性〉は財布をリグ公園に捨てた》〟

 テクト達の神眼が反応を示した。
 それは窃盗された現場がテクト達の場所と一致した為、神眼が感知して自動的に発動したようだ。

(次はリグ公園か……)

 歓楽街ガロンの街中を数分間歩き続けて、テクト達はリグ公園へと訪れた。
 昼間だからか中央の噴水には若い男女の姿や遊具に集まる子連れの親達の仲睦まじい様子が見えた。
 地球では見る機会が薄れていった平和な日常風景がその場所にはあり、テクト達からすれば何処か懐かしい雰囲気を感じられた。

「……ん。日本もこの世界と同じだったら良かったのにね」
「まず支配者を根絶やしにしないと何も変わる事はないよ。騙された現実が明るみになったとしても、救えるのは自分自身と信頼できる大切な人達のみだ」
「……ん。私はユウタさえ生きていれば、あとは何もいらないから」
「いつも思うけど……、地球人に対してその言い方は酷くないか?」
「……ん。真実」

 モルタはテクトに一言告げ、強制的に話を終わらせた。
 この世界には現在も尚戦争や飢餓などで苦しむ者達は数多く存在するが、地球の様な誰かが意図的に計画した人口削減はこの世界には全く存在しない。
 その代わり。この世界にはかつて終焉戦争ラグナロクによって複数の魔王達が支配していた訳だが、態々この世界の食料を食品添加物という名の毒で汚染してまで人々を苦しめる様な真似事は誰も望まなかった。
 そのお陰でこの世界には食品添加物は疎か、人口を極端に削減する様な兵器は全て使用が禁止されている。

 テクト達は依頼書に書いてあった財布を探しに、一度二人でリグ公園の周囲を歩き周る事にした。
 数分後。モルタがトコトコと近くの花壇へと走り出し、その場に放置してあった木製で作られた玩具の剣を手にした。

「見つけた」
「ああ、それがあの木製の剣か……」
「……ん。それにこの子が原因――」

〝《【過去1】〈子供達〉が木製の剣で遊ぶ最中、一本の木製の剣が紛失する。その後。近くを通り掛かった〈男性〉が木製の剣を見つけ、花壇へと移動して木製の剣を放置した》〟
〝《【過去2】木製の剣を紛失した〈子供〉が老人の置き忘れた杖を剣に見立てて遊ぶが、〈親〉に怒られない為に草むらへと投げ捨てた》〟
(そう言う事だったのか……)

 時系列順に説明すれば、このリグ公園で子供達は木製の剣で遊ぶ最中に、件の子供が持つ木製の剣が紛失してしまった。
 件の子供は歓楽街ガロン内のベンチで偶然見つけた老人の置き忘れた長杖を木製の剣に見立てて遊んでいたが、両親に怒られない為に草むらへと投げ捨てた。
 それが原因で老人は自身の長杖を発見する事が困難になってしまった。
 ――その後。リグ公園にいた心優しい男性が近くでその木製の剣を発見し、子供でも見つけ易い花壇へ移動してその場に放置した。
 男性が遊具の方へ置かなかった理由は、元の持ち主ではない子供に木製の剣を持ち運ばれる可能性があったからだろう。

「……ん。ユウタの言う通りで良かった」
「だから言っただろ。でもまぁ……、この二つの依頼が繋がってて良かったな。やっぱりモルタには敵わないな……」
「ん? どうして?」
「いや――何でもない」

 モルタは首を傾げてテクトを不思議そうに見つめた。
 するとテクトは言葉を濁し、何もなかった事を主張する。
 モルタの持つ神眼はテクトの様な過去、現在、未来の三方向の視点から物事を視る他に任意で未来の分岐点、全生物の安否とその追憶、心眼を持っている。
 ――だがそのお陰で、モルタには戦闘能力と呼べる物は全て皆無に等しい。

「……ん。私の神眼は最強」

 モルタは無い胸を張りながら健気に勝ち誇る。
 その愛らしい姿に周囲の人々をも魅了していた。

 それから数十分後。テクト達はリグ公園を全て見渡したが何故か財布は見つからず、最初に訪れたリグ公園の入り口に二人が戻るとモルタが先に茶色の長財布を発見した。
 ――だが捨てられた筈の茶色の長財布は何故か白いベンチに置かれており、その隣には黒い帽子と古臭い服装に身を包む見知らぬ男性が一人そこに座っていた。

「……ん。持ち出し不可」
「モルタ。あの男に事情を説明しても大丈夫か?」

 モルタは心眼でその男性の心を覗いた。
 ――だが結果は残念な事に男性は相手を言い分を全て否定し、的外れな言い逃れで相手を悪人に仕向ける様な人物だった。

「……ん。会話する余裕はないみたい……」
「――仕方ない。この依頼は一旦保留にして、あとでレーネルさんにでも依頼主を聞いてみるか……」
「……ん。その方が安全」

 テクトは一歩も動く気配のない白いベンチの男性を見て溜め息を吐いた。
 テクト達はリグ公園を後にして、歓楽街ガロン南部――小さな武器屋バリクへと歩き出した。


   ◇ ◇ ◇


 歓楽街ガロンの東部や西部には住宅街を含む飲食店や娯楽施設などが多数存在する中、南部では鍛冶師や裁縫職人など冒険者にとって必要不可欠な生産職の店が一番賑わっていた。
 それは武器屋バリクも同じだった。
 ――だが武器屋バリクは建物の老朽化が原因で火災が発生し、木造建築の小さな建物は唯一の鍛冶場を残して全焼していた。
 生憎。店主の老人や従業員達は火の手が回る前に脱出して全員の無事は確認されたが、黒く焼け焦げた建物には武器屋の面影は一切なく、現在も剣や盾などの商品が建物の中に全て放置されている状態だった。

 テクト達が歓楽街ガロン南部の武器屋バリクに到着する頃には、店主の老人と二名の男性従業員、それに加えてふっくらとした見た目の男性商人がその場に待機していた。

「態々来て頂いてすまんな。冒険者殿。儂は依頼主のラドじゃ」

 第一声をあげたのは武器屋バリクの店主ラド。
 ラドは身長一五八センチの老人男性で体型は筋肉によって全身が太く、武器屋バリクの店主兼、専業鍛冶師をやっている。
 男性従業員達は身長は百七十を超えているもののラドと同じく筋肉質で屈強な身体をしていた。

「自分はFランク冒険者のテクト。この子はモルタ」
「……ん」
「人員については自分だけで充分です」
「それは百も承知じゃ。女子おなごに手伝わせぬとも人員はしっかり確保しておる。テクト殿は長剣や短剣の運搬を頼む。こいつらは盾と大剣じゃ」
「「はい!! 了解しました――!!」」
(自分、人員として必要あったか……? この二人だけで充分過ぎるだろ……)

 ラドに命令された男性従業員達は勢いに身を任せた荒げた声で返事を返し、その場にいたテクトや男性商人は彼らの迫力ある声に圧倒された。

「どうかしたかのぉ? テクト殿?」
「いや……、自分必要なのかと思って……」
「こいつらは筋肉馬鹿でのぉ。すぐ剣を壊し捲るんじゃよ?」
(こえー!)
「じゃが……、テクト殿のお陰じゃ。ここの冒険者や無限高の生徒達は儂が依頼してから彼此一週間は経過しておる。低い報酬が故に重労働だと錯覚しておったのかも知れんな……」
「確かに……。報酬にしては最低ラインでしたね」
「火災が発生した時。彼らは緊急依頼で先に駆け付けてくれたが、後始末の依頼には一切目を通してくれぬ。大戦前は助け合いが多かったと聞いたが、大戦後のこの世界は金によって廃れてしまったようじゃ……」

 ラドの話す通り。この世界は大戦によって悪事を働いていた魔王達が全員討伐され、クラン〈ロストガーデン〉を含む世界の脅威となる存在は全てこの世界から消え失せた。
 そのお陰で大戦後は下位種族達の縄張り争いが勃発し、人間達は依頼を介して金銭を取り合う世界へと豹変していった。
 ――だがもし終焉戦争ラグナロクの様な大災害が発生した時、この世界の住人は無に帰すだろう。

「……ん。テクト」
「何だよ……モルタ?」

 モルタはテクトに近付いて耳元で囁いた。

「殆どの思考は本当にそうかも知れない。だけどあの人達は何も知らないから仕方ない」
「それってどういう……」

 テクトは神眼を使用した。

〝《【過去1】〈セントラル協会〉によって武器屋バリクは多額の借金を背負い、やがて経営難に陥る》〟
〝《【過去2】〈ラド〉の精神状態は次第に悪化し、無理心中を図った〈ラド〉は自らの手で武器屋バリクを放火した》〟
〝《【現在1】〈セントラル協会〉に雇われた商人は、今回武器の査定と武器屋バリクの土地を売却する為に訪れた》〟
(セントラル協会……)

 セントラル協会とは、帝都ギルアスを拠点に活動する様々な商品を取り扱う最高峰の商業ギルド――だが裏では弱者を道具の様に使用し、全ての権利を手中に収める極悪な商業ギルドだ。
 契約者は〈セントラル協会〉との契約によって情報漏洩を未然に防ぎ、株主は暗黙の了解と多額の賄賂によって、〈セントラル協会〉の悪事が表舞台で解明される事はまず有り得ないとされている。

(武器屋バリクはセントラル協会によって、都合良く騙されたって訳か……)

 数分後。テクトは支給された作業着と防塵頭巾を着用し、両手に分厚い軍手を両足には安全靴をはいた。
 正直安全靴は多少大きい物を渡されたが、安全を考慮したラドの気配りなのでテクトは仕方ないなと感じていた。
 武器屋バリクの見取り図でテクトは持ち場を確認し、ラドは従業員専用の扉から、テクトは男性従業員達と共に武器屋バリクの入り口へと進入した。

 炭だらけの店内の状態は悪く、脆く大破した天井からは所々から太陽の光が差し込む。
 燃えやすい材質で作られた商品が一部跡形もない状態で地面に放置され、ショーケースで保管されていた物に関しては外側の硝子が割れて中の商品が腐蝕や変形していた。

 歓楽街ガロンに消火器はあるものの消防ポンプはなく、燃え広がった場合は住民が地下の水を汲み上げて持ち出すか、魔法や魔術で大量の水を生成して放つしか消火する方法はない。
 ラドが無理心中を図り放火を決行したならば、事前準備として店内を燃やす為に燃料をばら撒いていたとしてもおかしくなかった。
 それ程の酷い火災が発生した為、冒険者組合は緊急依頼を発注した。
 ――だが冒険者組合も出火原因くらいは後日調査を実施する事になったが、〈セントラル協会〉によって武器屋バリクの内部情報が暴露されて全てが浮き彫りにされた事で、冒険者組合は武器屋バリクとの関係性や調査を全て取り消した。
 今回この依頼が発注したのは〈セントラル協会〉の申し出があったからであり、冒険者組合はただの仲介人に過ぎなかった。
 だからこそラドは第一声で依頼主だと応えていたが、実際の依頼主は仲介人の冒険者組合であり、武器屋バリクに関わったラドや従業員達はその全貌を誰も知らなかった。

 総勢三時間が経過し、テクトやラド達は武器屋バリクから全ての商品を外へと持ち運び終わる。
 ラドや男性従業員達は商品を手分けして改修可能なのかどうかを一つずつ見定めて、状態の良い商品を全て男性商人に手渡しで査定して貰っている。
 改修不可能な商品に関しては全て廃棄処分品として、帝都ギルアスのスクラップ置き場に運送されるようだ。
 するとその瞬間。テクトの神眼が自動的に反応を示した。

〝《【未来1】〈テクト〉は屑鉄の魔剣を手に入れた》〟
(魔剣って……?)

 ラド達が見定めている剣や盾をテクトは全て見渡していると、一本の酷く錆び付いた判別不明の長剣を発見した。
 その長剣は紅き瞳のイミ第一章に登場する宮守鏡花が、帝都ギルアスのスクラップ置き場で発見する筈の左手用ソードデバイスだった。

(――何で、これが……、こんな所に!!)

「テクト殿。どうかされましたかな……?」
「――あぁ! 違う――! これは……その……」
「その魔剣が気に入ったのなら、別にテクト殿が持ち帰っても構わんよ」

 するとラドの声に男性商人がすぐに反発した。

「――それは困ります!! それも査定が終わってからにして下さい!」
「この魔剣はガラクタじゃ。まぁ……左手用ソードデバイスという珍しい魔剣じゃがのぉ。改修しても費用に一億、改修する為に雇う技術者に一億上乗せで計二億は下らない。もし改修に成功したとしても、ソードデバイスには心臓となるコアが必要じゃ」

 ラドの専門知識によって男性商人は正論を叩かれ、金にすらならない廃棄物だと理解した男性商人はラドに言い返す言葉も出ずに諦めた。

「そうですね……。ソードデバイスは廃棄処分品だとしても、破棄には審査が必要ですからね。……分かりました。その魔剣に関して、私は知らなかったという事にさせて頂きますね」
「良かったのぉ。テクト殿」
「態々ありがとうございます」

 テクトはラドによって屑鉄の魔剣を託された。
 原作通りに物語を進行させる為には、宮守鏡花が帝都ギルアスのスクラップ置き場に現れる前に、テクトが態々現地まで足を運ぶ必要がある。
 ――だが灰色の騎士の居場所が未だに確認されてない以上、テクト達がのんびりと異世界生活を満喫する時間は残されてすらいない。

「テクト殿。依頼書を」
「はい」

 テクトはラドに依頼書を渡した。
 するとラドは依頼書の空欄に名前を記入してテクトに依頼書を返した。
 あとはこの依頼書を冒険者組合まで届ければ、この依頼は達成となる。
 どうやらこの後契約を終結する為に〈セントラル協会〉の幹部が武器屋バリクに来るらしく、男性商人が気を遣ってテクト達を先に解散させたいようだ。

「テクト殿。じゃあのぉ。いずれ何処かで会えると良いがのぉ……」
「こちらこそ失礼しました。モルタ、行こう」
「……ん」

 テクト達は武器屋バリクを後にした。
 周囲の景色は既に夕日へと差し掛かり、テクトはモルタを連れて第二冒険者組合クレムを目指して歩き出した。
 するとモルタは何かを思い出したかの様にテクトへ話し掛けた。

「――鶏」
「あ!! 悪い。すっかり鶏を探す依頼を忘れてたな……」
「……ん。居場所だけでも先に特定したら……?」
「そうするか……」

 依頼書には外見や特徴がひと目で分かる様に鶏の写真が貼られてる。
 テクト達はその写真を手掛かりに神眼を使用した。

〝《【過去1】一週間前。セントラル協会幹部〈ザック〉によって鶏が捕獲され、〈ザック〉が保有する飼育小屋で他の鶏と混ぜて管理を始めた》〟
〝《【現在1】鶏は生存しており、明後日には帝都ギルアスに出荷される予定》〟
〝《【現在2】鶏の居場所は首都オーディア――歓楽街ガロンの貧民街》〟

 神眼は実際に会わなければ正確に特定する事は出来ないが、それでも充分過ぎる程の手掛かりをテクト達は手に入れた。

「モルタ。やっぱり鶏の居場所は、正確に特定する事は出来ないようだ……。まずザックが誰なのか分からない」
「……ん。これは情報不足」

 セントラル協会幹部は【紅き】には登場しない人物。
 その時点で探偵を雇って調査を依頼したとしても、〈セントラル協会〉が相手だと困難を極めるだろう。
 これは現地で情報収集するしか方法は無さそうだ。

「鶏の件は明日にして、一旦クレムに戻るか……」
「……ん」

 テクト達は踵を返して、第二冒険者組合クレムへと歩き始めた。
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