屈辱と愛情

守 秀斗

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第29話:夫の弟と一緒にマンションに帰る

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 そして、翌週。
 志穂が病院に見舞いに行くと、病室に夫の弟の雅弘がいた。

「志穂義姉さん、こんにちは」
「こんにちは、申し訳ありません。夫のお見舞いに来ていただいて」
「いえ、実はお金の都合が出来たんで借金の返済に来たんですよ」
「そうなんですか」

 借りっぱなしにするのかと思ってたけど、案外、この弟さん、真面目な人なのかなと志穂は思った。

「志穂、でもこんな病院で渡されても困るから、君が預かってくれないか」
「そうですよね。病院とかでも盗難とかあるし。わかりました」

 そして、しばらく夫のケガの具合など医者に聞いているうちに、結構な時間が経ってしまったのだが、雅弘は帰らずに、ずっと志穂のそばにいる。そして、なぜか志穂の顔や身体、特に、以前と同様に首筋や手首とか足首を見ている気がしてきた。

(何だろう、なぜ、私の身体をジロジロとみるのかしら。別に私のこと好きってわけじゃないわよね。男性ってそんなものかしらね)

 そして、志穂が夫にそろそろ帰ると言った時に、雅弘が志穂を自動車で送ると言い出した。

「え、でも、逆方向じゃないんでしょうか。雅弘さんの家とは」
「いや、けっこうな大金なんで、電車で盗まれたらまずいっすよね」

 まあ、そう言われたら仕方が無いと夫に挨拶して、志穂は雅弘の自動車で自宅マンションまで送ってもらうことにした。志穂は病院の入口前で雅弘が駐車場から自動車をまわしてくるのを待つ。すると、知人に偶然遭った。一郎の同期の飯田さんの奥さんだった。

「お久しぶりです、飯田さん」
「あら、名和さん」
「あの、失礼ですが、どこか体調を悪くされたんですか」
「いえ、夫が腎臓疾患で入院していまして」
「そうなんですか。知りませんでした。いつからですか」
「それが、具合が悪くて慢性の病気みたいで……四か月近く入退院を繰り返していて……」
「そうでしたか。大変ですね、あの、旦那様が早くご回復することを願ってます」
「名和さんは、どうしたの」
「夫が足首を捻挫しまして。でも軽傷でした」
「それは幸いでしたね。では、これで……」

 何となく疲れた感じの飯田さんの奥さんを見て、自分の夫はたいしたケガじゃなくてよかったと志穂は思った。やっぱり健康が一番だと思った。

 しかし、その時、突然、志穂は思い出してしまった。志穂が参加した女子会のことを一郎が言った時のこと。約三か月前。夫との行為で一度も絶頂へいったことがない、いつも演技で誤魔化してつまらないって私が言ったってことだったけど。

 そして、偶然、隣の部屋で飲み会をやってた一郎さんたちはすっかりしらけてしまった。そして、飯田がその場所にいた。そして、どうもそのことを社内で飯田が言いふらしているようだとも。

(でも、四か月前から入退院を繰り返していたんだ、飯田さんは。腎臓が悪いのに、普通、飲み会なんて行かないわね。つまり、飯田さんは少なくとも飲み会にはいなかったんだ。それに私たちの女子会の隣に偶然夫の飲み会があるなんて本当なの、夫はウソをついたのかしら、何のために……)

 志穂は胸がドキドキしてきた。そして、雅弘が自動車をまわしてきたので乗った。帰る際にも、自動車の中でどうでもいい会話をしてくる雅弘。でも、運転しながら、やはり志穂の顔や首辺りを時折見ている。

(なんだろう、なんでそんなに私の顔を見るのかしら……そして、さっきの飯田さんのこと。夫の勘違いなんだろうか……)

 マンションに到着すると雅弘が駐車場に車を止める。ドアを開けると、モワっと熱風が入って来た。今日はすごく暑い。そして、雅弘はなぜか大声で言った。ポケットから出した紙を見せながら。

「いやあ、暑いっすね。日本のこの夏はどうかしてますよ。何ですか、この残暑は。もう九月も後半だってのに。喉が乾いてしまいましたよ。すみません、部屋に行って、麦茶一杯でもいただけませんかねえ」

 そんなことを言いながら、雅弘が紙を見せる。

『マンションの一階のロビーで話したいことがあるんです。カバンは自動車に置いてください』

「え……」

 志穂は思わず何の事か聞こうとするが、雅弘が焦って、指を口の前に立てて、目くばせをする。

(なんだろう、どういうことかしら)

 雅弘が何とか合図を出そうとしている。普通の会話をしてくれってことだと志穂は思った。

「えっと、じゃあ、麦茶を用意しますから、雅弘さん、お部屋にどうぞ」
「ありがとうございます!」

 また、デカい声で雅弘が言った。そして、志穂は雅弘の指示通りにカバンを置いたまま、マンションの一階のロビーに行く。このマンションのロビーにはソファーがずらりと並んだ空間があるのだが、いつも人がいない。もったいないことしてるなあと志穂はいつも思っていた。

 そして、そのロビーの一番奥まで行って、二人でソファーに座った。
 すると、また雅弘が紙を出す。

『兄から貰った、何か、装飾品とか付けてないですか?』

 夫からはいろんなものをプレゼントされたが、まだ残暑が続いているので、今日の志穂の服装もシンプルなものだ。特に何も付けてない。志穂は首を横に振った。すると雅弘が声に出して言った。

「じゃあ、いいですね」
「あの、雅弘さん。どういうことなんですか」

 すると、雅弘が困った顔をする。

「いや、兄貴のことなんですけど」
「一郎さんがどうしたんですか」
「あの……変な事されてませんか」

 志穂はドキッとしてしまう。最近の性行為。段々過激な行為をしているように思えてきた。でも、いつも自分を絶頂へといかせてくれるし、殴る蹴るなんて絶対しないので、志穂はどう答えようか迷ってしまった。

(DVとかされたわけでもないし、いろいろと恥ずかしい拘束をされたり、後ろの穴でされたこともあるけど、でも、私もそれで気持ち良くなってるし……それに、普通の恋人同士でもしてる人たちはいるわよね、変な事ってわけではないと思う……)

「……いえ、夫から変な事はされてませんけど……」

 雅弘はそんな志穂を疑わしそうな顔で見る。

「うーん、どうしようかなあとは思ったんですけど。まあ、話したほうがいいかなあと思ってねえ」
「あ、あの、どういうことですか」
「兄貴って、昔、大学生時代に恋人さんに訴えられかけたことがあるんですよ」

 全く知らないことを言われて、志穂はびっくりしてしまう。

「あの、どんなことをして、訴えられそうになったんですか」
「何でも、SM行為したって、相手は屈辱的行為を与えられたってことでねえ、怒って、その女性と両親が俺の実家に怒鳴り込んできたことがあるみたいなんですよ」

 夫は真面目な人だと思っていたので志穂は仰天した。SM行為って、何のことだろう。確かに最近、SMまがいの事をしているけど、それは自分がしていたことを真似ただけと思っていたのだけど。

「いや、俺も詳しくは知らないんですけどね。まあ、兄貴は相手の女性には暴力は振るってないみたいなんですけど。でも、何だか、そのですねえ、言っていいのかなあ」
「あの、夫のことなんで、私は聞きたいです」
「うーん、どうやら、契約書に押印させたらしいんですけど」
「契約書ですか。どういう内容なんですか」

 雅弘がちょっとまた困った顔する。

「性奴隷契約書ってことみたいっすね。内容は知らないんですけどね、俺は」
「性奴隷……」
「それで、その契約書に、その相手の女性のあそこに無理矢理口紅を塗って、その契約書にあそこを押し付けたらしいんですけどねえ、押印ってことで。何をアホらしいことやってんだって感じですよね。まあ、官能小説によくあるパターンみたいですけどね。女性に屈辱を与えて辱めるってことですね」

 志穂は少し顔が赤くなった。自分の小説にも書いたことがある。コメント欄に書いてあったのをそのまま載せてしまった。官能小説によくあるパターンだったんだと思った。そして、それをされる自分を想像して興奮してしまった覚えがある。

「他にも、隠しカメラでその女性がトイレで用を足すのを撮影したりとか、いろんなハレンチ行為をしたらしいっすねえ。後、盗聴とかもしてたようです。プレゼントをあげるんだけど、その中に盗聴器をしかけたりとか。もう、その女性のプライバシーなんてありませんよね。全部、把握したかったみたいっすねえ、その女性のことを。一種のストーカー行為ですよね。だからカバンも置いてきてもらったんですよ。兄貴がなにか仕掛けたかもしれないと思ってね」

 志穂は唖然として声も出ない。

「それで、この前、志穂義姉さんの顔を見た時、何か疲れてるなあとか思ってねえ。志穂義姉さん、大人しくて優しくて真面目なんで、兄貴の言いなりになっているんではないかと心配になって。酷い事されてるんじゃないかと。ただ、夫婦のことなんで、お互い了承しているなら俺が口出しすることはないっすよね」
「ええ……」

 そして、また雅弘が悩んでいる。
 何か言いたそうな顔をしているのを見て、志穂は聞いた。

「あの、まだ他に秘密とかあるんですか、夫に」
「うーん、言っていいのかなあ。あの、無精子症って知ってますか」
「ええ、精子が全くなくて不妊の原因になる病気のことですか」
「兄貴がそうみたいですね。さっきの女性と結婚したかったみたいです。でも、病院で事前に調べたみたいですね。あの人、真面目ではあるんでね。自分の精子が健康かどうか調べたらしいんです」

 志穂はびっくりしてしまった。そんなことは夫から聞かされたことはない。

(だから、結婚当初から一切避妊はしなかったけど、いまだに妊娠しないんだわ……)

「まあ、治療法とかあるみたいっすけどねえ。でも、兄貴は、何だか、妙なプライドが邪魔してるのか、病院には行かないみたいですねえ。養子を取るって方法もありますけどね。でも、そういうことだから、変なSM行為にいってしまったのかなあ。俺には兄貴が何を考えているのかよくわからないんですけどねえ」

 突然のことで、志穂は黙ってしまう。

(私も夫のことがよくわからなくなってきた……)

「でもねえ、変なんですよね」
「……変とはどういうことですか」
「相手の女性、訴訟を起こすって言ってた女性なんですけど、怒っているのは親の方で、女性の方は兄貴のことが嫌いではなかったみたいですねえ。兄貴を庇ったりしたみたいっすね」

(どういうことなんだろう、調教されちゃったのかしら、その女性。暴力は振るわれてないみたいだけど……)

「まあ、うちの親が金で解決して別れさせたみたいですけど。このことは直接、兄貴に言っていいですよ。俺から聞いたって。要するに騙したわけじゃないですか。志穂義姉さんを」
「あの、騙したわけではないと思いますけど」
「でも、知らなかったんですよね」
「ええ……」

(だから、この前、赤ちゃんほしいって言ったとき、さっさとシャワーを浴びに行ったのかしら、一郎さん。言ってくれればいいのに。治療に協力したのに)

「とにかく、もし本当に嫌なことをされたとか、またはひどい暴力を受けたとかあったら、俺にすぐに連絡してくれませんかね。俺が兄貴に言ってやめさせますよ。実家の両親は兄貴をかばうと思うんで。一流企業に勤務している自慢の息子ですから、SM趣味以外は。いや、SMって言うか、相手を束縛したいって言うかねえ」
「……はい、あの、ではそういう時はよろしくお願いいたします……」
「でも、その女性の時も、愛しているからしたんだとか言ってたみたいですね、兄貴は。何だか粘着質って言うかねえ。相手の女性を支配したいって言うか、全てを把握したかったみたいです。兄貴はこれも愛なんだって強弁したそうですけどねえ。でも、愛してるなら、誰でも秘密はあるし、見て見ぬ振りするってのも必要ですよね。それに相手に屈辱を与えたり、辱めてはいけませんよねえ」
「……そうですね」
「まあ、恋愛ってのも、よくわからないっすねえ。俺も彼女がいるんだけど、週一回会えばいいかなあって関係ですね。顔も見たくないって時もよくあるんでね。相手を支配したいなんて思いませんよ。お互い自由でいいって感じですね。住んでる家も別々ですし、俺は一人の方が好きなんでね。志穂義姉さんはどうなんですか」
「……私は好きな人と、ずっと一緒にいたいです……」
「そうですか。じゃあ、とにかく、何かあったら連絡してください。後、麦茶をくれますか、さっき大声で言ったんでね」

 その後、一旦、雅弘と一緒にマンションの部屋に帰り、麦茶を飲んだ後、また駐車場へ戻る。
 雅弘がまたわざとらしく大声で言った。

「だめですよ、志穂義姉さん、大金が入ったカバンを自動車に置き忘れるなんて」
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