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第五十九話 お嫁に行けない
しおりを挟むオレスティアは結局、オレステスの提案を飲んだ。ルシアからも「たぶんそれが、今選びうる最良の手でしょうね」という後押しがされたのもあるのかもしれない。
とりあえずざっくりとだけれどこれからの方針を決め、アレクサンドルはじめとする侯爵家相手に一芝居打つか、となったとき。
「――あっ」
オレスティアが小さく声を洩らして、口元を覆う。
「もうひとつ、オレステスさんには謝らなければならないことがあって」
思いつめた顔で言われて、首を傾げて待つ。よほど言い辛いことなのか、随分と長い沈黙のあとにぽつんと洩れた声は、消え入るようなものだった。
「――見て、しまいました」
訳が分からずにきょとんとするオレステス、一方、横で聞いていたルシアが爆笑した。
「いや、見たって……なにを?」
「なにをって……その、日常生活を送る上で、お風呂とか着替えとか、だから、その」
頬を赤く染めてあわあわと言うオレスティアに、ああ、と苦笑した。
「おれの全裸見たってことか?」
「ぜっ」
つまって絶句し、ますます真っ赤になる。
「でも仕方ないわよ。見ないで生活なんてできやしないわ。怒るなんて、しないわよねぇ?」
ふざけたように言って笑うルシアに、おう、と首肯した。
「おれだってお前の体見てるしな。お互い様だ」
「えっ」
さっきまで真っ赤だオレスティアの顔が、急激に血の気を失って真っ青になる。
「そりゃおれだって生活してるんだ。見ないですむなんてあるわけないだろ」
オレスティアの方から言及されなければ、触れることのなかった話題だ。しかも謝ってきたのだから、お互い様だから気にするな、おれも気にしない、で終わる話だと思っていた。
なのに真っ青になったオレスティアの顔を見て、焦りのあまりについ弁明じみた物言いになる。
「えっ、開き直るとかあり得ないんだけど……」
ドン引きした顔のルシアに、いやちょっと待ってくれ、と反論する。
「お前、さっきと言ってたこと違うじゃねぇか」
「バカね、男と女――ましてやならず者とご令嬢じゃ立場が違うでしょ。酷い男ね、オレステス。見損なったわ!」
怒気もあらわに言い募るルシアに、オレステスは慌てる。
呼応するように、オレスティアが両手で顔を覆った。
「もうお嫁に行けない」
「いやお前が嫁に行くことを嫌がってたからこその現状だろうが! それなのに――」
「もう仕方がないからオレステス、あなたがもらってあげなさい」
「え゛」
なに言ってんだと続けるより早く、さも呆れた風のルシアが言い放つ。
「さっき言ってたみたいに、連れて逃げればいいのよ」
「いや、けどそれは――」
「考えてみれば、オレスティアさんだってオレステスなら怖くないでしょうし。それにもう、他人とは思えない状況だし、むしろちょうどいいんじゃない?」
「いや、まぁ、それはそう――なのか……?」
オレステスには今現在、悲しいことに恋人などいない。将来を誓うような相手もいないし、オレスティアほどの美少女が嫁になるなら悪いことではない気もする。
だがオレスティアとオレステスは、先程のルシアの言葉ではないがご令嬢とならず者だ。つり合いが取れるはずもない。
連れ出して逃げることくらいはできるだろうが、果たしてそれでオレスティアは本当に幸せになれるのだろうか?
口元に手を当てて考え始めたところで、ルシアがため息を落とす。
「ごめん、オレステス。冗談だからそんなに真剣に悩まないで」
「えっ」
驚いて顔を上げると、ルシアは眉をハの字に歪めて困った顔をしている。
そのままオレスティアにも目を移してみると、小さく肩を竦めて「ごめんなさい」と苦笑された。
「あーもうなんだよ、ビビらせんな。ホントにびっくりしただろ」
不平不満じみて口に出すも、正直、安堵の方が強かった。
そうやってふざけられるほど、オレスティアがルシアやオレステスに気を許してくれているということだ。
逆に言えば、そうやって気を許して頼れる相手が、出会って間もない他人しかいないことが不憫でもあったけれど。
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