60 / 87
第六十話 一芝居の裏側に潜むもの
しおりを挟む
気を取り直して、一芝居打つために気合を入れ直す。
少しドキドキしながらそっと扉を開いた。
「――姉さん!」
緊張の面持ちで立っていたアレクサンドルは、無事に顔を出した「オレスティア」にほっとした様子だった。
ちょいちょいと手招きをして、部屋の中に入れる。
「長い間話していましたが――なにか、思い出せましたか?」
さも当然と言った顔で、オレステスの隣りに座る。
隣りから向けられる彼の視線を十分に意識しながら、そっと頭を振って見せた。
「ごめんなさい。ほとんどなにも思い出せなくて」
「ほとんど、ということは、少しは……?」
様子を探るような、期待しているような表情のアレクサンドルに、軽く頷く。
「私は――もしかしたら逃げたかったのかもしれません」
あえて作った神妙な面持ちで口を開くと、アレクサンドルはハッと息を飲む。
本当は「かもしれない」どころか逃げたいのは確実なんだがな。心の中で呟きながら、顔は生真面目さを装ったまま続けた。
「抜け出すのは難しくなかった気がします。この邸の方たちは、さほど私のことを気にはかけていませんでしたので」
「――」
「けれど、やみくもに外に出てはみたもののなにもできません。途方に暮れていた私はならず者たちに絡まれて――そこを、このお二人に助けて頂いたのだと思います」
「――思います?」
そうだったという確定ではないのか。ひそめられた眉に、アレクサンドルの疑問が滲む。
「断片的な記憶とお二人のお話を繋ぎ合わせた結果の推論ですが」
断定した方がいいのだろうかと迷ったのは事実だ。しかし記憶喪失という設定上では不自然な気がして、曖昧な表現にとどまった。
「ただ――絡まれていたときの怖さと、助けられたときの安堵感は間違いなく覚えています」
そこまで曖昧にしてしまうのは、得策ではなかった。記憶喪失のオレスティアに、二人が作り話を信じ込ませたと思われては困る。
「助けたはいいけど、帰りたくないって言われて困ったわ」
文字通り困り顔で、ルシアが後を引き継ぐ。
「連れて逃げてくれませんかって言われたけど、申し訳ないけどそこまで責任持てないし。断ると、ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした、ってこの世の終わりみたいな顔するじゃない?」
両手を軽く広げて語るルシアを見ていたアレクサンドルの目線が、伏せられる。ちらりと盗み見た横顔は、歯を食いしばった険しいものだった。
「なんだか放っておけなくて、とぼとぼ帰るのをこっそり見守って――そうしたら侯爵家に入って行くんですもの。正体知って、びっくりしたわ」
それは、街中で偶然会って助けた、ひとりでふらふらしていた少女が侯爵令嬢と知れば驚くだろう。ルシアが言うことも、もっともだと思うはずだ。
オレスティアが逃げたくなるほど思いつめていた理由を知っているアレクサンドルとしては、耳が痛い話なのだろう。今更ながら、助けてやれない自責の念にでも駆られているのか、力の入った頬を見ていると痛々しい気分にもなる。
――この話が真実であれば、だが。
申し訳なくもあるが、まぁ「逃げたい」気分は事実なのだしと、開き直るより他なかった。
「切実な顔してたし、見捨てるのもどうかと思ったの。でも訪ねていったところで困らせるだけだろうし、門前払いは必至だし? けど、かといってまるっと無視して生活に戻るには、オレスティアさんの思いつめた表情は気にかかるし」
「――」
「訪ねても行けないし、でも気になるし。どうしようかしらって、ときどき様子を見てきてしまっていたの」
「――ああ」
ルシアがあえて同じことをくり返して話すのは、逡巡の度合いを示すためか。
右や左を向きながら語るルシアに、アレクサンドルが納得したような声を出す。
「今日もそうやって見に来たところを衛兵に見つかって不審者扱いされた、と」
「そういうこと」
ルシアが肩を竦めて首肯した。
出会いは作り話ではあるが、もし実際にそのような場面にルシアとオレステスが遭遇すれば、きっと同じ言動をする。そう推論しての話だった。
「ルシアさん、とおっしゃいましたか」
確認するように名を呼んで、アレクサンドルは静かに続けた。
「あなたの話はわかりました。――だからこそ、わからない」
矛盾する発言に、なにを言ってるんだと口を挟むよりも早く。
「なぜ、そこまで他人である姉さんのことを気にかけるんですか?」
発せられた言葉に、ルシア、オレステス、オレスティアの三人は唖然とした。
少しドキドキしながらそっと扉を開いた。
「――姉さん!」
緊張の面持ちで立っていたアレクサンドルは、無事に顔を出した「オレスティア」にほっとした様子だった。
ちょいちょいと手招きをして、部屋の中に入れる。
「長い間話していましたが――なにか、思い出せましたか?」
さも当然と言った顔で、オレステスの隣りに座る。
隣りから向けられる彼の視線を十分に意識しながら、そっと頭を振って見せた。
「ごめんなさい。ほとんどなにも思い出せなくて」
「ほとんど、ということは、少しは……?」
様子を探るような、期待しているような表情のアレクサンドルに、軽く頷く。
「私は――もしかしたら逃げたかったのかもしれません」
あえて作った神妙な面持ちで口を開くと、アレクサンドルはハッと息を飲む。
本当は「かもしれない」どころか逃げたいのは確実なんだがな。心の中で呟きながら、顔は生真面目さを装ったまま続けた。
「抜け出すのは難しくなかった気がします。この邸の方たちは、さほど私のことを気にはかけていませんでしたので」
「――」
「けれど、やみくもに外に出てはみたもののなにもできません。途方に暮れていた私はならず者たちに絡まれて――そこを、このお二人に助けて頂いたのだと思います」
「――思います?」
そうだったという確定ではないのか。ひそめられた眉に、アレクサンドルの疑問が滲む。
「断片的な記憶とお二人のお話を繋ぎ合わせた結果の推論ですが」
断定した方がいいのだろうかと迷ったのは事実だ。しかし記憶喪失という設定上では不自然な気がして、曖昧な表現にとどまった。
「ただ――絡まれていたときの怖さと、助けられたときの安堵感は間違いなく覚えています」
そこまで曖昧にしてしまうのは、得策ではなかった。記憶喪失のオレスティアに、二人が作り話を信じ込ませたと思われては困る。
「助けたはいいけど、帰りたくないって言われて困ったわ」
文字通り困り顔で、ルシアが後を引き継ぐ。
「連れて逃げてくれませんかって言われたけど、申し訳ないけどそこまで責任持てないし。断ると、ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした、ってこの世の終わりみたいな顔するじゃない?」
両手を軽く広げて語るルシアを見ていたアレクサンドルの目線が、伏せられる。ちらりと盗み見た横顔は、歯を食いしばった険しいものだった。
「なんだか放っておけなくて、とぼとぼ帰るのをこっそり見守って――そうしたら侯爵家に入って行くんですもの。正体知って、びっくりしたわ」
それは、街中で偶然会って助けた、ひとりでふらふらしていた少女が侯爵令嬢と知れば驚くだろう。ルシアが言うことも、もっともだと思うはずだ。
オレスティアが逃げたくなるほど思いつめていた理由を知っているアレクサンドルとしては、耳が痛い話なのだろう。今更ながら、助けてやれない自責の念にでも駆られているのか、力の入った頬を見ていると痛々しい気分にもなる。
――この話が真実であれば、だが。
申し訳なくもあるが、まぁ「逃げたい」気分は事実なのだしと、開き直るより他なかった。
「切実な顔してたし、見捨てるのもどうかと思ったの。でも訪ねていったところで困らせるだけだろうし、門前払いは必至だし? けど、かといってまるっと無視して生活に戻るには、オレスティアさんの思いつめた表情は気にかかるし」
「――」
「訪ねても行けないし、でも気になるし。どうしようかしらって、ときどき様子を見てきてしまっていたの」
「――ああ」
ルシアがあえて同じことをくり返して話すのは、逡巡の度合いを示すためか。
右や左を向きながら語るルシアに、アレクサンドルが納得したような声を出す。
「今日もそうやって見に来たところを衛兵に見つかって不審者扱いされた、と」
「そういうこと」
ルシアが肩を竦めて首肯した。
出会いは作り話ではあるが、もし実際にそのような場面にルシアとオレステスが遭遇すれば、きっと同じ言動をする。そう推論しての話だった。
「ルシアさん、とおっしゃいましたか」
確認するように名を呼んで、アレクサンドルは静かに続けた。
「あなたの話はわかりました。――だからこそ、わからない」
矛盾する発言に、なにを言ってるんだと口を挟むよりも早く。
「なぜ、そこまで他人である姉さんのことを気にかけるんですか?」
発せられた言葉に、ルシア、オレステス、オレスティアの三人は唖然とした。
0
あなたにおすすめの小説
ハズレスキル『自動販売機』を授かって婚約破棄されましたが、 実は回復薬も魔力食も出せる最強スキルでした
暖夢 由
ファンタジー
十八歳の成人儀式で授かったのは、誰も聞いたことのない《自動販売機スキル》。
役立たずと嘲られ、婚約者レオンには即座に婚約を破棄され、人生が崩れ落ちたように思えた。
だがそのスキルには、食べ物を作り、摂取すれば魔力を増やし、さらに“治癒効果”を付与できるという隠された力があった。
倒れた母を救い、王都の名門・ヴァルセイン伯爵夫人を救ったことで、カミーラは“呪詛”という闇の存在を知る。伯爵邸で出会った炎の力を持つ公爵家次男レグナスとの出会いが、彼女の運命を大きく変えていく。
やがて王都全体に“謎の病”が蔓延。カミーラは治癒スープの炊き出しを行い、人々を次々と回復へ導く。
一方、病の裏で糸を引いていたのは………。
“無価値”と嘲られたスキルが、いま世界を癒し、未来を照らす光となる――。
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
最強すぎて無職になりましたが、隣国の姫が勝手に嫁入りしてきました
eringi
ファンタジー
平凡なサラリーマン・佐藤亮は、満員電車で謎の光に包まれ異世界へ転移する。神様から「世界最強の力」を授かったはずが、本人はただの無職ニートとしか思っていない。冒険者ギルドで雑用を請け負う日々。そんな亮の周囲に、冷徹な騎士姫、天才魔導士、元盗賊の少女、竜人族の戦士など個性豊かな美少女たちが自然と集まってくる。一方、彼を「ただの運のいい凡人」と侮る貴族や悪徳商人たちは次々と痛快なざまぁ展開に。亮は「俺なんて大したことないのに」と呟きながら、気づけば国を揺るがす陰謀を解決し、世界を救うことに――。無自覚最強主人公による、爽快ハーレムファンタジー開幕!
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─
あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」
没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。
しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。
瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。
「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」
絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。
嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。
道化たちの末路
希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる