4 / 80
第一章
第三話 三人
しおりを挟む「一体いつまで偶然に頼る気だ」
蓮が十日と経たずに訪ねてくるのは確かだが、もちろん毎日ではない。短くても四、五日は開く。
なのに毎日、仕事が終わると同時にやって来ては、ため息ばかり吐いて待つ月龍を、よく二ヶ月あまりも耐えてやったものだと、我ながら感心する。
「だが、偶然でなくてどうやって会えと言うのか」
憮然とした問い返しに、片膝をついた胡坐で頬を支え、冷たい流し目を送る。
「二人きりで会いたいと言えばよかろう」
「無理なことを言うな。できるはずがない」
「なんだ。断られては会い辛くなる、などと言うのではなかろうな」
先手を打った亮に、月龍は唇を一文字に結ぶ。思わず、頭を抱えた。
「忘れたのか、月龍。蓮もあと半年もすれば、十五になる。おれも二十二だ。互い以上に適切な相手がいなければ、結婚は免れんぞ」
王には亮の他に子はない。
本来ならば、王の娘を娶った別腹の男子が王位継承権を得るのだが、現在のところそれは叶わぬ状況にある。
王に一番近しい親戚の娘は、姪である蓮と嬋玉だ。
瑤姫によく似ていた嬋玉は、すでに王の手がつき、後宮にいる。残るは蓮のみだった。
周囲は、早く亮と蓮の婚姻を成立させたく思っているようだが、亮自身どうしても乗り気になれなくて、先延ばしにしている。
「そう、そのことだ」
月龍が渋面になる。
知らぬ者が見れば怯えるほどのものだが、慣れている亮は、何のことだと平然と受け止めた。
「お前達の話は、そもそも政略的な意味合いが濃い。もしおれと蓮様が、その、恋仲になったとしても、影響などないのではないか」
怒ったような口調だが、実は不安の現れだと亮にはわかる。
また、言いたいことも理解できた。政略結婚は、当事者の感情に左右されるものではない。
たとえ、月龍と蓮が結ばれたとしても結果は変わらず、悪戯に辛い想いをするだけではないか。
それくらいなら、想いは秘めたまま諦めた方がいい、と思っているのだろう。
亮は笑う。
「それはないな。親父は蓮を、大層可愛がっている。あれが悲しむような真似はせんだろうし、それでなくともおれと蓮の婚姻を快く思っていない」
そうでなければ、亮の気分だけで先延ばしにできるはずがない。
暗愚と成り果てた王も、姪の蓮には何故か甘かった。その可愛い蓮を、嫌っている亮に娶わせることを忌避しているのは、目に見えている。
「前例のないことだが、何処かから遠縁の娘を養子にでも入れておれにあてがい、蓮には惚れた相手との幸せを、とでもぬかしそうだ」
先送りになっているのは婚姻だけではない。二十一を過ぎた今になっても、亮は立太子していなかった。
その事実が、言葉以上に王の気持ちを物語る。
「悪かった」
亮の言わんとすることを、理解したのだろう。月龍が気まずそうに詫びた後、けれど、と続けた。
「そちらは片がつくとして、亮、お前の気持ちはどうなのだ」
「おれの気持ち?」
聞き返して、苦笑する。
そういえばと思い出したのは、心配げに歪んだ嬋玉の顔だった。
幼い頃、亮と月龍は共に嬋玉を訪ね、後宮に忍び込んでいた。だから嬋玉も月龍を知っている。
月龍が蓮に惚れたと知ればさぞ驚くだろうと、こっそりと報告に行ったのだ。
そのとき、弟のように思う二人が蓮を巡って争うことになるのでは、と心配された。
「よしてくれ。お前までそのような戯言を言うのか」
「お前まで? 他の誰かにも言われたのか」
「ああ、嬋玉殿にな」
「やはり」
項垂れるように呟かれて、辟易とする。
「いや、だからそのようなことはないと言っているだろうが。まったく、嬋玉殿といいお前といい、おれはそれほど、蓮に惚れているように見えているのか」
「見えるさ。お前はあの顔を見ていないからそのようなことが言えるのだ」
「あの顔?」
「蓮様と話しているときの、優しげなお前の顔だ」
「当然だ。おかしなことを言うな」
鏡を前にしているわけではないのだから、自分の顔など見えるはずがない。
額を押さえて洩らした嘆息に、呆れを乗せる。
「それはまぁ、おれも蓮を嫌っているわけではない。気心の知れた幼馴染だ。話していれば笑いもする」
「しかし」
「ああもう、らしくもない心配をするな。たとえ誰かの妻であれ気に入れば力ずくで奪う。お前にはその方が似合うぞ」
「それは、相手が他の男なら遠慮するものか。だがおれは、お前を失いたくない」
ぶっきらぼうに言って、睨み据えるような視線を横へと流す。
気づいてはいた。
月龍は亮以外の誰にも心を開かない。友人と呼べるのは亮だけだ。
だから、葛藤もわかる気はする。唯一の友を失いたくない、けれど蓮への想いも諦めきれない。
迷いのために瞳を揺らす様は、いじらしくすらあった。
だがそれにしても、と苦く笑う。
「誤解を招くような台詞だな」
「な、おれは別に」
「わかっている。言っただろう、誤解だと」
喉を鳴らして笑いながら、榻に倒れこむ。流し目を送って、にやりと口の端を歪めて見せた。
「まぁ、お前が乗り気でないのなら無理強いするつもりはない。当初の通り、おれが蓮を娶るだけだ」
「それは」
「公主がお見えです」
さすがに気色ばむ月龍を遮ったのは、衛士の声だった。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
嘘コクのゆくえ
キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。
生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。
そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。
アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで……
次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは……
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。
作者は元サヤハピエン主義を掲げております。
アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
幸せアプリ
青の雀
恋愛
結婚間近の同棲していた恋人に捨てられ、契約直前の仕事を同期男性に盗られたその日はまさに厄日かと思われた。
帰宅して、風呂上りにスマホでサーフィンしていたら、見覚えのないアプリがインストールされている!
すぐに削除するつもりが……、次第にアプリの指示通り行動していたら、幸せが手に入るようになりました♡
二年間の花嫁
柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。
公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。
二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。
それでも構わなかった。
たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。
けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。
この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。
彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。
やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。
期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。
――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる