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第二章
第六話 弁明
しおりを挟む目が覚めたとき、そこに蓮の姿はなかった。
随分と眠っていたらしい。疲れのとれ具合から、思う。
それにしてもと、苦い笑みが浮いた。
おそらく蓮は、月龍に連れられて帰ったのだろう。だというのに、月龍が訪ねて来たことはおろか、蓮が亮の下から抜け出したのにさえ気づかなかったとは。
立場上、いつ暗殺の危険に晒されるかわからない。子供の頃から熟睡を避け、浅い眠りを心がけてきた亮にとっては、失態だった。
もっとも、蓮にならば寝首をかかれても構わないと思ってしまうあたり、度し難い。
体が重いのは、慣れない深い眠りのせいか。
気だるさを引きずりながら、臥牀から這い出す。
外を見ると、辺りは薄暗くなっていた。かすかに夕日の黄橙色が残っているので、さほど遅い時刻でもなさそうだ。
さて、どうしたものか。
部屋に明かりを灯しながら、考える。
亮が蓮の膝枕で寝ていた所は月龍に見られたはずだ。にも拘らず、蓮と月龍が喧嘩をした形跡はない。
どちらかが声を荒らげようものなら、さすがに亮も目を覚ます。ずっと眠っていられたのは、月龍が冷静に対処したということか。
まさか。
すぐに否定する。
あの気が短く、嫉妬心の強い月龍が、平静でいられるはずがない。
可能性があるとすれば、怒気を無理やり飲み込んだくらいであろう。
それとも月龍は来なかったのだろうか。
来られないと遣いが来て、もしくは待っていたが来ないので、蓮は一人で帰ったのかもしれない。
考えられる可能性としては、これが一番望ましい。
とはいえ、二分の一の確率に賭けてみるほど、亮は甘くなかった。対処法だけでも考えていた方がいい。
もし見られていたとして、なんと説明しようか。
もちろん、事実をそのままに話す。だが理解はしても、納得はできないのではないか。
亮が月龍の立場であれば、不快と感じるのは疑いない。
月龍の中で疑念が強まる前、できれば今日中にでも話をしたいところだが、わざわざ呼び出すのもおかしな話だ。それこそ、後ろめたさがあると白状するに等しい。
かといってまた明日、というわけにはいかない。蓮の前で説明するのは避けたかった。
蓮の目があれば、月龍は本音を飲み込むかもしれない。亮のことで、二人の間に蟠りを作るのは厭だった。
ではやはり、呼び出すより他はないか。
「亮」
名を呼ばれて、声を上げそうになるほど驚いた。跳ね上がった心臓が、口から飛び出るかと思う。
普段であれば、部屋に入って来た段階で気づくのに、起きていながら声をかけられるまで気づかないとは。よほど焦っていたのか。
とはいえ、この状況は悪くない。呼び出すまでもなく、月龍が訪ねて来たのだ。
しかも蓮がいない、二人きりの状況で話すことができる。
その上、今やって来たというは、蓮と亮の姿を見ていない可能性もある。
亮は努めて、明るい声を出した。
「どうした、月龍。今日は随分と遅いな。蓮はもう帰ったぞ」
「知っている。お送りして来たところだ」
月龍の返答は、亮の希望をばっさりと切った。
蓮の性格を考えれば、月龍が迎えに来るまでは亮の頭を膝に乗せていただろう。
憮然とした月龍の表情に、確信も湧く。
「ということは、お前、見たよな?」
「見た」
なにを、とは言わない。月龍も、なにをとは聞き返さなかった。
たった一言の返事に、不快が表れている。
はぁ、と深く嘆息する。
「頼むから、誤解はしてくれるなよ。確かに少し、蓮を借りた。天乙の釈放が決まって、諌めに行ったおれは玉砕。わかっていてもまぁ、気分がいいものではない」
情けないことに、と続ける。
「蓮はああ見えて、意外に鋭いところがある。それで、おれが落ち込んでいることに気づき、慰めようとした。おれが子供の頃よく膝を貸してやったから、それを思い出したらしい。深い意味があるわけではなくて」
「それは公主に伺った」
「聞いて納得はしたが、承服はできぬといったところか」
亮の指摘に、月龍は口を噤む。
至極当然の心境だと思うから、亮は諦めた。
「悪かった。蓮の幼さだとか優しさだとかに甘えた、おれの責だ。――ほら」
月龍の前に、ぐいっと顔を突き出す。
「一発でも二発でも、もっとでもいい。気が済むまで殴れ。代わりに、今日のことは水に流してほしい。おれのせいなのだからな。間違っても、蓮に怒りなど向けてくれるなよ」
亮を殴りつけたところで、完全に疑惑が消えるわけはない。
ただ、少しは気が晴れるのではないか。それで表面上だけでなく、心境の方も平静をわずかでも取り戻してもらえればいい。
元から鋭い月龍の眼光が、さらに厳しさを増す。
「随分と公主を庇うな」
低い声に、身が竦む。
――失敗した。
二人の間に蟠りを作りたくないのは、確かに月龍のためというよりは蓮のため。
蓮の笑顔を守るために、月龍の中から疑念を消したいのだ。
その想いを見破られては、さらに疑われるのは必至だった。
「いやいや、だから誤解するなと言っているだろう。お前が怒るのはわかる。かといって、あの小さい蓮を怒鳴りつけたり、まして殴ったりできないだろう? 我慢しろとは言えん。だからせめて、おれで憂さ晴らしをだな」
「――まあいい。お前の気持ちはわかった」
言い訳を遮ると声と共に伸ばされた手に、胸倉を掴まれる。咄嗟に奥歯を噛みしめた。
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