おてんば悪魔と黄泉がえりのメソッド

ザシガワラ

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プロローグ

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「これは夢かなにかの冗談であってくれ…!」

血塗れで倒れ付した栞の体を必死に揺すりながら、僕の脳内で警告音のようにけたたましくその一言が繰り返されていた。
事故現場は僕たちが通う高校の通学路、小さな交差点で起きた夕刻の悲劇。
ちょうどそこは僕と栞の帰り道が分岐する地点で、今の今までそんな事故なんて起こらなかったもんだから完全に油断していたのだと思う。
「バイバイ、くろちゃん~」と親しげに手を振る彼女に見惚れるあまり、瞬間まで「危ない!」の一言すらかけてやれなかったことが悔やまれた。
死を運ぶ大型車は霹靂のように、しかし音もなく接近してきていて、直前になってようやくその姿を現した。
引っ越しのトラックなら家具や家財だけ運んでいればいいのに。

僕が何度となく声をかけて彼女の意識が戻るのをひた待つ間、ぞろぞろと湧いて出るように騒ぎを聞きつけた近隣の住民達が集まってきた。

普段は物静かな僕だったが、当の本人でもはっきりそうだとわかるくらい腹の底から出した大声で「栞!目を開けてくれ!」と叫ぶ姿は、さぞ聴衆の目に焼き付いたことだろう。
だが羞恥心などは、意識朦朧として生死の淵をさまよっている栞のことを思えば気にしてなどいられない。
この時、彼女にまだ脈はあった。
栞が起きてくれるなら、喉が潰れるまで僕は声を出し続ける気でいた。
だが実際のところ、駆けつけた住民が呼んだであろう救急車が到着するのを見るなり、当初の僕の勢いは急速に削がれていった。
彼女が助かるのを決して諦めたわけではない。
救急車が来たことで途端に現実味が増し、封じていた絶望的な気持ちがいよいよ心を侵食し始めたせいだった。
この場に取り残されるとすぐにでも発狂してしまいそうだった僕は、ひとまず救急隊員に無理を言って車へ同乗させてもらうことにした。

病院に到着し、救急治療室に栞が入る頃、僕の狼狽は本格的になっていた。
冷たい汗が背中を伝う感触は、味わったことの無い気持ち悪さだった。
治療室前ソファに腰掛け、どれぐらいが経った頃。
ようやく少し落ち着きを取り戻したので、初めて病院の時計をまともに見ると、夜の七時を回っていた。
すると栞の両親が駆けつけた。
お父さんは走ってくる勢いそのままに治療室へ突撃しようとしたが、羽交い締めにするような形でお母さんがそれを止めた。
僕もここまで何度となくそうしたい衝動に駆られたので、彼の気持ちはわからなくもない。

「くろくん、栞は…!?」

一方のお母さんも僕と同じぐらいか、それ以上に狼狽しているのが見て取れた。

「治療室に運び込まれるまでは意識が無いままで…僕が何度呼びかけても目を開くことはありませんでした…」

「そんな…」

それきり、お母さんは沈黙と共に僕の左隣に腰掛け、祈るように両手を合わせ胸の前で組んでいた。

「黒緒くん」
お父さんの方は先程とは打って変わって少し落ち着きを取り戻しているようだった。

「はい」

「お見苦しいところを見せてすまない。栞は、どうなんだ?重態なのか?」

乞い縋るように聞かれると、かえって答えづらいというものだ。

「全身を強打していて…トラックに轢かれて吹き飛ばされた時にも頭を強く打ち付けたようで、それが一番心配だそうです」

「そう…か…」

「僕がもっと早く声をかけていたら…」

「やめるんだ黒緒くん。突然起きた事故だし無理もないさ。我々はただ、娘が助かる可能性を信じようじゃないか」

そういう彼の声こそ、自覚があるかどうかはさておきひどく震えているように聞こえた。

「手術中」の赤いランプが消え、何時間にも渡る栞の手術が終わった。
張り詰めた空気の中で待ち続けるというだけで、寿命がじりじりと削りとられていく感覚があった。
隣に腰掛けていた両親と共に立ち上がり、執刀した医師が出てくるのを待つ。
僕はこの手術で栞は助かると思っていた。
いや、思い込んでいたんだ。
いくつもあった懸念材料の何もかもに目を伏せて、ただ希望的観測で頭の中を満たし、絶望の侵食を決死に食い止めようとしていた。
この数時間、そうやって自己の意識と闘い続けた。
祈りながら、願いながら、そうすることしか出来なかった。
恐らくそれは目の前に立つ栞の両親もそうだった筈だ。
背後からでも、彼らが僕と同じ顔をしているのはなんとなくわかった。
精悍なまでに。
あるいは“最悪の結果”に怯えるように。
果たして扉の向こうから現れた医師が告げたのは──栞の死という現実だった。
俯きながら医師が言った「残念ですが」の無情さは、残された僕ら三人の人生に大きな陰を落とす一言だった。
永遠に明けぬ夜を呼び込むための。
お母さんはリノリウムの床にくずおれ、両手で顔を覆った。
お父さんはくずおれこそしなかったが、壁に腕をつき、やがて嗚咽を漏らしながら泣いた。
僕はというと──その時点では簡単に状況を受け入れられずにいた。
はっきりと反響した筈の「残念ですが」を、聞き漏らしたということは無かった。
この時、この場で、僕だけが、「まだ諦めたくない」という弱々しい火を、誰よりも大切に守り続けていたかったのだ。


それからの僕はと言うと、その火を絶やさぬように自宅にいる間は次の朝までデスクに座り、ひたすらパソコンのキーを叩き続けるという生活を何日も続けた。
唯一得意とする分野で、広く深いネットワークの海から、我武者羅に栞が生きて帰ってくる方法を探した。
僕と栞は同じクラスだったので、当然僕らが幼馴染だったことをほとんどのクラスメイトが知っていた。
学校では、彼らから向けられる視線が酷くいたたまれなかった。
連日の睡眠不足で授業中よく居眠りをするようになったり、それで教師にお目玉を食らったりもした(さすがの教師もこの時ばかりは控えめな様子だったが)。
それでも僕はその生活をやめられずにいた。
誰かが「無意味な行為」だと嘲笑ったとしても、そうしなければ波にさらわれる砂の城のように、呆気なく自分自身が崩れてしまいそうだったから。
あるいは栞への手向けや贖罪のつもりだったのかもしれない。
僕があの時、錯乱からさっさと立ち直り、冷静かつ迅速に救急車を呼んでいれば栞が助かる可能性があったかもしれないと思うと、罪の意識に苛まれずにはいられなかった。

翌日が土曜日だったこともあり、その日は躊躇いなく夜通し起き続けることができた。
次に目を覚ます頃、部屋の時計は昼の十二時に迫りかけていた。
昨晩から数えて何時間かぶりに部屋の扉を開けると、横に書き置きとオムライスが置いてあった。
『あたためてから食べなさいね』
僕のことを察して母が作って置いていってくれたのだろう。
母は不在のようだった。
そういえば今日は昼から用事があると言っていたのを思い出す。
キッチンに降りてオムライスをレンジに放り込むと、戸棚からコップを取り出して流しの水を注ぐ。
空白的な静止を挟みつつゆっくりとそれを飲み終えると、ちょうどレンジが止まった。
取り出した皿をテーブルに運んで、「いただきます」。
オムライスは母の作る料理でも三本の指に入る逸品であり、僕の大好物だ。
それなりに手間がかかるため滅多に作ってくれない代物なだけに、母がこれを作ってくれる時というのは何かしらの気遣いや祝いだとか、励ましのメッセージといった特別な意味合いがある。
食べてみてわかったが、今日はさらにレアなとろけるチーズ入りオムライスのようだ。
母自身、栞の突然の事故死はわが娘の出来事と同じくらいショックな筈なのに、僕にこれだけの気を利かせるなんて、到底僕には真似できそうもない。
ぷるっぷるの卵とケチャップライスをスプーンで口へ運ぶルーティンの最中、頭に電流が奔った。
机で突っ伏して寝落ちしてしまうまでに、僕は何のサイトのページを見ていた?
膨大なネットワークの世界では「亡くなった方は常に心の中で生き続けます」なんてスピリチュアルなものや、アラブの某国では死者を甦らせるゾンビパウダーが闇ルートで流出しているとか、眉唾なものから現実的なものまでサイトを渡り歩く度に種々様々な情報を目にした。
でも寝落ち直前まで見ていたサイトだけは、それまで見たどんなサイトのどんな噂よりも僕の中で実行に足る価値のあるように思えた。
というより、結局その方法が「高校生の僕にもっとも容易に出来そうな方法だったから」ってだけかもしれない。
オムライスを食べ終えると、自室まで駆け上がった。
栞を蘇らせられるのなら、可能な限り優先で取り掛かっておきたい。
僕がその熱意を保てているうちに。

自室のデスクに再び座る。
立ち上げたパソコンには九十年代を象徴するような古いHTMLのページが開かれている。
インターネット黎明期あたりで開設されたのだろう、今となってはネット廃墟のようだった。
ヘッダーに表示されているアクセス数は、何年も前でカウントがストップしている。
そしてその真下では『伝説の悪魔を召喚する方法』と、赤字で大きなホラー風フォントが画面の右から左へと流れている。
ページ中央には方法についてまとめたエントリーリンクが段階毎に配置されていたので、僕は上から順番に目を通していった。
サイトの内容自体は三十分とかからず読み終えることができた。
『それ』を実行するにあたり、想像していたよりも複雑な手順を踏む必要は無さそうだ。
一通り準備すべき物は、近場のホームセンターですべて揃うようだった。
ひとまず買い出しに行くために、僕は必要な物のリストを携帯のメモにまとめ始めた。

買い物袋ひとつで悪魔が召喚出来るだなんて、実際に買い出しを終えて帰ってきてからも信じられなかった。
部屋の座卓にはチョーク、手鏡、画用紙が六枚、ロウソクが二本、あと何故かオレンジジュースの入ったやかんがある。
最後のひとつだけやけ関連性が薄いように思えてならなかったが、すべては「栞を蘇らせるため」だ。
僕は悪魔召喚の儀式を実行することにした。
まず、セロハンテープで一枚になるよう繋ぎとめた大きな画用紙のシートに、黒いチョークで六芒星を描く。
遮光カーテン(これも用意した)を閉め、さらにガムテープで固定し、部屋の採光を可能な限り遮断する。
続いてロウソクに火をつけ、西方にあるタンス上に二本置く(これは東から登る太陽を、真っ向から否定するためだとかなんとかサイトに書いてあった)。
最後に手鏡を手に、それを覗き込みながら「“ゼバス エブ アブルドガ ゼバス エブ アブルドガ──”」と、いつ何処の時代の言葉なのかもわからない基礎的な呪文を長々と唱え、そして詠唱の締めとして「“来たれ、闇の眷属よ──”」と最後に唱える。
五分ほど待ち、最後の最後の〆としてやかんのオレンジジュースを口に含み、二本のロウソクに吹き掛けて火を消し、部屋を真っ暗にする。
儀式自体はこれで完了のようで、しばらくすると暗闇に悪魔が降臨し、魂と引き換えに“どんな願いでもひとつだけ叶えてくれる”のだという。
とりあえず一時間は待ってみたが、特に何も起こらなかった。
僕は辛抱強く待ち続けたが、その後も二時間、三時間と虚しく時間だけが過ぎていった。
そこまで待ってなお、悪魔召喚の条件に少しでも差し支えないように儀式終了時点での部屋の状態はあえてそのままにしておいた。
結局『伝説の悪魔』は、その気配すら感じ取れなかった。
僕を支え続けていた最後の希望の壁が、音も無く崩れ落ちた気がして、絶望の洪水が心を浸していく。
とうとう諦める時なのかもしれない。

「やっぱり、駄目か...」

タンスと部屋を濡らしたオレンジジュースも、さすがにカピカピに渇いたであろう。
虚無感に全身を包まれながら、片付けを始めるためにテープを取り、カーテンを開けると数時間ぶりの眩い太陽光が、部屋の輪郭を再び浮かび上がらせる。
──瞬間、背後に知らない気配を感じた。

振り向くべきか否か、数秒ほどの逡巡。
意を決してゆっくりとその方向へと振り向く。
いつからそこに居たのだろうか。
確かに“それは居た”。
知らない気配だと思ったが、僕はその人物を“よく知っていた”
忘れられる訳が無い。
悪魔は現れなかったが、儀式は成功したのだ。
神でも悪魔の力でも、僕はこの奇跡に感謝しなければならないだろう。

「しお、り...?」

扉のそばに、栞が立っていた。
僕を哀れむような碧く澄んだその瞳が、とても印象に残った。

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