やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

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第三話 魔者の花嫁編

3ー30 義兄

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 家に帰る道すがら、終始笑顔の絶えないファイエットに、ランスは心の底から安堵した。

「後で傷に効く軟膏を渡すから、そのリュカさんに渡してね。よくお礼も言うのよ」
 まるで魔者に攫われた過去などなかったように、その表情は明るい。

「わかったから。今度は姉さんの話を」
「だーめ。先にランスの話を聞かせて」
「そう言って、おれの話ばっかり」
「姉の特権よ」

 魔者のことを詳しく聞きたいのだが、姉はランスの話を聞きたがって、自分の話は後回しにする。
 姉が納得するなら、と思うのだが、延々に質問が途切れない。

「姉さん、いい加減に……!」
「よかったわ。あなたが、一人じゃなくて」
 痺れを切らしたランスだったが、姉の微笑みに言葉を飲み込む。

「ランスは優しくて真面目だから、自分だけが生き残ったって罪悪感を抱いてたんじゃないかって、心配だったの」
「………」
「でも、あなたの周りに、あなたを思ってくれる人がいてよかった」

 姉の目尻に浮かぶ涙に、ランスは胸を突かれた。
(姉さんも、同じなんだ)
 ランスが姉を案じるように、ファイエットも弟を心配している。そんな当たり前のこともわからなかった自分が恥ずかしく、ランスは息を吐き出し、逸る気持ちを落ち着かせた。

(急がなくてもいい。姉さんは無事なんだ。これからいくらでも、話は聞ける)
 だから今は、ファイエットの気が済むまで話に付き合おう。
 そう思ったランスは、完全に油断した。

「先輩さん、ランスはどうですか? ご迷惑はおかけしていませんか?」
「姉さん、なに聞いて……っ!」
 あろうことか姉の矛先が、今度はマスターに向かったのである。

「そうだなぁ……」
 ランスは焦って止めに入るが、セツはランスの慌てっぷりを気に留めもせず、顎に手を当て考えこんだ。

「マスター、姉の言うことは放っておいていいので! 姉さん! なんてこと聞くんだ!」
 怖いもの知らずもいいところである。知らぬとは言え、ランスは顔色を失った。
 ランスのような若輩を、最強の魔法使いに評価してもらおうなんて図々しいにもほどがある。

「まあ、ひどい! ランス、七年会わないうちに冷たい子になってしまって!」
 しかし、あちらを立てればこちらが立たず、姉にわざとらしく嘆かれてしまい、ランスは頭を抱えたくなった。

「ランスは、強くなることに真摯だな。常に冷静さを心がけ、感情をコントロールしようと努めている。成長が楽しみ、と言ったところか」
 思わぬ褒め言葉にランスが赤面すると、揶揄うようにセツが笑う。
「ま、魔法使いとしては、もちろんまだまだだがな」

 ファイエットはそんなやり取りに目を細め、道の先を指差した。
「家は、この先です」
 村の北西部から続いた道は、随分前に山の中に入っている。
 ファイエットの家は生家同様、薬草の採取に適した山中にあるようだった。

「もうすぐです。家に着いたら、美味しいお茶を淹れますね」
「楽しみだ」
 茶道楽のセツが、方便ではなく純粋に薬草茶を期待している。

(結局、なにもわからずじまいだな)
 魔者のことも、姉を助けてくれた人も、姉の夫についても、ファイエットはほとんど語らなかった。

「姉さん、せめて結婚相手のことだけでも教えてくれ」
「とても優しいひとよ。人付き合いが苦手で、料理以外の家事をしてくれているわ」
 つまりファイエットが働いて、夫が家を守っているわけだ。

「ランスもきっと、仲良くなれるわ」
 そんな風に言われても、ランスは仲良くできる自信はなかった。自慢ではないが、コミュニケーション能力は高くない。
 ランスは重く溜め息を吐いた。

 再会してからここまで、姉に主導権を握られっぱなしで、ランスはなにひとつ満足に聞き出せなかった。

「ランス、家では姉に振り回されてたな?」
 マスターにまで笑われ、散々である。





「さあ、どうぞ。入ってくださいな」
 山の中に建つ家は、丸太を組み上げて作られた素朴なものだった。

「あなたー、ただいまー、どこにいるのー?」
 ファイエットは二人を招き入れると、そそくさと奥へと消えていく。木のぬくもりを感じられる家の中は簡素だが、手作りのクッションカバーや細々とした小物に、穏やかな日常が垣間見える。

「マスター、自分はどんな顔をして義兄に会えば……」
 ランスは力なく、手近な椅子に腰掛けた。ここは、家族が集まる居間のようだ。右手に台所が、そして奥にも部屋がある。

「普通でいいと思うぞ。どんな人であれ、お姉さんの選んだ人だ」
 せっかくの姉との再会を邪魔したくなかったので、セツは家周辺の安全を確認したら帰るつもりだったが、ランスのガチガチ具合が可哀想になってきた。

 心の準備が整う前に、いきなりできた義兄に会うことになってしまい、ランスは途方に暮れている。この様子では、部屋のあちこちに散らばるぬいぐるみや玩具にも気付いていないだろう。

 ロワメールとさほど年も離れていないと思うと、セツも放っておけなかった。
(さて、どうしたものかな)
 最強の魔法使いは思案した。





「あなた、ほら、早く早く!」
 パタパタと、小走りの足音が聞こえた。
「ランス、お待たせ。さ、あなた、早く」
 ファイエットが男性の手を引き、弟に引き合わせる。

「ランス、千草さまよ。わたしの旦那さま」
 ファイエットに片腕を引っ張られてきたのは、二十代半ばほどの男性だった。
 髪は茶色で、瞳は灰緑。着物こそありきたりだが、目を瞠る美しさは一度見たら忘れるはずがなかった。

「千草さま、弟のランスよ」
「ああ、一度森で見かけた」
「そうなの? 教えてくれてら良かったのに」
 若い夫婦は仲睦まじく寄り添う。男の腕には、赤ん坊まで抱かれている。
「この子はフロランス。十ヶ月なの」

 姉は、幸せそうに笑っていた。

 何故、信じたのか。
 何故、もっと無理矢理にでも話を聞き出さなかったのか。

 何故――姉は自由になったと安易に安心したのか。

「……れろ」
「それからもう一人、この子の上に女の子がいて」

「そいつから離れろッ!!」

 ガターン! と大きな音を立て、椅子が倒れる。
 ランスの怒声に、赤ん坊が火がついたように泣き出す。

(そいつ……そいつは……ッ!)
 握りしめたランスの拳がわなわなと震えた。

「そいつは――魔者だッ!!!」
 整った顔を憤怒に歪め、ランスは男に指を突きつけた。



 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 


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 3ー31 一兎を追って二兎を得る は10/18(金)の夜、21時頃に投稿を予定しています。
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