フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

淡海のえ

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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

第6章・価値 43 再会

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 中には使用人しかいないと聞いてはいたが、警戒しながら螺旋階段を上がる。上に到着すると、ドアが一つだけある。

 閂が下ろされたドアにぞっとするような感覚が走る。安全のためと言い訳をして塔の中に閉じ込めていた自分が言えたことではないが、執着という何かでドアができているような気さえする。

 部屋にクライス以外がいることも考えて、静かに閂を外す。耳を澄まして音と気配を探るが、ドアの付近には誰もいないようだ。

 そっとドアを開けると、閑散とし過ぎていると思えた城とは一転して、綺麗な部屋が広がっている。美しい絨毯にシミができているのが見えて、誰かが吐いてしまったことが匂いでわかった。

 ベッドが見えるが、誰も寝ていない。部屋に人がいる様子がなく、足を踏み入れてやっと奥にクライスを見つけた。
 膝を折って背を丸めて、うつむいて小さくなっている。杖は足元に転がって、人が入って来たのに手にしようともしない。

 どう声をかけていいかわからずに、ひとまずそばに寄ろうとする。けれどクライスの体が大きく震えて、さらに体を小さくしようとするのを見て足が止まってしまう。

 次第に小さな泣き声が漏れ出して、耐えられなくなる。

「クライス、大丈夫か?」

 迷う足を無理に動かして、そばに寄り肩に触れようとする。するとばっと腕を振り払われて、綺麗な翡翠色の瞳と目が合った。

 一瞬、誰が映っているのかわからないというように動きが止まってさらに涙が溢れるのが見える。

「……コ、ールさ……まっ!」

 手を伸ばしてきた体が、支えられずに崩れ落ちてしまう前に抱きしめる。肩に顔を埋めて震える姿に、間に合わなかったのだという罪悪感が広がっていく。

 もしかすると、ずっと塔に閉じ込めていた方が幸せだったかもしれない。ぎゅっと抱いた腕に力を込めると、安心したようにクライスの体から力が抜けるのを感じる。

「もう大丈夫だ」

 気休めにしかならないとわかっていても、他に言える言葉が見つからない。クリースではないが、果たして選択は正しかったのかと自分に問いかけてしまう。

「僕は……僕には……」

 泣いてしまって言葉にならないクライスの背を、何度も優しく撫でる。ずっとそうしていると、呼吸がだんだんと落ち着いてくるのがわかる。

 するとなぜかクライスが距離を取るように、腕を伸ばす。理由がわからずに顔を見ると、目元を赤くなってしまっている。

 擦ると余計に腫れるだろうと思い、そっと舌で舐めとるとクライスの体がびくりと震える。

「あ、あの、汚い……ので……」

 言われてみると、服にはいくつかの返り血が飛んでいる。気づかなかった鉄のような匂いも感じて、クライスから体を離す。

「すまない。汚れているのを忘れていた」

「違います……あの、さっき吐いてしまって……」

 言われて絨毯のシミを思い出す。

「そっちの方が気にならない」

「でも……」

 また距離を取ろうとされて、顎を指で固定する。そして唇を付けた。

「んっ……!」

 触れるだけの口づけに、クライスが目元だけでなく頬を赤くする。事実を知っても、元来のクライスがちゃんと残っていることに安心する。

「のんびりはできないな」

 杖を手に持ち、クライスを抱き上げる。

「あ、歩けます」

「オレが抱いていたいだけだ」

 こめかみに唇を落として、囁くとクライスが黙り込む。了承したと捉えて、部屋から出る。

 どこかほっとしたクライスの表情に、部屋にいるだけでもつらかったのだと思う。長い螺旋階段を下りると、クライスが息を飲むのがわかる。

 フェールの王とポーリスを動かさなかったのはクリースの指示なのだろう。詳細は後で説明するとして、あまり見せない方がいいと思い足早に通り過ぎようとする。

「ま、待ってください!」

 服を引っ張られて、仕方なく足を止める。やはり父である王のことが気になるのだろうか。

「剣を、剣を抜かないと……」

 一瞬見ただけで、剣がクリースのものだとわかったことに驚く。仲があまり良くないのかと思っていたが、クリースのことをよく見ている。

「本人の希望だ」

「そんな! ダメです、持って帰ります!」

 何とか腕から逃れようとするクライスを、仕方なく下ろす。けれど腕を掴んで、剣のそばには行けないようにする。

「放してください」

 杖を取ろうとしながらも、掴まれた腕を抜こうとしている。

「兄さん、そのままでいい」

「クリース……っ、セラス!」

 かけられた声に振り返ったクライスの表情が、一瞬だけ明るいものに変わる。クライスの中でセラスの存在がどれだけ大きいかが、わかってしまう。

「コール様、急いで出ましょう。捕まえた兵によると、残りの兵がここに向かっているそうなので……」

 クリースの言葉にやはりと思う。王がいる城にしては、紙のような守りだった。

「クライス、行くぞ」

「でも……」

 剣を抜かなければ、みな王を殺したのがクリースだと思うだろう。行方不明になっているのも、王を殺すためだったと。

 実際に犯人はクリースだが、剣さえ抜いてしまえば誰かわからなくなる。

「クライス、クリースが決めたことだ。行こう」

 ずっと掴まれた腕を抜こうとしていたクライスが、セラスの言葉に諦めたように腕を落としていく。長年一緒にいた二人の信頼関係なのだろうが、何とも言えない気持ちになる。

 無言でまたクライスを抱き上げるが、もう抵抗されなかった。

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