フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

淡海のえ

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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

第6章・価値 44 帰還

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 アラガスタまでの帰り道、クライスとの会話はなかった。後から城入りする予定だった兵を避けるために、岩山から北部に回った。

 途中、町などにも一切よらずにアラガスタまで休みなく移動することになった。国境を越えるまで頑張ってくれた馬は、近くの町で休ませることにして別の馬を手配した。

 クライスはずっとセラスと並走して、いままでの話を聞いているようだった。ショックを受けたばかりのクライスが、親しい者と一緒にいることで癒されるならばいいと思った。

 だからこちらから声をかけることも、近寄ることもせず見守ることにした。

「お兄様、どういうことですか!」

 城に帰って早々に、どこからか現れたスリアに怒られる。戻ったらすぐに知らせるように言っていたらしい。

「ネイトに聞いているだろう」

「聞きましたけど、こういうことは直接説明して頂かないと困ります!」

 普段は可愛い妹だが、こうなるとネイトやキースと変わらない。

「わかった、わかった。これからは気をつけよう」

「絶対ですよ!」

 怒った顔をするスリアの後ろに控えていたネイトに頭を下げられる。

「問題なかったか」

「はい、スリア様が問題なく対応されていました」

 約一ヵ月、問題なく政務をこなせたのなら幸先のいいスタートだと言える。ポーリスがいなくなったことで、リンクスを諜者ではなくスリアの従者にさせようかと考える。

 すでにフェールには別の諜者が入り込んでいる。さらに言えば、スリアにも参謀兼相談相手が必要だろう。

 リンクスに打診しようと思ったが、今すぐする必要のあることではない。さすがに少し疲れを感じている。

「スリア、すまないがあと一日代わりを頼む」

「わかりました。客室を用意して、リンクスとキース、兵には休むように伝えておきます」

「さすがスリアだ」

 頭を撫でようとして、手を止める。兵や家臣がいる前でしていい行為ではもうなくなったと感じる。

 すでにスリアは女王としての一歩を踏み出し始めている。

「部屋に戻る」

 塔への最短ルートは、ひどく入り組んだ庭と壁を何度も通り抜ける道だ。最初にクライスが来た時に、ネイトに案内するように言ったのを思い出す。

 自由になったクライスを手放すべきなのだろう。クリースがフェールに自ら帰ることができない状況にしたことによって、王位継承権を与えられたマクスが王になることになる。

 けれど八歳の王は幼過ぎる。きっとクライスはフェールに戻りたいと思っているだろう。

 今なら王になることだって可能なはずだ。クリースとはまた違ったいい王になる。

「……って、待ってくださっ!」

 はっとして振り返った時には、クライスが転んでいた。想像もしていなかった状態に、本気で驚く。

 まさか追って来るとは思っていなかった。さらに自分のペースがわかっているはずのクライスが、ペースを乱して転ぶことなんて有り得ない。

「ぅ……」

 痛そうに小さく息を吐きだしたクライスが、珍しくイライラしたように左の腿を握った手で叩く。思い通りにならない足に、怒りを感じているのがわかる。

「自分を傷つけるな」

 そばによって、自らを叩く左手を握ってやる。そして転がった杖を渡して一歩離れる。

 下からじっと見てくるクライスの意図がわからなくて、困惑する。なぜかクライスが何を思っているのか、全く見えなくなっている。

 手を貸していいのか貸してはいけないのかわからない。普段のクライスなら、手を差し出すと嫌がる。

 だから手を差し出すことは控えるようになった。何とも言えない表情に変わっていくクライスに、戸惑う。

「もう、僕はいりませんか?」

 何を言われたのかわからなかった。

「……もう、僕には何の価値もないですか?」

 下を向いてしまったせいで、どんな顔をして言っているのか見えなくなる。こんなに慌てた気持ちになるのは、王になってからは初めてかもしれない。

「何を言っている」

「価値がないから……話かけてもくれないし、置いて行ったんじゃないんですか?」

 前よりも後ろ向きな考え方をするクライスに胸が痛くなる。見た目にはわからなくても、内面はかなり傷ついているのがわかってしまう。

「違う。あの従者と話したいのかと思っただけだ」

 差し伸べていいかわからなかったが、顔の前に手を差し出す。するとクライスが素直に手を乗せてくる。

 そっと力を込めて立たせてやる。一瞬、ほっとした顔が見えるが、すぐに表情が暗くなってしまう。

「あの、セラスは家族みたいなもので……コール様とは違います」

 はっきり違うと言われて、何とも言えない気持ちになる。

「ならば家族といていい。もうクライスは自由だ」

 最後くらいは喜ぶ顔が見たいと思ったのに、余計につらい顔をさせてしまった。どうすればいいいかわからずに途方に暮れることがあるとは、思ってもみなかった。

「それが答えですか」

「何のことを言っている?」

「僕は……好きだと言いました」

 ふっとあの夜のことを思い出す。目的があって言われた言葉だと思っていた。

 本気で好きだと告げているとは、少しも思っていなかった。けれど何とも納得のいかない気持ちになる。

「その答えならば、手に入れたいと先に言ったはずだ」

「……今でもですか?」

「今でもだ」

「では、僕を帰しませんか?」

「帰さない」

 顔を近づけると、クライスが小さく息を飲むのがわかる。唇が触れるか触れないかの距離で囁く。

「まだ質問するか?」

「い……んぅ」

 聞かなくてもわかる答えを待つ必要はない。唇を付けて舌を入れると、クライスが素直に口を開く。

 滑らかな舌を促すと、おずおずと舌を絡めてくる。ゆっくりと焦らすように、舌を擦りつけるとクライスの体が震えて力が抜ける。

 片手で支えてやりながら、空いた手で前を寛がせて指を滑り込ませると抗議するような声を漏らす。

「ぅん、ん! ……っここは、外です」

 両手で必死に服の下に入った手を抑えてくる姿が愛おしい。

「そうか」

「それに、体を洗いたいです」

 顔を真っ赤にしてダメな理由を口にする姿は、堪らないものがある。

「他には? もっと我儘を言え。全部叶えてやる」

「わがっ……! ままじゃ、ないです。今のは違います」

 正当な意見だとむっとした顔をされると余計に体が熱くなる。

「そうか、ならば余計に叶えなければいけないな」

 さっと抱き上げると、戸惑った表情を見せた後、首に腕を回してくれる。

「……コール様はずるいです」

「そうか」

 思わず笑ってしまうと、恥ずかしそうにクライスが顔を肩に押し付けてくる。自分に価値がないと思っているなら、価値があるとわかるまで愛してやればいい。

 全ての傷を癒すことができなくとも、少しでも多くの傷を癒してやりたい。

「愛している」

 顔を隠すクライスの頭に口付けする。一瞬、体に力が入って抜けるのがわかる。

「僕もです」

 言葉と同時に顔を上げたクライスから、触れるだけの口付けが返ってきた。
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