異世界は音楽と共に

第2話 謎の男

バイオリンの音は、どこか聞き覚えがあった。

伊東奏は立ち止まり、耳を澄ませる。柔らかなメロディは夕暮れの街の喧騒をすり抜け、まるで心の奥深くに直接語りかけてくるようだ。

「これ、あのゲームの…？」

思わず口に出した言葉と共に、小学生の頃に夢中になっていたファンタジーゲームを思い出す。冒険を繰り広げていたあの世界で流れていた、仲間たちと共に進む旅路を象徴するような曲だ。

「どうしてこんな場所で…」

疑問に思いながらも、奏は足を進める。音はどこからともなく、少しずつ近づいているようだった。

やがて、奏は古びた神社の境内に足を踏み入れていた。

「…ここ、懐かしい」

そこは、地元では有名な呪いの神社。神隠しにあう確率が高く、子供達に恐れられている。

中学時代、友達と遊び半分で訪れたことがある場所だった。周囲は手入れが行き届いていない。鳥居の柱は苔むし、境内の木々は過剰に茂って薄暗い。

だが、その雰囲気には何か不思議な魅力があった。

奏は無意識のうちに歩き続け、神社の敷居を跨いだ。瞬間、バイオリンの音がぴたりと止まる。

「…止まった」

周囲の静けさが一層深く感じられ、奏は胸騒ぎを覚えた。何かがおかしい。

ふと足元に目を向けると、何もなかったはずの場所から砂埃が立ち上がる。踏み込んだ瞬間、何かが起こる予感がした。

「やっぱり、帰ろう」

奏は踵を返そうとした。しかし、その瞬間、背後から低い声が響く。

「ねぇ君、魔法って信じるかい？」

奏が振り返ると、そこにはフードを深くかぶった男が立っていた。手には不気味な魔法陣のような紋様が浮かび上がり、薄い光を放っている。男の目が、奏をじっと見据えていた。