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一章『万能屋と死霊術師』編
第一話「万能屋【赤翼】」-3
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足止めをしたとはいえ、まだ逃げ切れたわけではない。もちろん僕だって、少しでも遠くまで逃げた方がいいのはわかってる。
なら、どうして立ち止まったのか。
「……へっ、こりゃあ、どうしたもんか」
僕は思わずそう呟いた。言ったって仕方がないのはわかっていたが、言葉にしなければやりきれなかった。
なんということはない。
僕の進む先にも、追手がいたと、それだけのことだ。
「先回りかい、びっくりしたな、あんたらでもそんな知恵が回るんだな」
憎まれ口。それもこの状況では、虚勢だということは誤魔化しようがなかった。血が冷たくなる感覚。僕の目は努めて冷静に現状を分析する。
後ろの連中と同じ黒ずくめの男たち。ただしこっちは倍ほどの人数がいて、その大柄な体で道を塞いでいる。それはもう、立ち塞がるというよりは、詰まっていると表現するのが正しいくらいに隙間がなかった。
どうする。まだ、目的の場所には相当の距離がある。一か八か、まだあいつらが立ち直っていないことに賭けて、もと来た道を引き返そうかと思案していると、
「チェックメイトだよ、坊ちゃん」その声は人垣の後ろから聞こえた。僕が反応するより早く、人の壁は半分に別れ、道が開いた。声の主は、そこを悠々と歩いてきた。
「ははは、随分とお疲れのようだ。息が切れて、足も震えている。可哀想に、大人しく我々についてくればいいものを」
壮年の男だった。豪奢な刺繍が施されたスータンに身を包み、海草のようにうねった白髪交じりの髪を、鎖骨の辺りまで伸ばしている。右手は顎の辺りをしきりに撫でているが、その薬指と小指が歪な形に欠けていた。
そして、なにより。
その幽鬼のような顔立ちを忘れることはできなかった。
「よう、リトラ神父。あんた、本当にしつこいね。人ん家焼いといて、まだ満足しないのかい」
僕は軽い調子で言った。もちろん、口調ほど穏やかな心境ではない。怒りと焦りは内側からジリジリと炙るように、はらわたに焦げ目をつけている。
リトラ神父は、僕の言葉にその切れ目のような口元を歪めた。笑ったのだろうか。それとも哀れんだのかは定かではなかったが、どうあれ、不快な表情だった。
「しつこい、とはご挨拶だ。ただ我々は、その燃え跡に探し物が残ってないから、君が持っていないか尋ねようとしただけなのだがね」
「は、ふざけろよ。火加減間違えて一緒に焼いちまったんじゃないのか。だとしたらもう灰になっちまってるぜ、諦めな」
「そうだな。それも、君を調べたらわかることだ」
そして、彼は緩慢に左腕を持ち上げると、五指を伸ばして僕を差した。同時、脇に避けていた男たちが、一斉に僕を取り囲む。
「多少手荒にしても構わん。ただ、最低限喋れる状態で確保しろ」
それを合図に、四方から腕が伸びてきた。僕の倍は太いんじゃないかというくらいに筋肉のついたそれは、掴んだくらいでは弾くことができない。大した抵抗もできないまま、たちまちに僕は羽交い絞めにされ、壁に押し付けられた。
もがけど、数人がかりでの拘束は振り払えそうになかった。元々、腕力に自信のある方ではない。こうなってしまえば、もうどうしようもないのだ。
「くそ、畜生、離せよ。お前ら、ただじゃおかないぞ」
言ったところで、離してくれるはずもない。必死に考える。内ポケットの霊符――は量も残り少ないし、何より手が使えなければどうしようもない。大声を出しても、こんな路地裏まで助けに来る奴は居ないだろう。
アテがないことはなかったが、僕はその場所まで辿り着けなかった。だからきっと、それを期待することはできないだろう。
考えろ、無理やりに思考を回しながら、微かに心の中に過ぎる諦め。振り払うように繰り返す。考えろ、考えろ、考えろ――。
それでも何も思いつかない頭が、諦念の海に半ばまで沈んだ、その時だった。
ひらり。一枚の羽が舞い落ちる。
なら、どうして立ち止まったのか。
「……へっ、こりゃあ、どうしたもんか」
僕は思わずそう呟いた。言ったって仕方がないのはわかっていたが、言葉にしなければやりきれなかった。
なんということはない。
僕の進む先にも、追手がいたと、それだけのことだ。
「先回りかい、びっくりしたな、あんたらでもそんな知恵が回るんだな」
憎まれ口。それもこの状況では、虚勢だということは誤魔化しようがなかった。血が冷たくなる感覚。僕の目は努めて冷静に現状を分析する。
後ろの連中と同じ黒ずくめの男たち。ただしこっちは倍ほどの人数がいて、その大柄な体で道を塞いでいる。それはもう、立ち塞がるというよりは、詰まっていると表現するのが正しいくらいに隙間がなかった。
どうする。まだ、目的の場所には相当の距離がある。一か八か、まだあいつらが立ち直っていないことに賭けて、もと来た道を引き返そうかと思案していると、
「チェックメイトだよ、坊ちゃん」その声は人垣の後ろから聞こえた。僕が反応するより早く、人の壁は半分に別れ、道が開いた。声の主は、そこを悠々と歩いてきた。
「ははは、随分とお疲れのようだ。息が切れて、足も震えている。可哀想に、大人しく我々についてくればいいものを」
壮年の男だった。豪奢な刺繍が施されたスータンに身を包み、海草のようにうねった白髪交じりの髪を、鎖骨の辺りまで伸ばしている。右手は顎の辺りをしきりに撫でているが、その薬指と小指が歪な形に欠けていた。
そして、なにより。
その幽鬼のような顔立ちを忘れることはできなかった。
「よう、リトラ神父。あんた、本当にしつこいね。人ん家焼いといて、まだ満足しないのかい」
僕は軽い調子で言った。もちろん、口調ほど穏やかな心境ではない。怒りと焦りは内側からジリジリと炙るように、はらわたに焦げ目をつけている。
リトラ神父は、僕の言葉にその切れ目のような口元を歪めた。笑ったのだろうか。それとも哀れんだのかは定かではなかったが、どうあれ、不快な表情だった。
「しつこい、とはご挨拶だ。ただ我々は、その燃え跡に探し物が残ってないから、君が持っていないか尋ねようとしただけなのだがね」
「は、ふざけろよ。火加減間違えて一緒に焼いちまったんじゃないのか。だとしたらもう灰になっちまってるぜ、諦めな」
「そうだな。それも、君を調べたらわかることだ」
そして、彼は緩慢に左腕を持ち上げると、五指を伸ばして僕を差した。同時、脇に避けていた男たちが、一斉に僕を取り囲む。
「多少手荒にしても構わん。ただ、最低限喋れる状態で確保しろ」
それを合図に、四方から腕が伸びてきた。僕の倍は太いんじゃないかというくらいに筋肉のついたそれは、掴んだくらいでは弾くことができない。大した抵抗もできないまま、たちまちに僕は羽交い絞めにされ、壁に押し付けられた。
もがけど、数人がかりでの拘束は振り払えそうになかった。元々、腕力に自信のある方ではない。こうなってしまえば、もうどうしようもないのだ。
「くそ、畜生、離せよ。お前ら、ただじゃおかないぞ」
言ったところで、離してくれるはずもない。必死に考える。内ポケットの霊符――は量も残り少ないし、何より手が使えなければどうしようもない。大声を出しても、こんな路地裏まで助けに来る奴は居ないだろう。
アテがないことはなかったが、僕はその場所まで辿り着けなかった。だからきっと、それを期待することはできないだろう。
考えろ、無理やりに思考を回しながら、微かに心の中に過ぎる諦め。振り払うように繰り返す。考えろ、考えろ、考えろ――。
それでも何も思いつかない頭が、諦念の海に半ばまで沈んだ、その時だった。
ひらり。一枚の羽が舞い落ちる。
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