6 / 161
一章『万能屋と死霊術師』編
第一話「万能屋【赤翼】」-5
しおりを挟む
動揺を表に出さないようにしながら、それでも、僕は驚愕していた。
先ほど、鬼神の如き活躍で大の男二人を薙ぎ倒したのが、こんなに小さな女の子だってのか――?
リトラ神父は僕と翼の持ち主を交互に見つめて、納得したように頷いた。そして肩を震わせて不愉快な哄笑を上げた。
「はっはっはっは! やるじゃないか、ジェイ君。まさかここに来て、こんな切り札を用意しているとはね。護衛くらいは雇っていてもおかしくないとは思っていたが、その翼! 深紅の髪! もしかして【赤翼】か! これは恐れ入ったよ」
「そうかい、僕はあんたがそんな風に笑えることのが驚きだぜ。その根暗なツラじゃ、笑ったっておぞましいだけだけどな」
僕の言葉に神父はほんの少しだけ眉を動かしたが、それだけだった。ただニヤニヤと不気味に笑いながら、僕らを見据えている。
「……口が減らないなあ、君は。まあいい。じきにそんな口も利いていられなくなるさ」
彼がそう言うと同時、強く引かれる感覚。見ればローブの端から伸びた手が僕の腕を掴んでいた。突然のことで、僕はバランスを崩して大きく傾いた。
そして、破裂音。真横のほんの数センチを、何かが掠める。銃弾だ。手を引かれなかったらと想像して、背中に冷たいものが流れる。さっき転ばせた奴らが追いついてきたのか、と、考えたのも束の間。今度はリトラ神父の背後から、迫ってくる沢山の影が見えた。
増援。それも、十人や二十人じゃない。上下真っ黒な男たちが、軽く数えても数ダース分は集まってきていた。
「……流石に分が悪いか」傾いだ僕を両手で抱えるように支えながら、ローブのそいつは小さく呟いた。「ちょっと我慢してね」
ブオン。それは翼を大きく開く音だった。辺りに吹き荒れる風。それに乗せて放たれた、何本もの羽根の矢。それでも流石にこの人数差は厳しいんじゃないか、なんて思って。
「……行くわよ」
思考は浮遊感にかき消された。
「う、うおおおおおおおお?」
急激に、耳のあたりを風が通り過ぎていった。脇に回された手が、深く食い込む。全身にかかった強烈な重力が、思わず吐き気を誘う。ぐえっ、と。喉から汚い音が漏れて、視界が一瞬ブラックアウトした。
それはチカチカと明滅を繰り返しながら、徐々にクリアになっていく。
空。
開けた視界に真っ先に飛び込んできたのは、【夕暮れの町】の雲ひとつないオレンジ色の空だった。遠くに見える太陽も、町で一番高い時計塔も、何もかもが遮るものなく、ハッキリと見えた。
飛んだのだ、と気づくまでに数瞬。その頃にはもう、僕らは周りの建物より高く舞い上がっていた。驚きが七割。安堵が三割くらいの比率で、僕は一つ息を吐いた。
「悪いわね、急に飛んだりなんかして。大丈夫だった?」
頭の上から声が降ってくる。体が密着しているこの距離まで来て、ようやくその顔がはっきりと見えた。やはりというか、見間違いではない。美少女と言って差し支えない程度には整った目鼻立ちをしている。目の色は燃えるような真っ赤で、風にたなびく髪も同じ色に染まっていた。
まさかというか、やはりというか。僕は複雑な胸のうちをとりあえず押し込めて、一先ず言っておくことにした。
「いや、ありがとう。助かったよ。もう駄目かと思ったんだ、よくあそこがわかったな」
「時間になっても指定の場所に来なかったから、何かあったんじゃないかと思って上から探してたのよ。まさかあんなギリギリの状態だなんて思いもしなかったけど」
僕は曖昧に笑って、頭を掻いた。本当にギリギリだった。もし彼女が現れるのがもう少し遅ければ、僕は連れ去られてしまっていただろう。
それよりも僕には確認しておかなければならないことがあった。彼女は今、『指定の場所』と言った。それが何を意味するのか、僕にだってわからないわけではない。
「……ってことはやっぱり、君が『そう』なのか?」
僕は問うた。具体的な言葉は要らない。もし僕が思ったとおりであるならば、それだけで通じるはずだ。
もしそうであるならば。彼女は、あの逃走劇の――。
「……『そう』よ」力強く頷いて、そのまま首を大きく振った。
小さな頭からフードが外れて、ふわり。ほどけた紐はどこかに消えていって、風に溶けるように真っ赤な髪が広がった。
それはまるで絹糸のようにサラサラと滑らかで、恐らく垂らせば足元まで届くほどの長さだろう。ともかく、燃え上がるように溢れ出たそれは、滑らかに宙を撫で、空に流れた。
追いやったはずの『まさか』が、再び胸を満たした。それもそうだろう、誰が信じるというのだ。こんな小さな女の子が、まさか。
「私が万能屋【赤翼】、リタ・ランプシェード。こうして話すのは初めてね、スペクターさん」
あの逃走劇の終着点、世界最高の万能屋【赤翼】だなんて。
先ほど、鬼神の如き活躍で大の男二人を薙ぎ倒したのが、こんなに小さな女の子だってのか――?
リトラ神父は僕と翼の持ち主を交互に見つめて、納得したように頷いた。そして肩を震わせて不愉快な哄笑を上げた。
「はっはっはっは! やるじゃないか、ジェイ君。まさかここに来て、こんな切り札を用意しているとはね。護衛くらいは雇っていてもおかしくないとは思っていたが、その翼! 深紅の髪! もしかして【赤翼】か! これは恐れ入ったよ」
「そうかい、僕はあんたがそんな風に笑えることのが驚きだぜ。その根暗なツラじゃ、笑ったっておぞましいだけだけどな」
僕の言葉に神父はほんの少しだけ眉を動かしたが、それだけだった。ただニヤニヤと不気味に笑いながら、僕らを見据えている。
「……口が減らないなあ、君は。まあいい。じきにそんな口も利いていられなくなるさ」
彼がそう言うと同時、強く引かれる感覚。見ればローブの端から伸びた手が僕の腕を掴んでいた。突然のことで、僕はバランスを崩して大きく傾いた。
そして、破裂音。真横のほんの数センチを、何かが掠める。銃弾だ。手を引かれなかったらと想像して、背中に冷たいものが流れる。さっき転ばせた奴らが追いついてきたのか、と、考えたのも束の間。今度はリトラ神父の背後から、迫ってくる沢山の影が見えた。
増援。それも、十人や二十人じゃない。上下真っ黒な男たちが、軽く数えても数ダース分は集まってきていた。
「……流石に分が悪いか」傾いだ僕を両手で抱えるように支えながら、ローブのそいつは小さく呟いた。「ちょっと我慢してね」
ブオン。それは翼を大きく開く音だった。辺りに吹き荒れる風。それに乗せて放たれた、何本もの羽根の矢。それでも流石にこの人数差は厳しいんじゃないか、なんて思って。
「……行くわよ」
思考は浮遊感にかき消された。
「う、うおおおおおおおお?」
急激に、耳のあたりを風が通り過ぎていった。脇に回された手が、深く食い込む。全身にかかった強烈な重力が、思わず吐き気を誘う。ぐえっ、と。喉から汚い音が漏れて、視界が一瞬ブラックアウトした。
それはチカチカと明滅を繰り返しながら、徐々にクリアになっていく。
空。
開けた視界に真っ先に飛び込んできたのは、【夕暮れの町】の雲ひとつないオレンジ色の空だった。遠くに見える太陽も、町で一番高い時計塔も、何もかもが遮るものなく、ハッキリと見えた。
飛んだのだ、と気づくまでに数瞬。その頃にはもう、僕らは周りの建物より高く舞い上がっていた。驚きが七割。安堵が三割くらいの比率で、僕は一つ息を吐いた。
「悪いわね、急に飛んだりなんかして。大丈夫だった?」
頭の上から声が降ってくる。体が密着しているこの距離まで来て、ようやくその顔がはっきりと見えた。やはりというか、見間違いではない。美少女と言って差し支えない程度には整った目鼻立ちをしている。目の色は燃えるような真っ赤で、風にたなびく髪も同じ色に染まっていた。
まさかというか、やはりというか。僕は複雑な胸のうちをとりあえず押し込めて、一先ず言っておくことにした。
「いや、ありがとう。助かったよ。もう駄目かと思ったんだ、よくあそこがわかったな」
「時間になっても指定の場所に来なかったから、何かあったんじゃないかと思って上から探してたのよ。まさかあんなギリギリの状態だなんて思いもしなかったけど」
僕は曖昧に笑って、頭を掻いた。本当にギリギリだった。もし彼女が現れるのがもう少し遅ければ、僕は連れ去られてしまっていただろう。
それよりも僕には確認しておかなければならないことがあった。彼女は今、『指定の場所』と言った。それが何を意味するのか、僕にだってわからないわけではない。
「……ってことはやっぱり、君が『そう』なのか?」
僕は問うた。具体的な言葉は要らない。もし僕が思ったとおりであるならば、それだけで通じるはずだ。
もしそうであるならば。彼女は、あの逃走劇の――。
「……『そう』よ」力強く頷いて、そのまま首を大きく振った。
小さな頭からフードが外れて、ふわり。ほどけた紐はどこかに消えていって、風に溶けるように真っ赤な髪が広がった。
それはまるで絹糸のようにサラサラと滑らかで、恐らく垂らせば足元まで届くほどの長さだろう。ともかく、燃え上がるように溢れ出たそれは、滑らかに宙を撫で、空に流れた。
追いやったはずの『まさか』が、再び胸を満たした。それもそうだろう、誰が信じるというのだ。こんな小さな女の子が、まさか。
「私が万能屋【赤翼】、リタ・ランプシェード。こうして話すのは初めてね、スペクターさん」
あの逃走劇の終着点、世界最高の万能屋【赤翼】だなんて。
1
あなたにおすすめの小説
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる