赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

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三章『竜の慟哭と壁の町』編

第十一話「壁の街」-2

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 問答無用、といった調子で進む彼に、僕は戸惑いを隠せなかった。
 現状、と言われてもピンと来ない。見る限り、【壁の街】は賑やかな城塞都市であり、特に変わった様子は見受けられない。

 僕の動揺が伝わったのか、横合いでリタが溜息を吐いた。


「馬鹿ね、本当にこの街が平和なのだとしたら、【赤翼】が呼ばれるわけないじゃない。ラティーンが手に負えないような事態が起こるから、呼ばれたのよ」

「そう言われてもな、ほら、街は平和だぜ。確かに僕らはここに来る途中、魔物に襲われたけど、あいつらもドラコにビビって逃げていって、ここでは人が襲われる様子なんて……」


 そこで、リタが頭を振った。それに合わせて真っ赤な髪が、左右に揺れる。


「違うわよ、問題があるのは街の外。どうして、この街に強固な防壁が必要だったと思う?」

「いや、それは列車の中でも聞いたけどさ、でも実際、そんなに魔物たちはいなかっただろ?」


 僕らはドラコの背に乗って、街を訪れた。その際に外観は目にしているのだ。 
 確かに、防壁に縋り付くようにして魔物が這い寄って来ていたが、それも大した数ではなかった。

 防壁に備え付けられた迫撃砲が火を吹けば、すぐにそれらは退けられる程度だ。

「ガハハ、そうだな。さっきは『方角』を避けて飛んできたからよ、まあ、見てみりゃわかるだろ」

 『方角』? と首を傾げる僕を尻目に、彼は石段に足をかけた。どうやら、高台に登るようだ。
 素直についていけば、防壁の向こうまでが見渡せる眺望が、僕たちを迎えてくれた。

「――っ!?」

 そして、そこに立ち入ると同時。
 僕は、言葉を失った。


 ――地を埋め尽くす、無数の魔物たち。


 まるで、砂糖菓子にむらがる蟻のように、無数の魔物が、街に向かって押し寄せていた。一面に広がるその群れが、まるで黒い絨毯じゅうたんのように、地面を覆っている。

 千や二千では効かない。数える気も起きないほどの大軍勢が、ひたすらに防壁を叩き続けている。
 壁の上では絶え間なく砲火が上がり、その度に、水面を叩くようにして魔物たちが吹き飛ばされる。しかし、そうして空いた穴も、すぐに次の手勢によって埋められていく。

「……これが、今の街の状況だ」

 一本踏み出したラティーンは、腕を組み、先程までとは違う、真剣そうな面持ちで口にした。


「元々の『呪い』の効果に加え、今年はが目覚める当たり年だ、『方角』から、無尽蔵に連中が湧いてきやがる」

「……さっきも気になったんだが、『方角』ってのは、なんなんだ?」

「十二年前、俺たちと【赤翼】が、魔物の親玉を封じた場所、そっちの方から、魔物は湧いてきてやがるんだ。ここ一ヶ月で数を増やし、今じゃ、食い止めるのが精一杯だ」


 魔物の親玉。
 【赤翼】――リタの実力をもってしても、二千人もの被害者を出した、諸悪の根源。

 なるほど、そいつを倒すのが、今回の依頼ってことか――。

「――って、できるわけないだろ、そんなの!」

 僕は思わず声を張った。いくらリタが強かったとしても、あの数の魔物を向こうに回すのは無茶だ。
 そして、彼女が無茶をするということは、僕がそれに巻き込まれるということでもある。イコールで死を意味するその蛮行を、見過ごすわけにはいかない。


「なあ、リタ、止めとこうぜ。止めたほうがいい、今回ばかりはしっかりと止めとくぜ、いつもの無茶とはわけが違う、今回ばっかは本当に死んじまうって、なあ!」

「うるさいわね、そんなに取り乱さなくても、ちゃんと作戦はあるわよ。あんなべらぼうな数の化け物と、真っ向からやり合うわけないでしょ」


 僕は頭を抱えた。作戦? どんな作戦があれば、この数の差をひっくり返せるというのだ。

 リタが勝手に死ぬのは、まあ百歩譲って許せる。しかし、その後の僕の身の安全はどうなるというのだ。いっそのこと、【壁の街】に潜伏するのも悪くない。これほど賑わった街ならば、追手に見つかる可能性も低いだろう――。

「――何言ってんだ、お前ら?」

 ぐるぐると回る思考を、ラティーンの声が縫い留めた。彼は、本当に僕らが何を言っているのかわからないという様子で、ぽかんと僕らを見つめている。

 そして、一心拍の後、彼のグリーンの瞳が僕たちを映す。さも当然とでも言うように、事もなげに、彼は口を開いた。


「やるのは【赤翼】だろうが、お前らがそんなに心配したってどうにもなんねえよ。なあ、リタ、あいつは――」

「――ラティーン」


 聞いたこともないほどの冷たい声が響く。リタは、たったそれだけで彼の言葉を両断した。


「……【赤翼】は、私よ。他の誰でもない、この仕事は、私がやらなきゃいけないものなの」

「そりゃあ、おめえ……」


 ラティーンは何かを言いたげに、視線を彷徨わせた。しかし、すぐに何かを察したように深く頷くと、額に手を当て、息を吐く。

「……なるほどな、十二年か。そんだけの時間が、経ったってことだわな」

 彼はそうとだけ残して、再び歩き出した。妙に納得したような口ぶりが気にかかったが、それ以上を語るつもりは、彼にも無いようだった。

「おら、お前ら、もうちょいだ。すぐそこが、俺ん家だからよ、ちっと腰を落ち着かせて、話そうや――」

 再び、僕らは彼の後に続く。
 彼の家に着くまでの、ほんの十分ほど。筆舌に尽くしがたい沈黙が、その場を満たしているのだった。

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