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三章『竜の慟哭と壁の町』編
第十一話「壁の街」-3
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ラティーンの家は、【壁の街】の大通りを少し外れた所にあった。
大陸初の竜騎士ということで、さぞかし立派な家に住んでいるのかと思いきや、僕たちの眼の前に現れたのは、なんということはない、古びたアパルトメントにも見えるような、こじんまりとした建物だった。
煤けた扉を開け放つと同時に、玄関先の砂埃が、微かに舞い上がり、僕はほんの少しだけ、目を細めた。
「おし、着いたぜお前ら。遠慮せずに入りな」
先を行くラティーンと、その後を無言でついていくリタに、置いていかれぬように玄関をくぐる。
現れたダイニングは、外観からは想像もできぬほどに片付いていた。年季こそ入っているだろうが、家のあちこちが、丁寧に手入れされているような印象を受ける。
彼はすぐ手近な椅子を引くと、そこにドカッと腰を下ろした。そして、被っていた兜を脱ぐ。
露わになった素顔は、声から想像がつくような偉丈夫のものだった。彫りが深く見えるものの、低く潰れた鼻。口元の髭はところどころに白い毛が混じり、顔を右上から斜めに走る古傷が、豪快な笑みを二つに分割しているかのようだ。
「ガハハ、お前らも座れ。ボロいところで悪いな、ドラコの世話に、とにかく金がかかるもんでよ!」
「……お邪魔するわ」
先程から、機嫌を損ねているリタは、手近な椅子に腰掛ける。僕も、その隣に座りながら、ひとまず、彼女の表情に目をやった。
機嫌が悪い、のはそうなのだろう。
しかし、それは普段の癇癪とはどこか違うものに思えた。例えば、隠し事が露見してバツが悪そうにしている子供の表情なんかが、似たものに思える。
けれど、ここでそれを追及したとしても、彼女を追い詰めるだけだ。僕は静観を決め込むことにした。
――と、僕らが腰掛けると同時に、ダイニングの奥にある扉が開いた。そして、そこから、一人の少女が顔を出す。
歳の頃は、僕よりもいくらか下になるだろうか。金色の髪を左右で簡単に縛った、エプロンドレスの少女。整った目鼻立ちではあるが、どこか、作り物のように、その表情は乏しく見えた。
「おかえりなさい、旦那様。お客人?」
少女は僕たちを見回し、抑揚の無い声で問いかけると、ラティーンに向かって、こてんと首を傾げた。
「おう、そうだ。茶あ淹れてくれるかい。俺の分も忘れずにな」
少女はこくりと頷くと、てきぱきと準備を始めた。若年に見えるが、その手つきは相当に慣れたもののように思えた。
「へえ、あれ、もしかして、マキナ? ずいぶん大きくなったのね」
リタは少女の背中に目を向けつつ、興味深げに問いかける。
「ふん、そりゃあ、最後に会ってから何年も経ってるからな。もっとも、お前さんは……大してデカくはなってねえみてえだが」
「さっきは大きくなったって言ってたじゃない!」
がるる……と唸る彼女を制するように、コトリと、眼の前にティーカップが置かれた。
マキナ、と呼ばれた少女は続けて僕とラティーンの前にもカップを置くと、そのまま洗練された様子で一礼した。
「どうも、リタ様、お久しぶり。お連れ様は、はじめましてになりますね」
「あ、ああ、どうも……」僕は反応に困り、濁すように返した。
「私、家事手伝いのマキナ。何か御用がございましたら、遠慮なく申し付けくださいませ」
「そんなに、畏まらなくていいわよ。昔は一緒に遊んだじゃない……」
リタの声は、どこか寂しそうだった。しかし、彼女の言葉に反応することなく、マキナはゆっくりと顔を上げた。
「おう、マキナ。俺とリタたちはちっとばかし仕事の話をするんでな。しばらく外してくれるか」
「わかりました。それでは、夕飯の買い物に行ってきましょう。お二人とも、食べられないものは?」
「大丈夫よ。私たちに遠慮しないで頂戴」
そうですか、と一言を残して、彼女は玄関の戸口から出ていく。
それを見届けてから、ラティーンが口を開いた。
「……あの子は、十二年前に親を亡くしてるのさ。十二年前、魔物の親玉に俺と【赤翼】が挑んだあの日にな」
十二年前。
そういえば、二千人以上が死んだと言っていたか。つまり、彼女の親はそこで犠牲になったということなのだろう。
話す彼の表情も、どこか浮かない。しんみりとした声色は、過去を思い出しているのだろうか。
「マキナの話は、後でもいいわ、それよりも仕事の話をしましょう」
そんな話の流れを断ち切るように、リタが声を張る。
「……おう、そうだな。そっちの話を、するとするか」
ラティーンはそこで、茶を一口だけ飲んだ。
ここから先の話をするために、喉を湿らせたのだろう。そうして、一拍の間を置いてから、彼は話し始める。
「さっきも言ったがよ、俺からの依頼は、魔物の親玉を倒すのを手伝ってほしいってことだ。俺一人じゃ、骨が折れるもんでな」
「魔物の親玉……さっきから思ってたんだが、それってどんな魔物なんだ?」
僕は思わず問いかけてしまった。
竜種に跨る彼が、そして、十二年前の【赤翼】が倒しきれないほどの怪物とは、一体どんなものなのだろうか?
大陸初の竜騎士ということで、さぞかし立派な家に住んでいるのかと思いきや、僕たちの眼の前に現れたのは、なんということはない、古びたアパルトメントにも見えるような、こじんまりとした建物だった。
煤けた扉を開け放つと同時に、玄関先の砂埃が、微かに舞い上がり、僕はほんの少しだけ、目を細めた。
「おし、着いたぜお前ら。遠慮せずに入りな」
先を行くラティーンと、その後を無言でついていくリタに、置いていかれぬように玄関をくぐる。
現れたダイニングは、外観からは想像もできぬほどに片付いていた。年季こそ入っているだろうが、家のあちこちが、丁寧に手入れされているような印象を受ける。
彼はすぐ手近な椅子を引くと、そこにドカッと腰を下ろした。そして、被っていた兜を脱ぐ。
露わになった素顔は、声から想像がつくような偉丈夫のものだった。彫りが深く見えるものの、低く潰れた鼻。口元の髭はところどころに白い毛が混じり、顔を右上から斜めに走る古傷が、豪快な笑みを二つに分割しているかのようだ。
「ガハハ、お前らも座れ。ボロいところで悪いな、ドラコの世話に、とにかく金がかかるもんでよ!」
「……お邪魔するわ」
先程から、機嫌を損ねているリタは、手近な椅子に腰掛ける。僕も、その隣に座りながら、ひとまず、彼女の表情に目をやった。
機嫌が悪い、のはそうなのだろう。
しかし、それは普段の癇癪とはどこか違うものに思えた。例えば、隠し事が露見してバツが悪そうにしている子供の表情なんかが、似たものに思える。
けれど、ここでそれを追及したとしても、彼女を追い詰めるだけだ。僕は静観を決め込むことにした。
――と、僕らが腰掛けると同時に、ダイニングの奥にある扉が開いた。そして、そこから、一人の少女が顔を出す。
歳の頃は、僕よりもいくらか下になるだろうか。金色の髪を左右で簡単に縛った、エプロンドレスの少女。整った目鼻立ちではあるが、どこか、作り物のように、その表情は乏しく見えた。
「おかえりなさい、旦那様。お客人?」
少女は僕たちを見回し、抑揚の無い声で問いかけると、ラティーンに向かって、こてんと首を傾げた。
「おう、そうだ。茶あ淹れてくれるかい。俺の分も忘れずにな」
少女はこくりと頷くと、てきぱきと準備を始めた。若年に見えるが、その手つきは相当に慣れたもののように思えた。
「へえ、あれ、もしかして、マキナ? ずいぶん大きくなったのね」
リタは少女の背中に目を向けつつ、興味深げに問いかける。
「ふん、そりゃあ、最後に会ってから何年も経ってるからな。もっとも、お前さんは……大してデカくはなってねえみてえだが」
「さっきは大きくなったって言ってたじゃない!」
がるる……と唸る彼女を制するように、コトリと、眼の前にティーカップが置かれた。
マキナ、と呼ばれた少女は続けて僕とラティーンの前にもカップを置くと、そのまま洗練された様子で一礼した。
「どうも、リタ様、お久しぶり。お連れ様は、はじめましてになりますね」
「あ、ああ、どうも……」僕は反応に困り、濁すように返した。
「私、家事手伝いのマキナ。何か御用がございましたら、遠慮なく申し付けくださいませ」
「そんなに、畏まらなくていいわよ。昔は一緒に遊んだじゃない……」
リタの声は、どこか寂しそうだった。しかし、彼女の言葉に反応することなく、マキナはゆっくりと顔を上げた。
「おう、マキナ。俺とリタたちはちっとばかし仕事の話をするんでな。しばらく外してくれるか」
「わかりました。それでは、夕飯の買い物に行ってきましょう。お二人とも、食べられないものは?」
「大丈夫よ。私たちに遠慮しないで頂戴」
そうですか、と一言を残して、彼女は玄関の戸口から出ていく。
それを見届けてから、ラティーンが口を開いた。
「……あの子は、十二年前に親を亡くしてるのさ。十二年前、魔物の親玉に俺と【赤翼】が挑んだあの日にな」
十二年前。
そういえば、二千人以上が死んだと言っていたか。つまり、彼女の親はそこで犠牲になったということなのだろう。
話す彼の表情も、どこか浮かない。しんみりとした声色は、過去を思い出しているのだろうか。
「マキナの話は、後でもいいわ、それよりも仕事の話をしましょう」
そんな話の流れを断ち切るように、リタが声を張る。
「……おう、そうだな。そっちの話を、するとするか」
ラティーンはそこで、茶を一口だけ飲んだ。
ここから先の話をするために、喉を湿らせたのだろう。そうして、一拍の間を置いてから、彼は話し始める。
「さっきも言ったがよ、俺からの依頼は、魔物の親玉を倒すのを手伝ってほしいってことだ。俺一人じゃ、骨が折れるもんでな」
「魔物の親玉……さっきから思ってたんだが、それってどんな魔物なんだ?」
僕は思わず問いかけてしまった。
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