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三章『竜の慟哭と壁の町』編
第十五話「生者の行進」-2
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「――リタっ!」思わず、一歩足が前に出る。
僕の悲壮な声とは裏腹に、彼女は軽やかに身を翻すと、岩壁を蹴って地面に着地した。
「大丈夫っ、だけど……。流石に、馬力が足りないわね」
頬を伝う汗を拭いつつ、リタは独り言ちる。馬力不足、それは端から見ている僕にも明白だった。
リタの戦闘スタイルは、その小柄さと身軽さを活かした俊敏さ頼みのもの。相手が有翼人や人間であれば、翼を用いた攻撃や、急所を狙うことにより、体格の不利を消すことができるのだろう。
しかし、今回の相手は自身の何倍もの巨体だ。空中で旋回した勢いで翼の威力を上げようと、助走をつけて速度を重さに変えようと、最後は純然たる筋力の差で弾かれてしまう。
つまるところ――決定打に欠けるのだ。
対して、屍竜の攻撃は、恐らく全てがリタを一撃で屠るに足るだけの破壊力を持っている。
このままでは、ジリ貧になってしまう……どころか、いずれ捕まり、打ち砕かれてしまうのが目に見えていた。
「なあ、リタ。もう無理だ、逃げようぜ!」
僕は声を張る。ここで彼女に死なれるわけにはいかない。すぐそこにまで脅威が迫っている可能性があるというのに、庇護を失ってしまうのはかなりマズい。
【赤翼】の誇りというのはわかる。しかし、無理なものは無理だ。死霊術師の僕が言うのもなんだが、命あっての物種なのだから――。
「……」しかし、リタはそれに答えようとしなかった。
ただ、相手との間合いに視線を集中させ、やがて目を、手元の羽剣に落とす。
彼女が何を見据えているのか、彼女の目に何が見えているのか、僕にはわからなかった。
一つだけ確かなことは、僕の言葉が届いていないことだろうか。最強の万能屋の頭の中には、最強足るだけの方程式が組み上がっているというのなら、それで問題は無い。
だが、もし、その式に歪みがあるとするのなら――。
「――『鉄の翼』っ……!」
静かに呟くと同時、再び、純白の翼が黒鉄色に染まっていく。幾度となく敵を打ち砕いてきた鋼鉄の翼が、今はやけに頼りない。
再び、いや、もう何度目だろうか。リタが飛翔する。今までよりも高く。屍竜のさらに上を取るような位置まで。
微かに射し込む陽光を背にしながら、彼女はさらに、もう一節。
「術式詠唱略っ! 『鉄の翼――巨翼』!」
魔力が空気を震わせる。彼女の背から這い上ってきた紋章は頬までを覆い、不気味に青白く輝いていた。
それに呼応するように、黒鉄の翼が巨大化した。それこそ、竜種の翼と遜色無いほどに。凄まじいほどの加速度と破壊力を持って、翼は屍竜に突き刺さる――。
――しかし、その刹那。竜の喉が不気味に膨らんだ。かと思えば一拍すら明けずに、紫色の息吹がその口元より放たれる。
巨大な翼はその息吹に押され、しばらく空中で動きを止めた後に、ドロリと融解した。何らかの毒性を持っていたのか、それとも単純な高熱か。
「あいつ、こんなもんまで……!」
歯噛みする僕を他所に、リタは翼を切り離す。そして、まるで燕のように体の向きを変えると、新たに生やした翼で屍竜の喉元に向かって加速した。
腐肉が流れ出す鱗に羽剣を突き立てる。だが、案の定というべきか、刃はすぐ横合いに跳ね返された。
それでも、リタは臆さない。退かない。弾かれた勢いのまま僅かに岩壁を削ると、さらに加速して屍竜に斬りかかる。
その剣も弾かれ、また岩壁に擦れ、再び突貫する――その繰り返しだ。
目にも留まらぬ速度と手数は大したものだが、竜の鱗を前に、傷一つすら与えられていない。撹乱程度の効果はあるだろうが、その程度だ。
むしろ、過ぎたスピードのせいか、攻撃の度に壁を掠めているリタ自身のほうが傷を増やしているような気がする。
鋭い連撃、とはいえ、これではヤケクソもいいところだ。あれだけの激しい動きが、いつまでも持つはずがない。やがては終わりが訪れる。
振るわれた屍竜の爪が、彼女の体を僅かに掠めた。
「――ッ!」リタが苦悶の呻きを上げる。
疲労のせいか、ほんの少し速度が低下したところを狙われた。掠めただけとはいえ無事では済まず、彼女の軌道は大きく変わり、地面に激突してしまった。
「……おいおい、言わんこっちゃないぞ!」
僕は思わず、駆け寄ろうとした。そうして何ができるわけでもなかったが、反射的に足が前に出たのだ。
そしてそれは、土煙の中から突き出された、リタの小さな右掌に食い止められる。
「……心配いらないわ。あんた、まさか私が負けると思ってるの?」
強がるようにしてそう口にした彼女の額から、一筋、血液の筋が流れ落ちてくるのが見えた。
体勢も、どうにか立て直せたのか体を起こせてはいるが、しゃがんだまま立ち上がれていない。自慢の翼も、今や力無く地面に伏せている。
リタが負ける。
そんなところは、想像したこともなかったが――。
僕の悲壮な声とは裏腹に、彼女は軽やかに身を翻すと、岩壁を蹴って地面に着地した。
「大丈夫っ、だけど……。流石に、馬力が足りないわね」
頬を伝う汗を拭いつつ、リタは独り言ちる。馬力不足、それは端から見ている僕にも明白だった。
リタの戦闘スタイルは、その小柄さと身軽さを活かした俊敏さ頼みのもの。相手が有翼人や人間であれば、翼を用いた攻撃や、急所を狙うことにより、体格の不利を消すことができるのだろう。
しかし、今回の相手は自身の何倍もの巨体だ。空中で旋回した勢いで翼の威力を上げようと、助走をつけて速度を重さに変えようと、最後は純然たる筋力の差で弾かれてしまう。
つまるところ――決定打に欠けるのだ。
対して、屍竜の攻撃は、恐らく全てがリタを一撃で屠るに足るだけの破壊力を持っている。
このままでは、ジリ貧になってしまう……どころか、いずれ捕まり、打ち砕かれてしまうのが目に見えていた。
「なあ、リタ。もう無理だ、逃げようぜ!」
僕は声を張る。ここで彼女に死なれるわけにはいかない。すぐそこにまで脅威が迫っている可能性があるというのに、庇護を失ってしまうのはかなりマズい。
【赤翼】の誇りというのはわかる。しかし、無理なものは無理だ。死霊術師の僕が言うのもなんだが、命あっての物種なのだから――。
「……」しかし、リタはそれに答えようとしなかった。
ただ、相手との間合いに視線を集中させ、やがて目を、手元の羽剣に落とす。
彼女が何を見据えているのか、彼女の目に何が見えているのか、僕にはわからなかった。
一つだけ確かなことは、僕の言葉が届いていないことだろうか。最強の万能屋の頭の中には、最強足るだけの方程式が組み上がっているというのなら、それで問題は無い。
だが、もし、その式に歪みがあるとするのなら――。
「――『鉄の翼』っ……!」
静かに呟くと同時、再び、純白の翼が黒鉄色に染まっていく。幾度となく敵を打ち砕いてきた鋼鉄の翼が、今はやけに頼りない。
再び、いや、もう何度目だろうか。リタが飛翔する。今までよりも高く。屍竜のさらに上を取るような位置まで。
微かに射し込む陽光を背にしながら、彼女はさらに、もう一節。
「術式詠唱略っ! 『鉄の翼――巨翼』!」
魔力が空気を震わせる。彼女の背から這い上ってきた紋章は頬までを覆い、不気味に青白く輝いていた。
それに呼応するように、黒鉄の翼が巨大化した。それこそ、竜種の翼と遜色無いほどに。凄まじいほどの加速度と破壊力を持って、翼は屍竜に突き刺さる――。
――しかし、その刹那。竜の喉が不気味に膨らんだ。かと思えば一拍すら明けずに、紫色の息吹がその口元より放たれる。
巨大な翼はその息吹に押され、しばらく空中で動きを止めた後に、ドロリと融解した。何らかの毒性を持っていたのか、それとも単純な高熱か。
「あいつ、こんなもんまで……!」
歯噛みする僕を他所に、リタは翼を切り離す。そして、まるで燕のように体の向きを変えると、新たに生やした翼で屍竜の喉元に向かって加速した。
腐肉が流れ出す鱗に羽剣を突き立てる。だが、案の定というべきか、刃はすぐ横合いに跳ね返された。
それでも、リタは臆さない。退かない。弾かれた勢いのまま僅かに岩壁を削ると、さらに加速して屍竜に斬りかかる。
その剣も弾かれ、また岩壁に擦れ、再び突貫する――その繰り返しだ。
目にも留まらぬ速度と手数は大したものだが、竜の鱗を前に、傷一つすら与えられていない。撹乱程度の効果はあるだろうが、その程度だ。
むしろ、過ぎたスピードのせいか、攻撃の度に壁を掠めているリタ自身のほうが傷を増やしているような気がする。
鋭い連撃、とはいえ、これではヤケクソもいいところだ。あれだけの激しい動きが、いつまでも持つはずがない。やがては終わりが訪れる。
振るわれた屍竜の爪が、彼女の体を僅かに掠めた。
「――ッ!」リタが苦悶の呻きを上げる。
疲労のせいか、ほんの少し速度が低下したところを狙われた。掠めただけとはいえ無事では済まず、彼女の軌道は大きく変わり、地面に激突してしまった。
「……おいおい、言わんこっちゃないぞ!」
僕は思わず、駆け寄ろうとした。そうして何ができるわけでもなかったが、反射的に足が前に出たのだ。
そしてそれは、土煙の中から突き出された、リタの小さな右掌に食い止められる。
「……心配いらないわ。あんた、まさか私が負けると思ってるの?」
強がるようにしてそう口にした彼女の額から、一筋、血液の筋が流れ落ちてくるのが見えた。
体勢も、どうにか立て直せたのか体を起こせてはいるが、しゃがんだまま立ち上がれていない。自慢の翼も、今や力無く地面に伏せている。
リタが負ける。
そんなところは、想像したこともなかったが――。
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