赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

文字の大きさ
64 / 161
三章『竜の慟哭と壁の町』編

第十五話「生者の行進」-3

しおりを挟む
「――負けるだろ、このままじゃ!」

 発した言葉に、僕は自分でも驚いていた。打算だとか、自分の安全だとか、そういったものを全部脇に置いた、きっと心の根っこのところから出てきた言葉だったのだ。
 それは止まることなく、僕の口から転び出ていく。


「相手は屍竜だ、人間が勝てる相手じゃないんだよ。【赤翼】が最強っていうのも、あくまで万能屋としてって話であって、こんな化け物と張り合う必要はないはずだろ!?」

「……あんた、そんな風に考えてたの?」

「ああ、そうだ。お前がここで死んだら、僕の安全はどうなる! 僕が依頼したのは――」


 ああ、もう。
 あと二週間、僕はこれ以上彼女に対して、深く踏み込まないと決めていたのだ。

 なのに、この先を続けてしまえば、きっと僕たちの関係は、今までの形から変わってしまう。
 それでも。

「――伝説上の【赤翼】じゃない、ここにいるリタ・ランプシェード、お前になんだぞ!」

 リタが死ぬよりは、ずっとマシだと思ったのだ。

「……」

 彼女は答えない。ただ、再び爪を構え直そうとしている屍竜の方に、視線を向けたままだ。
 無視かよ、と僕の心に僅かな影が差す。言葉が届かないなんて今更のことなのに、それがやけに悲しくて、そして何より、悔しかった。

 屍竜の一撃が、地面を抉る。それを硬化させた両翼で受け止めた彼女の足は、明らかにふらついていた。見れば、彼女の額から垂れる血液は、どんどんとその面積を広げていっている。

 今や、決断を迫られていた。渦中に飛び込み、リタを無理矢理にでも止めるか、それともここで傍観を続けるか。或いは、一か八かここから逃げ出してみるか。

 どれも、聡い判断だとは思えなかった。しかし、もう僕にはどれが正しいのかわからない。
 なら、僕のすべきことは、僕のしたいことはどれなのだろうか。

 考えるよりも早く、足に力が籠もった。前傾に体重が乗る、心臓が大きく脈打つ。
 体内で筋肉と骨が軋む音を聞きつつ、僕はそのまま、駆け出そうとして――。

「――あんた、一つ勘違いしてるわよ」

 そんな僕の足を、リタは一言で縫い留めた。

 拮抗する力。屍竜の前脚を受け止める彼女には、言葉を交わす余裕など無さそうに見えた。細かく震える体に、頭から滴り落ちる血。どこを取っても限界を思わせる要素ばかりだ。

 けれど、その全てが、リタ・ランプシェードを折るには足りないものだった。だから、彼女はその瞳の輝きを欠片も曇らせずに続ける。

「一つ、私はヤケになってなんかない。状況も過不足なく把握してるわ。その上で、最適解を打っているつもり」

 鋭く閃いた翼が、屍竜の脚を跳ね上げた。微かに浮いた巨体を睨みつけつつ、両足に力を込める。

「二つ、私は負けるつもりなんてない。私が最強を名乗っているのは、自負でも奢りでもなく、単なる事実だからよ」

 一拍も空けずに、リタは砲弾の如く駆け出した。小柄な体が風に乗り、ふわりと紅蓮の髪が宙に鮮やかな線を引く。

 同時に、辺りで何かが舞い上がった――羽根だ。これまでに、羽弾や弾かれた羽剣として、撒き散らされていた純白の羽根。それらが、彼女の足取りに応えるようにして浮き上がる。

 それは単に、風圧で持ち上げられたわけではない。この空間に満ちたリタの魔力に手を引かれるようにして、指向性を持ち、飛んでいく――。

「――三つ目。今の【赤翼】は私、それは何があっても、あなたがどんな思いでも、揺るがないわ」

 無数の羽根が、屍竜の周囲を取り囲む。包囲されていると気がついた竜の喉が膨らむが、既に遅い。
 纏わりついた羽根は、まるで意志を持つかのように俊敏に口元に巻き付き、吐息の出口を塞ぐ。それだけではない。鋭い爪を持つ両腕も、恐ろしい暴風を生み出す翼も、真っ白な羽を覆われていく。

「『鉄の翼――ゲフェングニス・デア・フェーダー』!」

 叫ぶと同時に、リタは小さな手のひらを突き出し、ぎゅっと握る。それに呼応するように羽根たちは一層、屍竜の表面に貼り付き、纏わりつき、そして締め上げた。

 ギリギリと軋む、竜の筋骨。けれど、確かにその動きは縫い止められていた。
 それを見届けてから――立ち止まった彼女は静かに目を伏せる。

「――詠唱開始」

 薄い唇が、微かに震える。

 その口から漏れ出てくるのは、魔力を励起させるための呪文だ。彼女の一言一言に合わせるように、周囲の魔力が熱を帯びていく。

 魔術師、これは死霊術師も同じだが、僕らは普段、可能な限り呪文の詠唱を省略する。そうした方が魔術の効果は高まり、成果も安定する。

 しかし、戦いにおいて最も大事なのは速度、そして、生活で用いる際に最も必要なのは利便性だ。
 その両面から見たときに、効果重視で詠唱を行うことは、必ずしも良いことだとは言えないだろう。

 そのため、魔術師たちは一つでも多くの魔術を略式で使用できるようにする。熟練した者なら、大半の魔術を詠唱略で唱えられるはずだ。

 そして、リタは最強の万能屋。つまるところそれは、一流の魔術師の代わりにもなれるということ。ならば、ご多分に漏れることもないだろう。

 ――けれど、もし。
 今のような、一撃の威力が欲しい状況なら、話は別だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

商人でいこう!

八神
ファンタジー
「ようこそ。異世界『バルガルド』へ」

処理中です...