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四章『死別という病』編
第二十話「第一医療棟」-5
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――スペクター家の警備は、そこに代々仕える執事衆によって為されていた。
その多くが代々、家に仕えてきた信頼できる家系のものであり、全員が親父から死霊術の指南を受けている。
人数にして数十人。けれど、大陸でも有数の死霊術師集団であり、当主が出向くまでもない仕事には、代理として彼らが向かうこともあった。
そして、そのトップであったのが目の前にいるダグラスだ。死霊術の腕前は、恐らく、親父とリトラに次ぐ三番手。となれば、それはこの大陸で三番目の使い手ということになる。
そんな彼らに守られた当家の守りは、盤石と呼べるはずだった――少なくとも、あの日までは。
「……あの日、執事衆の多くが親父を裏切り、リトラの側についた! あれさえなければ、親父も、兄貴も、妹も……っ!」
――そう、スペクター家の破滅は、執事衆の裏切りから始まった。
大陸一の死霊術師、シド・スペクターを倒すべく、リトラは、まず執事たちの買収から始めたようだった。
金、力、あるいはもっと他のもので、館を取り囲めるだけの人数を懐柔した彼は、逃げ場を失ったスペクター一家を襲撃することにしたのだ。
そうして、結果は――もう、話すまでもない。
僕が屋敷に戻ったとき、残っていたのは炎上する館と、家族と使用人たちの遺体。そして、対峙する親父とリトラの姿だけだったのだから。
「……お前たちが裏切らなければ、邸宅に住まう皆が死ぬこともなかった! 僕が、こんな目に遭うことも……!」
指先に、思わず力が籠もる。
ウィスプに人を殺せる力はない。
親父ほどの使い手ならまだしも、僕では彼を怯ませるのがせいぜいだろう。ならば、その隙に組み撃って、頭蓋を砕いてやる。それが駄目なら、首をへし折ったっていい。
このクソジジイを、ぶち殺せるなら――!
「はい、はい。落ち着け少年、別に私は殺し合いをさせるために、ここに連れてきたわけじゃないぞ」
僕らの間に、エイヴァが割って入る。
彼女は右手を僕に向けて突き出して、制そうとしているようだった。感情に任せて飛びかかりたいのを抑えて、僕は彼女を睨みつけた。
「退けよ、エイヴァ。別にお前がどう考えていたかなんて、僕の知ったこっちゃない」
「そうかい、少年。けれど、彼は私の患者だ。危害を加えるのなら、容赦はできないな」
彼女から僅かに、殺気のようなものを感じた。よく観察してみれば、エイヴァの片手はポケットに差し込まれているのが見えた。
僕が要求を飲まなければ、毒薬術式を使うつもりなのだろう。
「患者、か。お前は、こいつがスペクター家を滅ぼした連中の片棒を担いでたとしても、同じことを――」
「――言うね。最初に言っただろう、この世の全てが私の患者なのだと。そこには、業も咎も区別などない」
時間にして、ほんの数秒。僕と彼女は睨み合った。
先に矛を収めることになったのは、僕の方だ。霊符を懐に仕舞い、構えを解く。
「……卑怯だ。僕じゃ、あんたと相討つこともできやしない、こうなったら、譲らなきゃいけないに決まってる」
「そうだろう、そう思ったから割って入ったんだ。世の中というのは、その程度には不公平なものだよ」
「そいつを信用してるのか? もしかすると、リトラのスパイって可能性もあるんだぜ」
「彼がスパイであるのなら」
エイヴァは、部屋の中を指し示しながら。
「ここにある、一千の遺体は既に、連中の手に渡っていただろう。ダグラスがここに残り、番人をしているからこそ、この第一医療棟は平穏を保っているのだ」
彼女は、正しいことを言っているように思えた。
ダグラスは味方で、彼の助力があってこそ、ここまで彼女らは抵抗することができた。
リトラに唆された執事衆、その中でも、ダグラスだけは家を裏切らず、正しい心を持ち続けてくれていた――。
「――いや、やっぱり駄目だ」
僕は、自分の頭に浮かんだ考えを、首を振って振り払った。
「ダグラス、お前がどれだけ正しい行いを積んでいようと、僕はお前を許せない。執事長としての役割を果たせなかった、お前を――」
僕の言葉を、ダグラスは黙して聞いていた。憤ることも、言い返すこともなく。ただ、年齢相応に肩を萎ませながら、俯くばかりだ。
「……そう、ですな。私はお坊ちゃまに、合わせる顔などありませんでした」
彼は、そう零すと、よろよろと頼りない足取りでロッキングチェアに戻り、脱力するようにして腰を下ろした。
その多くが代々、家に仕えてきた信頼できる家系のものであり、全員が親父から死霊術の指南を受けている。
人数にして数十人。けれど、大陸でも有数の死霊術師集団であり、当主が出向くまでもない仕事には、代理として彼らが向かうこともあった。
そして、そのトップであったのが目の前にいるダグラスだ。死霊術の腕前は、恐らく、親父とリトラに次ぐ三番手。となれば、それはこの大陸で三番目の使い手ということになる。
そんな彼らに守られた当家の守りは、盤石と呼べるはずだった――少なくとも、あの日までは。
「……あの日、執事衆の多くが親父を裏切り、リトラの側についた! あれさえなければ、親父も、兄貴も、妹も……っ!」
――そう、スペクター家の破滅は、執事衆の裏切りから始まった。
大陸一の死霊術師、シド・スペクターを倒すべく、リトラは、まず執事たちの買収から始めたようだった。
金、力、あるいはもっと他のもので、館を取り囲めるだけの人数を懐柔した彼は、逃げ場を失ったスペクター一家を襲撃することにしたのだ。
そうして、結果は――もう、話すまでもない。
僕が屋敷に戻ったとき、残っていたのは炎上する館と、家族と使用人たちの遺体。そして、対峙する親父とリトラの姿だけだったのだから。
「……お前たちが裏切らなければ、邸宅に住まう皆が死ぬこともなかった! 僕が、こんな目に遭うことも……!」
指先に、思わず力が籠もる。
ウィスプに人を殺せる力はない。
親父ほどの使い手ならまだしも、僕では彼を怯ませるのがせいぜいだろう。ならば、その隙に組み撃って、頭蓋を砕いてやる。それが駄目なら、首をへし折ったっていい。
このクソジジイを、ぶち殺せるなら――!
「はい、はい。落ち着け少年、別に私は殺し合いをさせるために、ここに連れてきたわけじゃないぞ」
僕らの間に、エイヴァが割って入る。
彼女は右手を僕に向けて突き出して、制そうとしているようだった。感情に任せて飛びかかりたいのを抑えて、僕は彼女を睨みつけた。
「退けよ、エイヴァ。別にお前がどう考えていたかなんて、僕の知ったこっちゃない」
「そうかい、少年。けれど、彼は私の患者だ。危害を加えるのなら、容赦はできないな」
彼女から僅かに、殺気のようなものを感じた。よく観察してみれば、エイヴァの片手はポケットに差し込まれているのが見えた。
僕が要求を飲まなければ、毒薬術式を使うつもりなのだろう。
「患者、か。お前は、こいつがスペクター家を滅ぼした連中の片棒を担いでたとしても、同じことを――」
「――言うね。最初に言っただろう、この世の全てが私の患者なのだと。そこには、業も咎も区別などない」
時間にして、ほんの数秒。僕と彼女は睨み合った。
先に矛を収めることになったのは、僕の方だ。霊符を懐に仕舞い、構えを解く。
「……卑怯だ。僕じゃ、あんたと相討つこともできやしない、こうなったら、譲らなきゃいけないに決まってる」
「そうだろう、そう思ったから割って入ったんだ。世の中というのは、その程度には不公平なものだよ」
「そいつを信用してるのか? もしかすると、リトラのスパイって可能性もあるんだぜ」
「彼がスパイであるのなら」
エイヴァは、部屋の中を指し示しながら。
「ここにある、一千の遺体は既に、連中の手に渡っていただろう。ダグラスがここに残り、番人をしているからこそ、この第一医療棟は平穏を保っているのだ」
彼女は、正しいことを言っているように思えた。
ダグラスは味方で、彼の助力があってこそ、ここまで彼女らは抵抗することができた。
リトラに唆された執事衆、その中でも、ダグラスだけは家を裏切らず、正しい心を持ち続けてくれていた――。
「――いや、やっぱり駄目だ」
僕は、自分の頭に浮かんだ考えを、首を振って振り払った。
「ダグラス、お前がどれだけ正しい行いを積んでいようと、僕はお前を許せない。執事長としての役割を果たせなかった、お前を――」
僕の言葉を、ダグラスは黙して聞いていた。憤ることも、言い返すこともなく。ただ、年齢相応に肩を萎ませながら、俯くばかりだ。
「……そう、ですな。私はお坊ちゃまに、合わせる顔などありませんでした」
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