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四章『死別という病』編
第二十一話「骸使い」-1
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【病の街】は、僕の知るどの街よりも入り組んだ作りをしていた。
立ち並ぶ頑丈な煉瓦造りの、あるいは混凝土造りの建物は、気を抜けば僕たちを押し潰してしまうのではないかと思えるほどの閉塞感を齎している。
建物の数や高さは【夕暮れの街】の方が上だったが、道が狭く、路地が多かったあそことは違い、道幅は広く、建物もそこまで背が高いわけではないというのに、妙に迷いやすいような、そんな、不思議な街並みだ。
「これもまた、戦時中の名残さ」
よほど、思考が表情に出ていたのか、駆けつつ、先導するエイヴァが呟く。
「医療拠点は狙われやすい、特に、『冒涜戦争』の時のような、名誉も情もない泥沼の戦の中ではね。だから、この街は敵に襲われてもすぐには陥落しないよう、特殊な造りになったのさ」
「そうなのか、でも、それじゃ普段は困るんじゃないのか?」
「そうでもないさ、複雑なように見えて、医療棟同士は比較的真っ直ぐ行き来ができるようになってる、普段の仕事で不便を感じたことはないね――」
そこまでを彼女が口にしたところで、僕の視界は、前方に黒い靄のようなものを捉えた。
同時に、背筋に寒気。即座に右足でブレーキをかけ、すぐ脇の路地を指差す。
「エイヴァ! その先は駄目だ、こっちへ!」
彼女はこくりと頷き、再び先を走り始める。僕は、背後に息を切らせているシーナが、遅れていないかを確認してから、路地に飛び込んだ。
街のあちこちに放たれた悪霊は、夜明け近くなっても消える様子が無かった。恐らく、リトラとの簡易契約によって、この地に縛られているのだろう。
そのせいか、僕たちの行軍は中々、予定通りにはいっていないのが現状だ。
「……面倒だな、これが無ければ、第三医療棟はすぐそこだというのに」
エイヴァが歯噛みする。第三医療棟そのものはすぐそこに見えているというのに、先ほどから何度も回り道を強いられているのだ。
「ああ、そうだな。でも、仕方ないだろ。悪霊をどうにかする方法なんて、今の僕らにはないんだ」
「君の死霊術ならどうだ。スペクター家仕込みの術式なら、通用する可能性は十分にあると思うがね」
彼女の言葉に、僕は首を振った。
「いいや、無理だな。癪な話だが、リトラの実力は僕なんかより数段上だ。親父が死んだ今、恐らく、大陸でアイツの右に出るものはいないぜ」
死霊術とはつまり、魂と契約を結ぶことにより、その力を借りる術のことを指す。
ウィル・オ・ウィスプを放つときの簡易契約や、ロニーを成仏させたときの契約なんかがまさしくそれだが、既に契約下にある魂に契約を上書きするのは、並大抵のことではできない。
それこそ、実力が拮抗していない限りは、逆に僕自身の魂すらも危うくなってしまう。
だから、この街で、僕は――。
「なるほどな、故に君は、簡易契約による術式行使を縛られているわけか」
エイヴァの言葉に、僕は驚きを隠せなかった。
彼女の言う通り、僕は恐らく、この街で簡易契約を用いた死霊術を行うことができない。ウィスプもそうだし、魂に情報を聞くのも難しいだろう。
だから、今できることなど――強がって笑うことくらいだ。
「ああ、そうだ。使えるのは、霊視と『生者の葬列』ってとこか。まったく、出来損ないの死霊術師が、さらに手札を奪われているんだから、救いようがないよな」
「そう卑下するものでもないさ、私が見るに、君の死霊術の腕はそこまで捨てたものじゃないと思うがね」
「……僕がか?」
エイヴァは静かに頷く。視線は前方に投げたまま、足を止めずに言う。
「ああ。君の死霊術は、霊符を用いたもの。私もあまり明るくはないが、比較的特殊なものなんじゃないか?」
「……そうだな。僕の実力じゃ、術式の効果が出づらいから」
紙に描いた紋様を、一度の使用で焼き切る。東の島国から伝わった符術の要素を取り入れることでどうにか成立させたのが、僕の死霊術だ。
順調に修行が進む兄や妹とは違い、遅々として術の習得が進まなかった僕のことを気にかけて、ダグラスたち執事衆と親父が用意してくれた方式である。
もっとも、それを用いたところで半人前というのが、自分でも嫌になるところなのだが。
「君が自分に枷をかけているのは、そこだな」
そんな僕の弱さを、彼女は一言で断じた。
「霊符は安全弁、そして補助輪としても機能はしているだろうが、君にとって死霊術の解釈を広げ、より強い術式を使うのを邪魔しているんだろう」
「より強い術式って……そんなの、使えたって、困るだけだろ」
「何が困る? 今の君は、自虐的に弱さを誇るよりも、強さを求めるべきだと思うが」
強さ。
彼女の言うことは、何もかもその通りだった。リタとの関係が終わった後も、僕の人生が続いていけるのなら、そこで戦っていけるだけの強さは必要だ。
しかし、と。やはり何かが足を引く。幼い頃から根を張った劣等感か、それとも、もっとずっと奥の方で僕を形作るものなのか。
そんな僕の様子に、エイヴァは肩を竦めた。何を言っても無駄だ、と思われたのかもしれない。そう思われても仕方がなかったし、今はそう、思ってほしかった。
立ち並ぶ頑丈な煉瓦造りの、あるいは混凝土造りの建物は、気を抜けば僕たちを押し潰してしまうのではないかと思えるほどの閉塞感を齎している。
建物の数や高さは【夕暮れの街】の方が上だったが、道が狭く、路地が多かったあそことは違い、道幅は広く、建物もそこまで背が高いわけではないというのに、妙に迷いやすいような、そんな、不思議な街並みだ。
「これもまた、戦時中の名残さ」
よほど、思考が表情に出ていたのか、駆けつつ、先導するエイヴァが呟く。
「医療拠点は狙われやすい、特に、『冒涜戦争』の時のような、名誉も情もない泥沼の戦の中ではね。だから、この街は敵に襲われてもすぐには陥落しないよう、特殊な造りになったのさ」
「そうなのか、でも、それじゃ普段は困るんじゃないのか?」
「そうでもないさ、複雑なように見えて、医療棟同士は比較的真っ直ぐ行き来ができるようになってる、普段の仕事で不便を感じたことはないね――」
そこまでを彼女が口にしたところで、僕の視界は、前方に黒い靄のようなものを捉えた。
同時に、背筋に寒気。即座に右足でブレーキをかけ、すぐ脇の路地を指差す。
「エイヴァ! その先は駄目だ、こっちへ!」
彼女はこくりと頷き、再び先を走り始める。僕は、背後に息を切らせているシーナが、遅れていないかを確認してから、路地に飛び込んだ。
街のあちこちに放たれた悪霊は、夜明け近くなっても消える様子が無かった。恐らく、リトラとの簡易契約によって、この地に縛られているのだろう。
そのせいか、僕たちの行軍は中々、予定通りにはいっていないのが現状だ。
「……面倒だな、これが無ければ、第三医療棟はすぐそこだというのに」
エイヴァが歯噛みする。第三医療棟そのものはすぐそこに見えているというのに、先ほどから何度も回り道を強いられているのだ。
「ああ、そうだな。でも、仕方ないだろ。悪霊をどうにかする方法なんて、今の僕らにはないんだ」
「君の死霊術ならどうだ。スペクター家仕込みの術式なら、通用する可能性は十分にあると思うがね」
彼女の言葉に、僕は首を振った。
「いいや、無理だな。癪な話だが、リトラの実力は僕なんかより数段上だ。親父が死んだ今、恐らく、大陸でアイツの右に出るものはいないぜ」
死霊術とはつまり、魂と契約を結ぶことにより、その力を借りる術のことを指す。
ウィル・オ・ウィスプを放つときの簡易契約や、ロニーを成仏させたときの契約なんかがまさしくそれだが、既に契約下にある魂に契約を上書きするのは、並大抵のことではできない。
それこそ、実力が拮抗していない限りは、逆に僕自身の魂すらも危うくなってしまう。
だから、この街で、僕は――。
「なるほどな、故に君は、簡易契約による術式行使を縛られているわけか」
エイヴァの言葉に、僕は驚きを隠せなかった。
彼女の言う通り、僕は恐らく、この街で簡易契約を用いた死霊術を行うことができない。ウィスプもそうだし、魂に情報を聞くのも難しいだろう。
だから、今できることなど――強がって笑うことくらいだ。
「ああ、そうだ。使えるのは、霊視と『生者の葬列』ってとこか。まったく、出来損ないの死霊術師が、さらに手札を奪われているんだから、救いようがないよな」
「そう卑下するものでもないさ、私が見るに、君の死霊術の腕はそこまで捨てたものじゃないと思うがね」
「……僕がか?」
エイヴァは静かに頷く。視線は前方に投げたまま、足を止めずに言う。
「ああ。君の死霊術は、霊符を用いたもの。私もあまり明るくはないが、比較的特殊なものなんじゃないか?」
「……そうだな。僕の実力じゃ、術式の効果が出づらいから」
紙に描いた紋様を、一度の使用で焼き切る。東の島国から伝わった符術の要素を取り入れることでどうにか成立させたのが、僕の死霊術だ。
順調に修行が進む兄や妹とは違い、遅々として術の習得が進まなかった僕のことを気にかけて、ダグラスたち執事衆と親父が用意してくれた方式である。
もっとも、それを用いたところで半人前というのが、自分でも嫌になるところなのだが。
「君が自分に枷をかけているのは、そこだな」
そんな僕の弱さを、彼女は一言で断じた。
「霊符は安全弁、そして補助輪としても機能はしているだろうが、君にとって死霊術の解釈を広げ、より強い術式を使うのを邪魔しているんだろう」
「より強い術式って……そんなの、使えたって、困るだけだろ」
「何が困る? 今の君は、自虐的に弱さを誇るよりも、強さを求めるべきだと思うが」
強さ。
彼女の言うことは、何もかもその通りだった。リタとの関係が終わった後も、僕の人生が続いていけるのなら、そこで戦っていけるだけの強さは必要だ。
しかし、と。やはり何かが足を引く。幼い頃から根を張った劣等感か、それとも、もっとずっと奥の方で僕を形作るものなのか。
そんな僕の様子に、エイヴァは肩を竦めた。何を言っても無駄だ、と思われたのかもしれない。そう思われても仕方がなかったし、今はそう、思ってほしかった。
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