赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

文字の大きさ
90 / 161
四章『死別という病』編

第二十一話「骸使い」-1

しおりを挟む
 【病の街】は、僕の知るどの街よりも入り組んだ作りをしていた。

 立ち並ぶ頑丈な煉瓦造りの、あるいは混凝土造りの建物は、気を抜けば僕たちを押し潰してしまうのではないかと思えるほどの閉塞感を齎している。

 建物の数や高さは【夕暮れの街】の方が上だったが、道が狭く、路地が多かったあそことは違い、道幅は広く、建物もそこまで背が高いわけではないというのに、妙に迷いやすいような、そんな、不思議な街並みだ。

「これもまた、戦時中の名残さ」

 よほど、思考が表情に出ていたのか、駆けつつ、先導するエイヴァが呟く。


「医療拠点は狙われやすい、特に、『冒涜戦争』の時のような、名誉も情もない泥沼の戦の中ではね。だから、この街は敵に襲われてもすぐには陥落しないよう、特殊な造りになったのさ」

「そうなのか、でも、それじゃ普段は困るんじゃないのか?」

「そうでもないさ、複雑なように見えて、医療棟同士は比較的真っ直ぐ行き来ができるようになってる、普段の仕事で不便を感じたことはないね――」

 そこまでを彼女が口にしたところで、僕の視界は、前方に黒い靄のようなものを捉えた。
 同時に、背筋に寒気。即座に右足でブレーキをかけ、すぐ脇の路地を指差す。

「エイヴァ! その先は駄目だ、こっちへ!」

 彼女はこくりと頷き、再び先を走り始める。僕は、背後に息を切らせているシーナが、遅れていないかを確認してから、路地に飛び込んだ。

 街のあちこちに放たれた悪霊は、夜明け近くなっても消える様子が無かった。恐らく、リトラとの簡易契約によって、この地に縛られているのだろう。

 そのせいか、僕たちの行軍は中々、予定通りにはいっていないのが現状だ。

「……面倒だな、これが無ければ、第三医療棟はすぐそこだというのに」

 エイヴァが歯噛みする。第三医療棟そのものはすぐそこに見えているというのに、先ほどから何度も回り道を強いられているのだ。


「ああ、そうだな。でも、仕方ないだろ。悪霊をどうにかする方法なんて、今の僕らにはないんだ」

「君の死霊術ならどうだ。スペクター家仕込みの術式なら、通用する可能性は十分にあると思うがね」


 彼女の言葉に、僕は首を振った。

「いいや、無理だな。癪な話だが、リトラの実力は僕なんかより数段上だ。親父が死んだ今、恐らく、大陸でアイツの右に出るものはいないぜ」

 死霊術とはつまり、魂と契約を結ぶことにより、その力を借りる術のことを指す。

 ウィル・オ・ウィスプを放つときの簡易契約や、ロニーを成仏させたときの契約なんかがまさしくそれだが、既に契約下にある魂に契約を上書きするのは、並大抵のことではできない。

 それこそ、実力が拮抗していない限りは、逆に僕自身の魂すらも危うくなってしまう。

 だから、この街で、僕は――。

「なるほどな、故に君は、簡易契約による術式行使を縛られているわけか」

 エイヴァの言葉に、僕は驚きを隠せなかった。

 彼女の言う通り、僕は恐らく、この街で簡易契約を用いた死霊術を行うことができない。ウィスプもそうだし、魂に情報を聞くのも難しいだろう。

 だから、今できることなど――強がって笑うことくらいだ。


「ああ、そうだ。使えるのは、霊視と『生者の葬列』ってとこか。まったく、出来損ないの死霊術師が、さらに手札を奪われているんだから、救いようがないよな」

「そう卑下するものでもないさ、私が見るに、君の死霊術の腕はそこまで捨てたものじゃないと思うがね」

「……僕がか?」


 エイヴァは静かに頷く。視線は前方に投げたまま、足を止めずに言う。


「ああ。君の死霊術は、霊符を用いたもの。私もあまり明るくはないが、比較的特殊なものなんじゃないか?」

「……そうだな。僕の実力じゃ、術式の効果が出づらいから」


 紙に描いた紋様を、一度の使用で焼き切る。東の島国から伝わった符術の要素を取り入れることでどうにか成立させたのが、僕の死霊術だ。

 順調に修行が進む兄や妹とは違い、遅々として術の習得が進まなかった僕のことを気にかけて、ダグラスたち執事衆と親父が用意してくれた方式である。

 もっとも、それを用いたところで半人前というのが、自分でも嫌になるところなのだが。

「君が自分に枷をかけているのは、そこだな」

 そんな僕の弱さを、彼女は一言で断じた。


「霊符は安全弁、そして補助輪としても機能はしているだろうが、君にとって死霊術の解釈を広げ、より強い術式を使うのを邪魔しているんだろう」

「より強い術式って……そんなの、使えたって、困るだけだろ」

「何が困る? 今の君は、自虐的に弱さを誇るよりも、強さを求めるべきだと思うが」


 強さ。

 彼女の言うことは、何もかもその通りだった。リタとの関係が終わった後も、僕の人生が続いていけるのなら、そこで戦っていけるだけの強さは必要だ。

 しかし、と。やはり何かが足を引く。幼い頃から根を張った劣等感か、それとも、もっとずっと奥の方で僕を形作るものなのか。

 そんな僕の様子に、エイヴァは肩を竦めた。何を言っても無駄だ、と思われたのかもしれない。そう思われても仕方がなかったし、今はそう、思ってほしかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

商人でいこう!

八神
ファンタジー
「ようこそ。異世界『バルガルド』へ」

処理中です...