赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

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四章『死別という病』編

第二十四話「秘されし術」-2

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「――一万」

 僕はぼそりと、敢えて彼女らの耳に届かぬように口にした。どうか、聞こえなければいいのにと。

「一万? 何の数字だ?」

 しかし、エイヴァは聞き返す。聞き返してしまう。そうなればもう、僕だって答えなきゃいけない。いけないじゃないか。

「……人ひとりを、生き返らせるのに必要な魂の数だよ」

 言語化すると同時、吐き気が喉の奥からこみ上げてくる。
 一万の魂、つまり、一万人の犠牲。それが何を意味するかなど、死霊術師でなくともわかるだろう。

「……馬鹿げているな」エイヴァは吐き捨てるように言う。
「どんな聖人であったとしても、一万の命とは釣り合うまい。なるほど、確かにそれは”実用的ではない”な」

 彼女の声には、僅かに憤りが滲んでいた。

 医者は、手を尽くして患者の命を救うというのに、それをまるで、燃料か何かのように数えられたのが不服だったのかもしれない。

 背を向けたままでも、気配は伝わった。だから、その勢いのまま、彼女は続けてしまう。


「ふん、スペクター卿は賢君と聞いていたが、そんな術を作っていたとはな。全く、それではあのカンバールとか言う男と、大して変わらないじゃないか」

「ちょ、ちょっとお師匠様。言い過ぎですよ……」


 思わず止めに入ったシーナに、僕はゆるゆると首を振った。

「いいんだ、親父も、この術があってはいけないことには気が付いていた。だから、今際の際に、僕にこいつを預けたんだ」

 僕は首から提げたロザリオを手に取る。

 冷たい銀の感触が、ささくれだらけの指に食い込んでくる。その表面に目をやれば、いくつもの線が折り重なるように、複雑に走っている。

 これに刻まれた紋様は、霊視だけではない。エミリーの杖と同じように、いくつもの術式が編まれており、件の術も、その中の一つとなっている。

 ――これは親父が死の間際、僕に託すまで肌見放さず身につけていた、スペクター家当主の証だ。


「託された、か。しかし、わからん。スペクター卿はどうして、そいつを処分しなかったんだ? 外法だとわかっていたのなら、葬るべきだっただろうに」

「ああ、それも、リトラに奪われるリスクを考えてのことだろうよ。ロザリオを鋳溶かしたとしても、執念深いあいつのことだ、何らかの手段で復元する可能性だってあるだろ」


 そう考えれば、親父が管理しておくのが最良の手段だったのだろう。

 大陸最強の死霊術師に、リトラは単独では敵わない。それこそ、執事衆を抱き込んで家ごと焼き払うような暴挙に出てもなお、僕という一粒種を逃がしたうえに、本懐すら果たせていないのだ。

「なるほどな、確かにそう考えれば、多少は筋が通るな。己の存在そのものが最高の警備であるのなら、破壊も封印も最良とは呼べん」

 と、そこでようやくエイヴァが振り返る。彼女の表情は相変わらずの鉄面皮であり、語気さえいつも通りなら、感情の昂りなど感じられないほどだろう。

 彼女は僕の向かいに腰を下ろすと、背中の傷を気遣う様子もなく、背凭れに体重を預けた。
 しなやかなその身体が、ぐっと伸びる。小さく息を吐いてから、彼女は続けた。


「ふう、さて、ここからはしばらく待ちになる。後は、薬が馴染むのを待ってから、二、三の手を加えれば、それで完成だ」

「……もうか、すごいな。流石って感じだ」

「クククッ、毒は私の専門だ、そんなに時間をかけてしまっては、患者も不安がるだろう」


 僕は時計に目を落とした。第一医療棟を出てから、そろそろ二時間が経とうとしている。

 エイヴァが定めた刻限までは、まだ余裕がありそうだ。それが焦るばかりだった心に、僅かなゆとりをもたらした。

 そんな僕に彼女は指を二本立てて、突き出してきた。


「ただ待っているのもつまらなかろう、私から追加でふたつ、質問だ」

「ああ、いいぜ。僕に答えられることなら、答えてやるよ」

「重畳。では聞くが――スペクター卿があの男に敗北したのは何故だ?」


 首を傾げた。そんなのは、今までに散々話したことだろうに。


「なんでって、そりゃ、執事衆が――」

「承知の上だ。私が聞きたいのは、大陸最強の死霊術師が、その程度で負けてしまうのか、ということだ」


 舌を巻いた。今まで、僕にそんな視点はなかった。

 いくら親父が強かろうと、人間である以上、不意を討たれれば負けることもあるのだろうと、そう考えていたからだ。

 では、逆に考えて、自分がリトラの立場だった場合、執事衆を唆し、屋敷に火を放った程度で親父に勝つことができるだろうか?

 答えは、ノーだ。

「……確かに不思議だ。親父の強さは、たぶん、家の中でも頭抜けてた」

 ラティーン、エイヴァ、そして、リタ。

 彼ら彼女らが持っている、ある種の最強性のようなものを、親父も有していたように思える。
 そんな彼が、簡単に負けることがあるだろうか?


「ふむ、やはり君にも、そこはわからんか。だとするのなら、恐らく、その決着には裏があるぞ」

「裏、ってのは?」

「さあ、そんなものは自分で考えたまえ。だが、馬鹿正直に真っ向から向かっていってもどうにもならないことだけは確かだろうな」

「……そうか」

 生返事を返しながら、僕は心中で、ダグラスの言葉を思い出していた。

『カンバールの次の一手は、恐らく、あなたが思われるよりもさらに深い位置に差される――』

 あいつは一体、何をしようとしている?
 あいつは一体、何を考えている?

 そして何より――何を求めている?

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