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四章『死別という病』編
第二十四話「秘されし術」-3
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その答えは今だに、朧化したままだ。もう少しで見えてきそうなのに、あと一歩で掴めない。
誰か、二人が戦うところを見ていた物がいれば、手がかりとなるかもしれないが――と、そこまで思考したところで、僕の頭に閃くものがあった。
「……ダグラス」僕は確信めいた声色で、「ダグラスならどうだ、きっと、決着の瞬間に立ち会ってるんじゃないか?」
執事衆筆頭、ダグラス・ハウント。
彼がどちら側に立って戦ったのか、正直僕はまだ、信じきれていない部分がある。
けれど、見てはいるはずだ。親父とリトラの戦い、その一部始終を。
「聞いてみる価値はあるだろうな。あの少女のこともある、どうせ、一度は第一医療棟に戻るのだ、その時にでもな」
「ああ、どっちにしろ、あいつとは話さなきゃいけなかったからな……」
昨日は遠ざけてしまった。あれは多分、逃避だったのだ。僕は今もまだ、あの燃える屋敷に囚われている。
だが、どこかで向き合わなければいけないのだ。このロザリオを受け継いだ以上、僕にはその責任がある。
「さて、それでは二つ目の質問だ。とは言っても、これは件の術式とはまた、別件になってしまうのだがな」
「……? なんだよ、別件って」
「いや、な……それが……」
エイヴァは、そこで少しだけ躊躇するような素振りを見せた。普段から即断即決、とにかく歯切れの良い彼女にしては珍しい、煮え切らない態度だ。
ここまで話したのだ、これ以上、言い淀むようなことなど無いだろうに。
そう訝る僕をよそに、エイヴァはようやく覚悟を決めたように、あるいは諦めたように、その薄い唇を開く。
「少年、君と一緒にいた、あの少女は――」
その言葉を、遮るように。
ジリリリリ、と。どこかで細かく鐘を鳴らしたような音が響く。
見れば、備え付けの魔信機が光を放っていた。どうやら、どこかから通信が入ったようだ。
「は、はい、もしもし!」
咄嗟にそれをシーナが取り、二言、三言と言葉を交わす。そして、会話が進むにつれ――彼女の表情が固く、強張っていく。
「そんな……ど、どうして……?」
青白く血の気が退いた彼女の様子に気付いた僕らは、慌てて駆け寄る。耳に当てられた魔信機からは僅かに声が漏れてきていたが、それが叫ぶような怒号に聞こえたのが、いやに印象的だった。
「どうかしたのかい、シーナ。それは、どこからの……」
エイヴァがそこまで口にしたところで、シーナの怯えるような、驚くような視線が僕らに向けられる。
そして、彼女自身も信じられないとでもいう様子で、それを口にするのだった。
「――第一医療棟が、陥落しかけているそうです」
僕らの間に、緊張が走る。
襲撃、それも、僕たちが発ったのを確認してから、手薄な所を狙われたということか。
「い、今はリタさんと、ダグラスさんがどうにか抑えてるみたいですけど、時間の問題だ、って……」
「……迂闊だったな。本命はそちらということか。確かに、こちらにカンバールがいたというのに、残した戦力が【骸使い】だけというのは、訝るべきだった」
「でも、待てよ。リトラの奴は、第一医療棟の遺体は要らないって言ってたんだぜ。それに、あそこに今、僕がいないこともあいつは知ってる。どうして、襲う必要があるんだ……?」
「敵の言う事など、私なら信じないがね。それこそ、彼は一度、君のお父上を裏切っている」
そういうことなのだろうか?
いや、だとしても意味がわからない。それならば、戦力を第三医療棟に集中させ、僕のことを確保するほうが先決だろうに。
それに、リトラは戦闘屋も連れていなかった。となれば恐らく、向こうの最高戦力となるあの男も、襲撃に加担していると言えるだほう。
はたして、そこまでして、第一医療棟を襲う理由があるというのか――?
「くっ、急いで引き返し、加勢せねばなるまい。ここからでも全力で走れば、二十分程度で向こうに着けるはずだ!」
「おいおい、そうしたら、解毒薬はどうなるんだよ! 向こうに加勢しに行った後、ここまで戻ってくる時間があるのか……?」
エイヴァ自身が言っていた。昨日、話し合った時点で制限時間は十時間。そして今は、もう残り二時間弱といったところだろう。
戦闘を終え、無事にここまで戻ってきてから、薬作りを再開する。その手順で、間に合うとは到底思えない。
「……なら、どうするというのだ。悪いが、第一医療棟の患者たちを見捨てるという選択肢は――」
「いや、僕が行く。だからエイヴァは、ここで薬作りを続けてくれ」
僕はそう口にして、勢いよく立ち上がった。片手に掴んだ杖は、まだ手に馴染まないものの、十分に使えそうだ。
「僕は弱いかもしれないけど、下の階に、エミリーが残したリッチたちがいる。あの二体なら、戦力にはなるだろ」
「だが、しかし……」エイヴァは食い下がろうとする。
彼女の気持ちもよくわかる。患者たちの命運がかかっているかもしれないのだ。そんな中、出来損ないの僕に任せるのは不安で仕方ないのだろう。
それでも、誰かが行かなければならない。となれば、第一医療棟とラティーン、両方を救うためには、これしかないのだ。
「お、お師匠様……どうしましょう……?」
シーナが不安そうに、僕らの顔を見回す。
エイヴァが答えを出すまでに要した時間は、おおよそ一分。それだけの間を置いてから、彼女は何かを飲み込むようにして目を伏せた。
「……少年、君に任せた。私も、作業が終わり次第、すぐに追いかける……!」
その言葉に力強く頷いてから、僕は駆け出す。
勿論、リタが負けるなんてことは微塵も考えていない。何もかもが杞憂なら、それで良いのだ。
しかし、僅かでも可能性があるのなら。僕はその芽を潰さざるを得ない――!
「――少年!」
創薬設備のある部屋を出ようとしていた僕を、鋭い声が引き止める。振り返るまでもなく、エイヴァが何か、言葉をかけようとしている気配がした。
急かすのも違うような気がして、僕は暫し、足を止める。一呼吸の間を挟んでから、彼女は続けた。
「……気をつけて行ってきたまえ。私は存外、君のことを気に入っているよ」
知ってるよ、と返す言葉は、加速する風景に溶けてゆき。
僕は、渦中の第一医療棟へと急行した――。
誰か、二人が戦うところを見ていた物がいれば、手がかりとなるかもしれないが――と、そこまで思考したところで、僕の頭に閃くものがあった。
「……ダグラス」僕は確信めいた声色で、「ダグラスならどうだ、きっと、決着の瞬間に立ち会ってるんじゃないか?」
執事衆筆頭、ダグラス・ハウント。
彼がどちら側に立って戦ったのか、正直僕はまだ、信じきれていない部分がある。
けれど、見てはいるはずだ。親父とリトラの戦い、その一部始終を。
「聞いてみる価値はあるだろうな。あの少女のこともある、どうせ、一度は第一医療棟に戻るのだ、その時にでもな」
「ああ、どっちにしろ、あいつとは話さなきゃいけなかったからな……」
昨日は遠ざけてしまった。あれは多分、逃避だったのだ。僕は今もまだ、あの燃える屋敷に囚われている。
だが、どこかで向き合わなければいけないのだ。このロザリオを受け継いだ以上、僕にはその責任がある。
「さて、それでは二つ目の質問だ。とは言っても、これは件の術式とはまた、別件になってしまうのだがな」
「……? なんだよ、別件って」
「いや、な……それが……」
エイヴァは、そこで少しだけ躊躇するような素振りを見せた。普段から即断即決、とにかく歯切れの良い彼女にしては珍しい、煮え切らない態度だ。
ここまで話したのだ、これ以上、言い淀むようなことなど無いだろうに。
そう訝る僕をよそに、エイヴァはようやく覚悟を決めたように、あるいは諦めたように、その薄い唇を開く。
「少年、君と一緒にいた、あの少女は――」
その言葉を、遮るように。
ジリリリリ、と。どこかで細かく鐘を鳴らしたような音が響く。
見れば、備え付けの魔信機が光を放っていた。どうやら、どこかから通信が入ったようだ。
「は、はい、もしもし!」
咄嗟にそれをシーナが取り、二言、三言と言葉を交わす。そして、会話が進むにつれ――彼女の表情が固く、強張っていく。
「そんな……ど、どうして……?」
青白く血の気が退いた彼女の様子に気付いた僕らは、慌てて駆け寄る。耳に当てられた魔信機からは僅かに声が漏れてきていたが、それが叫ぶような怒号に聞こえたのが、いやに印象的だった。
「どうかしたのかい、シーナ。それは、どこからの……」
エイヴァがそこまで口にしたところで、シーナの怯えるような、驚くような視線が僕らに向けられる。
そして、彼女自身も信じられないとでもいう様子で、それを口にするのだった。
「――第一医療棟が、陥落しかけているそうです」
僕らの間に、緊張が走る。
襲撃、それも、僕たちが発ったのを確認してから、手薄な所を狙われたということか。
「い、今はリタさんと、ダグラスさんがどうにか抑えてるみたいですけど、時間の問題だ、って……」
「……迂闊だったな。本命はそちらということか。確かに、こちらにカンバールがいたというのに、残した戦力が【骸使い】だけというのは、訝るべきだった」
「でも、待てよ。リトラの奴は、第一医療棟の遺体は要らないって言ってたんだぜ。それに、あそこに今、僕がいないこともあいつは知ってる。どうして、襲う必要があるんだ……?」
「敵の言う事など、私なら信じないがね。それこそ、彼は一度、君のお父上を裏切っている」
そういうことなのだろうか?
いや、だとしても意味がわからない。それならば、戦力を第三医療棟に集中させ、僕のことを確保するほうが先決だろうに。
それに、リトラは戦闘屋も連れていなかった。となれば恐らく、向こうの最高戦力となるあの男も、襲撃に加担していると言えるだほう。
はたして、そこまでして、第一医療棟を襲う理由があるというのか――?
「くっ、急いで引き返し、加勢せねばなるまい。ここからでも全力で走れば、二十分程度で向こうに着けるはずだ!」
「おいおい、そうしたら、解毒薬はどうなるんだよ! 向こうに加勢しに行った後、ここまで戻ってくる時間があるのか……?」
エイヴァ自身が言っていた。昨日、話し合った時点で制限時間は十時間。そして今は、もう残り二時間弱といったところだろう。
戦闘を終え、無事にここまで戻ってきてから、薬作りを再開する。その手順で、間に合うとは到底思えない。
「……なら、どうするというのだ。悪いが、第一医療棟の患者たちを見捨てるという選択肢は――」
「いや、僕が行く。だからエイヴァは、ここで薬作りを続けてくれ」
僕はそう口にして、勢いよく立ち上がった。片手に掴んだ杖は、まだ手に馴染まないものの、十分に使えそうだ。
「僕は弱いかもしれないけど、下の階に、エミリーが残したリッチたちがいる。あの二体なら、戦力にはなるだろ」
「だが、しかし……」エイヴァは食い下がろうとする。
彼女の気持ちもよくわかる。患者たちの命運がかかっているかもしれないのだ。そんな中、出来損ないの僕に任せるのは不安で仕方ないのだろう。
それでも、誰かが行かなければならない。となれば、第一医療棟とラティーン、両方を救うためには、これしかないのだ。
「お、お師匠様……どうしましょう……?」
シーナが不安そうに、僕らの顔を見回す。
エイヴァが答えを出すまでに要した時間は、おおよそ一分。それだけの間を置いてから、彼女は何かを飲み込むようにして目を伏せた。
「……少年、君に任せた。私も、作業が終わり次第、すぐに追いかける……!」
その言葉に力強く頷いてから、僕は駆け出す。
勿論、リタが負けるなんてことは微塵も考えていない。何もかもが杞憂なら、それで良いのだ。
しかし、僅かでも可能性があるのなら。僕はその芽を潰さざるを得ない――!
「――少年!」
創薬設備のある部屋を出ようとしていた僕を、鋭い声が引き止める。振り返るまでもなく、エイヴァが何か、言葉をかけようとしている気配がした。
急かすのも違うような気がして、僕は暫し、足を止める。一呼吸の間を挟んでから、彼女は続けた。
「……気をつけて行ってきたまえ。私は存外、君のことを気に入っているよ」
知ってるよ、と返す言葉は、加速する風景に溶けてゆき。
僕は、渦中の第一医療棟へと急行した――。
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