赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

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四章『死別という病』編

第二十五話「死、愛、紅蓮の炎」-5

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「な、なんで、なんでだよ、ダグラス。僕は――」

 僕は。
 僕は彼を、疑っていたのだ。

 執事衆が裏切ったのなら、その筆頭たる彼が裏切っていないはずがないと、そう、決めつけていたのだ。

 なのに、彼は身を挺して僕を守った。守ってくれた。その理由がわからなくて、まるで子供のように、僕は。

「異なことを聞きますな、お坊ちゃま」

 しかし、彼は事も無げに。


「私はあなたに、そしてスペクター家に仕えていると、つい先程も言ったでしょう。主君のために命を張るのは、従者として当然のことです」

「で、でも、親父は、もう……!」

「おりませんな。しかし、あなたがいるとも、私は申し上げました。幼い頃より見守っていたあなたが、健やかに生きてくれるのなら、この老いぼれも命を投げ出す甲斐があるというものです」


 命を投げ出す。
 その言葉の意味が、僕にはわかった。
 わかってしまった。

 なのに、もう彼を止められない。命を懸けた彼の前進を、阻むことなどできようはずもない。

「――私は、あの日。反旗を翻した執事衆とカンバールを向こうに回し、ご主人様と共に戦いました。負けるつもりも、死ぬつもりもなかった」

 スペクター邸が焼け落ちた、あの日。
 彼は戦おうとしてくれていたのだ。リトラの凶行を、止めようとしてくれていたのだ。

「しかし、結果はご存じの通り。ご主人は死に、私は無様にも生き残りました。あの日、カンバールがあんな手を使ってこなければ――」

 ダグラスの顔が、険しく歪む。
 それは決して、傷の痛みを堪えているのではない。強いて言うのなら、一番近いのは――怒り、だろうか。


「カンバールは、先に殺害した奥方様たちの魂を、人質に取ったのです。それ故に、ご主人様は実力を発揮しきれず、敗れることとなった……!」

「……っ!」


 ようやく、疑問が氷解した。
 どうして、圧倒的な実力差があるはずの親父が、リトラに負けてしまったのか。

 親父は、優しかった。厳しくも優しく、ただ領民のために、そして、死霊術の発展のために日々を暮らしていた。

 故に、その優しさに付け込まれたのだ。
 故に、もう二度と、その笑みを見ることも叶わないのだ――。

「――最期の会話は終わったか、ダグラス・ハウント」

 ゆらり、エリゴールが臨戦態勢に戻る。

 愉快そうに笑みを浮かべていたはずの口元は、しっかりと結ばれている。もうここから先、猶予も容赦もないのだと、そう、言いたいかのように。


「ええ、終わりましたとも。悪いですな、待っていただいて」

「構わんよ、お前の愛に報いただけだ。愛ある者の死が、無為であってはいけないからな」

「そうですか、なら、そろそろ幕引きとしましょうか」


 ダグラスが杖を、まるで刺突剣のように構える。それを迎え撃つかのように、エリゴールは半身の構えを取った。

 空気が張り詰める。静止した時間の中で、ダグラスの胸を滑り落ちていく血液の雫だけが、時を刻んでいた。

「……漂うものよ、彷徨うものよ、我が言葉に耳を傾け給え」

 嗄れた声が、辺りに響く。

「我は魂の番人。現世に在りて、絶対の理を読み解かんとする者なり」

 詠唱を続けるダグラスの声には、少しずつ、喘鳴が混ざっていく。
 きっと、もう普通に喋るだけでも苦痛なのだ。それでも、彼はもう、止められない。

「灰は灰に、塵は塵に。あらゆるものは還り、巡り、廻るが故に。最期の輝きを、ここに照らし出さん!」

 杖の先から、青白い炎が迸る。

 それを合図にしたかのように、エリゴールが突っ込んでくる。衒いも、迷いもなく、ただ真っ直ぐに。ダグラスの命に、報いるように――。


「――生霊術式、『灰燼帰しアッシュトゥアッシュ』ッ!」

「――見事だ、愛の輩よ!」


 爆発音。
 それと同時に、強い光が僕の視界を奪った。衝突の余波は凄まじく、皮膚がビリビリと震えるような感覚があった。

 そうでなくとも、土煙が二人を覆い隠す。僕はダグラスの名を呼んだつもりでいたが、それすらも轟音がかき消してしまっていた。

 そして、五秒もすれば、辺りには静寂が戻ってくる。
 じわじわと戻ってきた視界の先で、向かい合うのは、二つの人影だ――。

「――だぐら、す……?」


 ――見えたのは、胸を貫かれたダグラスの姿だった。


 鋭い爪は、胸から背中までを貫通し、彼の体からは完全に、力が抜けている。
 からん、と。彼の手から杖が落ちた。それを拾おうともせず、その場にゆっくりと崩れ落ちる。

 僕は咄嗟に、その体を抱き留めた。しかし、もうそこには、魂の気配は感じない。

 半開きの瞼。
 力の入らない関節。
 死んでいる。

 ダグラス・ハウントは、死んでいる――。

「う、ううう、ううううううううっ!」

 それを自覚するのと、涙が溢れてくるのは同時だった。

 頭の中を巡るのは、屋敷で過ごした日々。死霊術の訓練をサボってエミリーと遊んでいて、怒られたこと。こっそりと、他の兄妹には秘密でお菓子をわけてもらったこと。そして、初めて霊符を使った死霊術が使えた日のこと。

 その景色の全てに、ダグラスの姿があった。彼は、両親とはまた違う距離感で、違う尺度で、僕を見守ってくれていた。

 家族。
 そう、僕に残された唯一の家族だったかもしれなかったのだ。

 しかし、それももう、いなくなってしまった。

 最後の最後まで信じられないまま、僕はまた、家族を死なせてしまったのだ。

「さて、さて、さてと。後はお前一人だな、ジェイ・スペクター」

 眼前に、エリゴールが迫ってくる。

 しかしもう、逃げる気力も沸かなかった。ただ、ダグラスの骸を抱いて、僕はそこにへたり込むことしかできない。

 彼のことを思うのなら、たとえ無駄であろうとも、僕はもう一度、杖を手に取って戦うべきなのだ。

 或いはそうでなくとも、拳を振り上げ、蹴り、噛みつき、振り回し、僕の息の根が止まるその時まで、抵抗しなければならないのだ。

 なのに。

「……っ、はっ……!」

 手足に力が入らない。
 リタも、ダグラスも、いなくなってしまった。

 そして、抵抗するもしないも関係なく、僕は数秒後に殺されることが既定事項となっている。

 ――これ以上足掻くことに、何の意味がある?

 そんな、弱気が頭をもたげては――僕の体を、冷え切らせていく。

「ふむ、なるほど。ついに折れた、か。まあ、無理もあるまい。何の慰めにもならんだろうが、お前は頑張ったと、ベストを尽くしたと、少なくとも俺は、そう思うね」

 鉤爪が持ち上げられる。

 切っ先は当然、僕の方へ。ダグラスの体から少しずつ熱が失われていくのを感じながら、どこか他人事のように、僕はそれを眺めていた。

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