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終章『赤き翼』編
第二十七話「過去と朦朧」-2
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燃やし尽くされる酸素のせいか、空気がやけに重い。屋敷の庭を飛び出すかどうかの辺りで、僕は思わず膝をついた。
「っ、はぁ、はぁ……なあ、親父、一体何がどうしたんだよ! リトラは……どうしちまったんだよ……?」
僕の言葉に、親父はすぐには答えなかった。否、答えられなかったのかもしれない。しばらく、葛藤するように目を瞑ると!やがて、胸元に提げたロザリオを握り締めた。
それは、当主の証。幾代も継がれ、無数の死霊術が編み込まれたそれは、親父が最も大切にするものの一つだと、僕は知っていた。
「……奴の狙いは、このロザリオだ。ここに編まれた最新にして、最深の死霊術。それを奪うため、謀反を起こしたのだ」
「最深の……って、なんだよ、それ」
親父は再び、迷うように顔を顰めた。しかし、状況が状況だ。やがては観念したのだろう。
「……死者を、蘇らせる術式だ」
ぽつり、怒りを押し殺したような声で言う。
死者を蘇らせる。
僕はそれを聞いても、まるっきり信じられなかった。今までに学んできた、死霊術の根底を崩すような、第一絶対のルールを覆されるような、そんな言葉が、上手く咀嚼できなかった。
「できるわけないだろ、そんなこと……それくらい、リトラだってわかってるんじゃないのかよ!?」
「……ジェイ」親父は、どこか悲しそうに。
「残念ながら、儂は創り出してしまったのだ。絶対の法則すらも壊してしまう、魂の秘奥を侵す術を」
ありえない、とはもう、言えなかった。
親父は冗談を言わない。つまりこれは、全て真実なのだ。何よりも信じがたい、真実。
そこで、親父の無骨な指先が、首元からロザリオを引き千切った。それを、轟々と燃える炎に透かすようにしながら、さらに続ける。
「勿論、容易い術ではない。一つの魂を呼び戻すために、必要な霊魂は一万に上る。たった、たった一つの命のために、万の犠牲を強いるのだ……!」
奇跡を起こすためには、対価が必要だ。
魔術であれば、地に満ちる魔力。死霊術ならば、熱量となる魂。
死者を生き返らせるなんて、空前絶後の奇跡を起こすのであれば、その対価は必然、限りなく重いものになるということなのだろう。
そこで、親父は僕に、ロザリオを投げ渡してきた。間一髪、取り落とさないように、僕はそれを受け取る。
普段であれば、肌身離すことなどないというのに、どうして。その意味を、数瞬もしないうちに理解することになる。
「いいか、ジェイ。そのロザリオは、儂の罪そのものだ。守り抜け、何に換えても……!」
瞳に宿る、覚悟の灯。
未熟者の僕でも、それは理解できた。理解できてしまった。親父が何をしようとしているのか、何を考えているのか――。
「む、無理だろ、そんなの! 守れって言われても、僕にどうしろっていうんだよ!」
戦う力もない。
考える力もない。
ただ、ここまで生きてきただけの半端者。その程度の存在である僕に、守るだとか罪だとか、そんなものはあまりに重すぎたのだ。
そんな情けない様を見て、親父は僅かに表情を緩めた。安堵ではなく、諦念から来るものであるのだと、僕は直感した。
「はっ、情けない声を出すなよ、我が息子。そんな調子では、儂も覚悟が鈍ってしまう」
「覚悟なんて、そんなの――」
そんなの。
その先を紡ぐことがどういうことか、僕にはわかってしまっていた。親父の口にした思いを、否定することなんて、いくらドラ息子の僕でも、到底。
だから、それ以上を語ることはできず。親子の問答はそこで、途切れることになった。
「――大陸の端。沈まぬ太陽の在処、【夕暮れの街】。そこが、伝説の万能屋【赤翼】の住処だという」
「……【赤翼】?」
聞いたことはあった。絵空事で語られる、大戦の英雄。あらゆる万能屋の祖として名を馳せた、大人物だ。
「ああ、その【赤翼】に頼り、陸の月が終わるまで、奴の魔の手から逃げ切るのだ。そうすればその術式は、効力を失う」
蘇生の術式さえ無くなれば、もう、奴の目論見は挫いたも同然だ――。
「――させないさ、そんなこと」
親父のひび割れた唇がそう発するのと、僕らの目の前にそいつが現れるのは、ほとんど同時だった。
「その術は私のものだ。その術を手にするために、この十年はあった。妄執の十年はあった……!」
あちこちが焼け焦げ、頬には火傷の痕が浮き、それでも、身を動かす執念は止まることがない。
まるで、動く死体のような生者――リトラが、炎の中から這い出してきた。
「……行けい、ジェイよ。儂が時間を稼いでやる、お前が隣町に逃げる時間くらいはな」
「いいや、駄目だ。スペクター家は今日、ここで滅びねばならない。私にその秘術を、譲り渡した上でな……!」
親父とリトラが、同時に杖を構える。
途端、辺りの魂が、死霊が、ぞわぞわとざわめくのがわかった。ある種の超越者同士の戦いが起ころうとしているのだと、そう、直感させるほどの圧を、目の前の二人からは感じた。
「行けい」
「……でも、親父っ!」
「行けい! わからんか、お前しかおらんのだ!」
大声量に、思わず炎さえも揺らぐ。
どうしたらいいのかわからなかった。こうして、回想している今でも、何が正解かはわからない。
それでも、この時の僕は駆け出した。親父から、リトラから、燃える家から、何もかもから逃げ出して、とにかく身の安全を願った。
【赤翼】。
親父が口にしたその名前が、唯一のお守りだった。とにかく、目指すのだ。【夕暮れの街】を、その先に何があるかわからなくても、僕にはそれしか残されていなかった。
そうして、リタと出会って、いくつかの困難を乗り越えて――ああ、今は、いつだっけ。
意識がゆっくりと浮上していく。心地よい揺れが、僕の意識を引き上げていく――。
「っ、はぁ、はぁ……なあ、親父、一体何がどうしたんだよ! リトラは……どうしちまったんだよ……?」
僕の言葉に、親父はすぐには答えなかった。否、答えられなかったのかもしれない。しばらく、葛藤するように目を瞑ると!やがて、胸元に提げたロザリオを握り締めた。
それは、当主の証。幾代も継がれ、無数の死霊術が編み込まれたそれは、親父が最も大切にするものの一つだと、僕は知っていた。
「……奴の狙いは、このロザリオだ。ここに編まれた最新にして、最深の死霊術。それを奪うため、謀反を起こしたのだ」
「最深の……って、なんだよ、それ」
親父は再び、迷うように顔を顰めた。しかし、状況が状況だ。やがては観念したのだろう。
「……死者を、蘇らせる術式だ」
ぽつり、怒りを押し殺したような声で言う。
死者を蘇らせる。
僕はそれを聞いても、まるっきり信じられなかった。今までに学んできた、死霊術の根底を崩すような、第一絶対のルールを覆されるような、そんな言葉が、上手く咀嚼できなかった。
「できるわけないだろ、そんなこと……それくらい、リトラだってわかってるんじゃないのかよ!?」
「……ジェイ」親父は、どこか悲しそうに。
「残念ながら、儂は創り出してしまったのだ。絶対の法則すらも壊してしまう、魂の秘奥を侵す術を」
ありえない、とはもう、言えなかった。
親父は冗談を言わない。つまりこれは、全て真実なのだ。何よりも信じがたい、真実。
そこで、親父の無骨な指先が、首元からロザリオを引き千切った。それを、轟々と燃える炎に透かすようにしながら、さらに続ける。
「勿論、容易い術ではない。一つの魂を呼び戻すために、必要な霊魂は一万に上る。たった、たった一つの命のために、万の犠牲を強いるのだ……!」
奇跡を起こすためには、対価が必要だ。
魔術であれば、地に満ちる魔力。死霊術ならば、熱量となる魂。
死者を生き返らせるなんて、空前絶後の奇跡を起こすのであれば、その対価は必然、限りなく重いものになるということなのだろう。
そこで、親父は僕に、ロザリオを投げ渡してきた。間一髪、取り落とさないように、僕はそれを受け取る。
普段であれば、肌身離すことなどないというのに、どうして。その意味を、数瞬もしないうちに理解することになる。
「いいか、ジェイ。そのロザリオは、儂の罪そのものだ。守り抜け、何に換えても……!」
瞳に宿る、覚悟の灯。
未熟者の僕でも、それは理解できた。理解できてしまった。親父が何をしようとしているのか、何を考えているのか――。
「む、無理だろ、そんなの! 守れって言われても、僕にどうしろっていうんだよ!」
戦う力もない。
考える力もない。
ただ、ここまで生きてきただけの半端者。その程度の存在である僕に、守るだとか罪だとか、そんなものはあまりに重すぎたのだ。
そんな情けない様を見て、親父は僅かに表情を緩めた。安堵ではなく、諦念から来るものであるのだと、僕は直感した。
「はっ、情けない声を出すなよ、我が息子。そんな調子では、儂も覚悟が鈍ってしまう」
「覚悟なんて、そんなの――」
そんなの。
その先を紡ぐことがどういうことか、僕にはわかってしまっていた。親父の口にした思いを、否定することなんて、いくらドラ息子の僕でも、到底。
だから、それ以上を語ることはできず。親子の問答はそこで、途切れることになった。
「――大陸の端。沈まぬ太陽の在処、【夕暮れの街】。そこが、伝説の万能屋【赤翼】の住処だという」
「……【赤翼】?」
聞いたことはあった。絵空事で語られる、大戦の英雄。あらゆる万能屋の祖として名を馳せた、大人物だ。
「ああ、その【赤翼】に頼り、陸の月が終わるまで、奴の魔の手から逃げ切るのだ。そうすればその術式は、効力を失う」
蘇生の術式さえ無くなれば、もう、奴の目論見は挫いたも同然だ――。
「――させないさ、そんなこと」
親父のひび割れた唇がそう発するのと、僕らの目の前にそいつが現れるのは、ほとんど同時だった。
「その術は私のものだ。その術を手にするために、この十年はあった。妄執の十年はあった……!」
あちこちが焼け焦げ、頬には火傷の痕が浮き、それでも、身を動かす執念は止まることがない。
まるで、動く死体のような生者――リトラが、炎の中から這い出してきた。
「……行けい、ジェイよ。儂が時間を稼いでやる、お前が隣町に逃げる時間くらいはな」
「いいや、駄目だ。スペクター家は今日、ここで滅びねばならない。私にその秘術を、譲り渡した上でな……!」
親父とリトラが、同時に杖を構える。
途端、辺りの魂が、死霊が、ぞわぞわとざわめくのがわかった。ある種の超越者同士の戦いが起ころうとしているのだと、そう、直感させるほどの圧を、目の前の二人からは感じた。
「行けい」
「……でも、親父っ!」
「行けい! わからんか、お前しかおらんのだ!」
大声量に、思わず炎さえも揺らぐ。
どうしたらいいのかわからなかった。こうして、回想している今でも、何が正解かはわからない。
それでも、この時の僕は駆け出した。親父から、リトラから、燃える家から、何もかもから逃げ出して、とにかく身の安全を願った。
【赤翼】。
親父が口にしたその名前が、唯一のお守りだった。とにかく、目指すのだ。【夕暮れの街】を、その先に何があるかわからなくても、僕にはそれしか残されていなかった。
そうして、リタと出会って、いくつかの困難を乗り越えて――ああ、今は、いつだっけ。
意識がゆっくりと浮上していく。心地よい揺れが、僕の意識を引き上げていく――。
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