120 / 161
終章『赤き翼』編
第二十七話「過去と朦朧」-3
しおりを挟む
「お、目ぇ覚めた?」
目を開けて、最初に目に入ったのはオレリアの姿だった。
もう三度目になる、大陸間横断鉄道。その寝台列車に乗り込んだ僕たちは、【夕暮れの街】まで暫しの休息を摂っていた。
車窓から射し込む陽光は、まだ日が高いことを実感させる。とはいえ、連日の疲れもあってか、体も瞼もひどく重かった。
「ああ、悪いな。ちょっと、うとうととさ」
伸びを打ちながら、喉の奥に残った気持ちの悪さを、生唾と共に飲み下す。
不快感は、疲労のせいだけではなかった。先程見た酷い夢――親父と、生家の燃え落ちる景色が、瞼の裏に焼き付いたように消えない。
けれど、それを口に出すこともできず、適当に視線を逸らす。窓の外の景色なんかは、いい話の種になった。
「……結構寝ちまったな、どの辺りまで来たんだ?」
「今は丁度、【雨の街】を通過した辺りだね。ついさっき、街の影響圏からは抜けたから、外はよく晴れているよ」
「そうか……リタはどうしてる?」
オレリアは無言で、真横の寝台を指した。
穏やかに寝息を立てるリタは、目覚める気配がない。普段の苛烈さも、騒がしさも、鋭さもなく、ただ一人の少女のように、横たわっている。
「まあ、こればかりは急かすわけにもいかないさね。リタが初めて『炎』を使った時は、一週間寝込んだんだ。すぐには目覚めないさ」
「……一週間、か」
僕は雲間に目を這わせながら思考する。
リトラとの約束まで、あと二日。
今日中には【夕暮れの街】に帰れるだろうから、そこからの移動時間も考えれば、僕に残された猶予は、あと一日弱というところだろうか。
「ああ、そうだね。だから、リタは今回、【大陵墓】での戦いに同行することは、恐らくできないよ」
僕の思考を見抜くように、オレリアは続ける。
「……大丈夫だ、わかってる。こんな状態のリタを巻き込むつもりは、流石の僕にもないさ」
「ふうん、なら、行かないほうがいいんじゃないの? あんた、今度こそ確実に死ぬよ」
確実に死ぬ。
その言葉に、顔が引き攣ってしまったのは否定しない。親父のように、悲壮な決心を固められるほど、僕は完成された人間ではない。
だから、せめてもの抵抗に、オレリアの目を真っ向から睨み返す。そこに意味などないと、知っているのに。
「……確実に死ぬ、なんて、どうして言えるんだ?」
「あんたから聞いてる、そのリトラって男の話からすれば、どんな罠を張ってるかわかったもんじゃないからだよ。それに、場所が【大陵墓】って……」
大陸に墓地は数あれど、【大陵墓】と呼ばれる場所は一箇所しかない。
【夕暮れの街】のほど近くにある、それこそ、馬車でも手配すれば三十分もかからずに着けるであろう、広大な敷地面積を誇る墓場。
『冒涜戦争』や、僕らが今乗っている大陸間横断鉄道を開通させる際の、劣悪な作業環境で命を落とした人々を埋葬した、大陸でも最大規模の共同墓地だ。
かくいう僕も、親父の仕事に帯同してなんどか訪れたことがあった。
確かに、多くの死の気配はしたものの、そこに葬られた魂はほとんどが正しく弔われており、非常に穏やかで調和の取れた場所だったことを覚えている。
「もっとも、リトラが本拠を構えるのであれば、最早同じ場所だとは思わないほうがいいだろうね。大陸最大の墓場が、悪意のある死霊術師の手に落ちるなんて、考えたくもない」
僕は無言で首肯した。同じ死霊術師だからわかるが、【大陵墓】を掌握できているのなら、リトラの奴は無限に等しい力を持っているだろう。
それでも、リタが万全であったのなら、何かしらの方策を用意することはできたのだろうが、彼女は既に、脱落している。
リタを封じ、僕が一人で【大陵墓】に来ざるを得ない動機を用意し――まったく、何もかもが、あいつの手のひらの上だ。
「……それでも、まだ、確実に死ぬとは決まってないさ」
強がるように、僕は口にした。実際に、ほとんどが虚勢であることは否定しない。
「あいつの第一目的、最大の目標である術式の刻まれたロザリオは、僕の手にあるんだ。これは、明確なアドバンテージだろ」
話しながら、同時にそれがどれだけ危うい綱渡りで、どれだけ脆い希望であるかも、自覚していた。
交渉、駆け引き、そんなものが成立する前に、【愛奴】辺りが僕を殺して、こいつを奪い取る公算の方が高い。
戦いにすらさせてもらえない可能性の方が――高い。
「……あたしはね、ジェイ」
オレリアが、リタに目を向ける。
未だに目覚める気配のない彼女は、まるで戦いの日々から完全に解放されたかのように、晴れやかな顔で眠っているように見える。
そんな少女の横顔を見つめながら、さらに続ける。
「あんたに、死んでほしくないのさ。あんたは、『あいつ』がいなくなってから初めて、リタの心を開いた奴だからね」
『あいつ』。
それが誰なのかは、聞かずともわかるような気がした。これまでの彼女についての話で、情報は開示され続けている。
しかし、オレリアは丁寧に、補足を入れてくれた。
「……『あいつ』っていうのはね、初代【赤翼】のことさ。本当の、って言ったほうがいいかね」
そこまでを口にして、彼女は区切りを入れるように僕の様子を伺った。
値踏みをするような、人の底を覗き見ようとするような。エイヴァにも、同じ目をされたことがあるが、今回はどうやら、意味合いが違うようだ。
目を開けて、最初に目に入ったのはオレリアの姿だった。
もう三度目になる、大陸間横断鉄道。その寝台列車に乗り込んだ僕たちは、【夕暮れの街】まで暫しの休息を摂っていた。
車窓から射し込む陽光は、まだ日が高いことを実感させる。とはいえ、連日の疲れもあってか、体も瞼もひどく重かった。
「ああ、悪いな。ちょっと、うとうととさ」
伸びを打ちながら、喉の奥に残った気持ちの悪さを、生唾と共に飲み下す。
不快感は、疲労のせいだけではなかった。先程見た酷い夢――親父と、生家の燃え落ちる景色が、瞼の裏に焼き付いたように消えない。
けれど、それを口に出すこともできず、適当に視線を逸らす。窓の外の景色なんかは、いい話の種になった。
「……結構寝ちまったな、どの辺りまで来たんだ?」
「今は丁度、【雨の街】を通過した辺りだね。ついさっき、街の影響圏からは抜けたから、外はよく晴れているよ」
「そうか……リタはどうしてる?」
オレリアは無言で、真横の寝台を指した。
穏やかに寝息を立てるリタは、目覚める気配がない。普段の苛烈さも、騒がしさも、鋭さもなく、ただ一人の少女のように、横たわっている。
「まあ、こればかりは急かすわけにもいかないさね。リタが初めて『炎』を使った時は、一週間寝込んだんだ。すぐには目覚めないさ」
「……一週間、か」
僕は雲間に目を這わせながら思考する。
リトラとの約束まで、あと二日。
今日中には【夕暮れの街】に帰れるだろうから、そこからの移動時間も考えれば、僕に残された猶予は、あと一日弱というところだろうか。
「ああ、そうだね。だから、リタは今回、【大陵墓】での戦いに同行することは、恐らくできないよ」
僕の思考を見抜くように、オレリアは続ける。
「……大丈夫だ、わかってる。こんな状態のリタを巻き込むつもりは、流石の僕にもないさ」
「ふうん、なら、行かないほうがいいんじゃないの? あんた、今度こそ確実に死ぬよ」
確実に死ぬ。
その言葉に、顔が引き攣ってしまったのは否定しない。親父のように、悲壮な決心を固められるほど、僕は完成された人間ではない。
だから、せめてもの抵抗に、オレリアの目を真っ向から睨み返す。そこに意味などないと、知っているのに。
「……確実に死ぬ、なんて、どうして言えるんだ?」
「あんたから聞いてる、そのリトラって男の話からすれば、どんな罠を張ってるかわかったもんじゃないからだよ。それに、場所が【大陵墓】って……」
大陸に墓地は数あれど、【大陵墓】と呼ばれる場所は一箇所しかない。
【夕暮れの街】のほど近くにある、それこそ、馬車でも手配すれば三十分もかからずに着けるであろう、広大な敷地面積を誇る墓場。
『冒涜戦争』や、僕らが今乗っている大陸間横断鉄道を開通させる際の、劣悪な作業環境で命を落とした人々を埋葬した、大陸でも最大規模の共同墓地だ。
かくいう僕も、親父の仕事に帯同してなんどか訪れたことがあった。
確かに、多くの死の気配はしたものの、そこに葬られた魂はほとんどが正しく弔われており、非常に穏やかで調和の取れた場所だったことを覚えている。
「もっとも、リトラが本拠を構えるのであれば、最早同じ場所だとは思わないほうがいいだろうね。大陸最大の墓場が、悪意のある死霊術師の手に落ちるなんて、考えたくもない」
僕は無言で首肯した。同じ死霊術師だからわかるが、【大陵墓】を掌握できているのなら、リトラの奴は無限に等しい力を持っているだろう。
それでも、リタが万全であったのなら、何かしらの方策を用意することはできたのだろうが、彼女は既に、脱落している。
リタを封じ、僕が一人で【大陵墓】に来ざるを得ない動機を用意し――まったく、何もかもが、あいつの手のひらの上だ。
「……それでも、まだ、確実に死ぬとは決まってないさ」
強がるように、僕は口にした。実際に、ほとんどが虚勢であることは否定しない。
「あいつの第一目的、最大の目標である術式の刻まれたロザリオは、僕の手にあるんだ。これは、明確なアドバンテージだろ」
話しながら、同時にそれがどれだけ危うい綱渡りで、どれだけ脆い希望であるかも、自覚していた。
交渉、駆け引き、そんなものが成立する前に、【愛奴】辺りが僕を殺して、こいつを奪い取る公算の方が高い。
戦いにすらさせてもらえない可能性の方が――高い。
「……あたしはね、ジェイ」
オレリアが、リタに目を向ける。
未だに目覚める気配のない彼女は、まるで戦いの日々から完全に解放されたかのように、晴れやかな顔で眠っているように見える。
そんな少女の横顔を見つめながら、さらに続ける。
「あんたに、死んでほしくないのさ。あんたは、『あいつ』がいなくなってから初めて、リタの心を開いた奴だからね」
『あいつ』。
それが誰なのかは、聞かずともわかるような気がした。これまでの彼女についての話で、情報は開示され続けている。
しかし、オレリアは丁寧に、補足を入れてくれた。
「……『あいつ』っていうのはね、初代【赤翼】のことさ。本当の、って言ったほうがいいかね」
そこまでを口にして、彼女は区切りを入れるように僕の様子を伺った。
値踏みをするような、人の底を覗き見ようとするような。エイヴァにも、同じ目をされたことがあるが、今回はどうやら、意味合いが違うようだ。
0
あなたにおすすめの小説
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる