126 / 161
終章『赤き翼』編
第二十八話「突破口」-5
しおりを挟む「そうか、それじゃあ早速――」
「まず、そのいち」僕の言葉を遮るように。「『焦るな。相手の狙いは、お前さんの冷静さを奪うことだ』」
まるで、見透かしているかのようだった。
焦燥に突き動かされ、普段通りに思考は回っていない。確かに今の僕は、冷静ではないのだろう。
「……オレリア様から聞いてる。ジェイ様、明後日にはあいつらと、戦いに行くんでしょ?」
「ああ、そうだ。これはもう、日程としては動かすこともできない」
「ラティーン様が危惧していたのは、そこ。あの戦闘屋が毒のナイフで刺してきた、あの瞬間から、ジェイ様の未来の行動が、全部向こうの思い通りに回っている」
――即時対応しなければならない致死毒。
――その解毒薬を作るためのタイムリミット。
――そして、今回の【大陵墓】への呼び出し。
確かに、全ての刻限を向こうに定められている、と言っても過言ではなさそうだ。
「とはいえ、それも仕方ないんじゃないのか? 本来であれば、タイムリミットがあるのは相手の方なんだ」
陸の月が終われば、術は使えなくなる。
つまり向こうは、その前に、僕を押さえなければならない。
「……あれれ、おかしいですね。ジェイ様」
「おかしいって、何がだよ。全部事実で――」
「――そうであれば、焦るのは向こう側のはずでしょう。どうして、ジェイ様が追い込まれているの?」
息が止まるような感覚があった。
確かに、そうだ。この逃走劇が始まった時点では、リトラの方が急ぐ必要があったはずなのだ。
それがいつの間にか、逆転してしまっていた。相手に定められた刻限に、僕がはめ込まれてしまっていた。
「いいえ、いいえ。見誤らないでください」
驚く僕に、さらにマキナは重ねる。
「主導権は依然、こちら側にあります。相手がどんな人質を取っていても、どれだけの軍勢を率いていても、向こうの第一目的は、ジェイ様の手の中にある」
「……そうか。例え、どれだけの人間を鏖殺したとしても、どれだけの時間をかけたとしても、これが手に入らなければ、全部ご破算だもんな」
ロザリオに手をかける。そういった意味では、【イットウ】にて、苦し紛れで僕が発した強がりは、実は遠からずだったわけだ。
「ええ、『実は、あいつらいっぱいいっぱいだと思うぜ』。これが、ラティーン様の二つ目のお言葉です」
「いっぱいいっぱい、ね。仮にリトラが追い込まれていたとしても、敵はそれだけじゃない」
「はい、承知しています」マキナは、それも予想していたかのように。
「そして、いっぱいいっぱいなのも、恐らく、そのリトラという人物だけではないと、そう言っておりました」
疑問符が浮かんだ。
リトラだけではない? そんなことを言われても、相手方で他に知っている奴なんて、ほとんどいない。
寝返った執事衆が残っていればそいつらは知っているが、未だに顔を見せていない連中を、勘定には入れられない。
となれば後は――【愛奴】。
しかし、あいつこそ余裕綽々だった。リタの炎には、流石に驚いていたようだったが、僕一人では脅かすこともできまい。
とはいえ、最初にマキナは言っていた。ラティーンが刺されたあの時のことについて、話したいことがあるのだと。
ならば、これが現状、最強の敵である彼を打破する、突破口になり得るのだろうか?
「そして、これが最後のお言葉――」
と、彼女が言いかけたところで、紅茶とケーキセットを運んできたウェイトレスに、僕らの間は一時遮られる。
目の絵に現れた、甘い香りと立ち上る湯気。マキナは、落ち着いた様子でティーカップを手に取りながら、少しだけ微笑んだ。
「――『リタを信じろ』。あのお方は、最後には必ず、ジェイ様の期待に応えてくれる、と」
リタを、信じる。
それは彼女と過ごした、この陸の月の間、絶えず行ってきたことのはずだった。
しかし、今の僕は素直に頷くことができなかった。
「……正直、さ」
僕は、素直に打ち明けた。今のマキナになら、何を話してもいいような気がしていた。
リタのように鮮やかな苛烈さも、オレリアのように、温かな朗らかさもない。落ち着いた水面の如き彼女は、まるで、自分を映す鏡のようだったから。
だから、何もかもを吐き出してしまう。
「これ以上、リタを巻き込むことを躊躇している自分もいるんだ。あいつは、僕のせいで随分と傷付いた」
そして今は、いつ目覚めるかもわからないような状況だ。
傷だらけになりながら、流れる血を拭おうともしないまま、幾度も立ち向かう彼女の姿を、僕はずっと見てきた。
見ていて、何もできなかった。
いくら仕事だとはいえ、いくら万能屋だとはいえ、これ以上、あいつのそんな姿を見るのは――少しだけ、嫌だった。
0
あなたにおすすめの小説
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる