赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

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終章『赤き翼』編

第二十八話「突破口」-5

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「そうか、それじゃあ早速――」

「まず、そのいち」僕の言葉を遮るように。「『焦るな。相手の狙いは、お前さんの冷静さを奪うことだ』」


 まるで、見透かしているかのようだった。
 焦燥に突き動かされ、普段通りに思考は回っていない。確かに今の僕は、冷静ではないのだろう。


「……オレリア様から聞いてる。ジェイ様、明後日にはあいつらと、戦いに行くんでしょ?」

「ああ、そうだ。これはもう、日程としては動かすこともできない」

「ラティーン様が危惧していたのは、そこ。あの戦闘屋が毒のナイフで刺してきた、あの瞬間から、ジェイ様の未来の行動が、全部向こうの思い通りに回っている」


 ――即時対応しなければならない致死毒。
 ――その解毒薬を作るためのタイムリミット。
 ――そして、今回の【大陵墓】への呼び出し。

 確かに、全ての刻限を向こうに定められている、と言っても過言ではなさそうだ。

「とはいえ、それも仕方ないんじゃないのか? 本来であれば、タイムリミットがあるのは相手の方なんだ」

 陸の月が終われば、術は使えなくなる。
 つまり向こうは、その前に、僕を押さえなければならない。


「……あれれ、おかしいですね。ジェイ様」

「おかしいって、何がだよ。全部事実で――」

「――そうであれば、焦るのは向こう側のはずでしょう。どうして、ジェイ様が追い込まれているの?」


 息が止まるような感覚があった。
 確かに、そうだ。この逃走劇が始まった時点では、リトラの方が急ぐ必要があったはずなのだ。

 それがいつの間にか、逆転してしまっていた。相手に定められた刻限に、僕がはめ込まれてしまっていた。

「いいえ、いいえ。見誤らないでください」

 驚く僕に、さらにマキナは重ねる。


「主導権は依然、こちら側にあります。相手がどんな人質を取っていても、どれだけの軍勢を率いていても、向こうの第一目的は、ジェイ様の手の中にある」

「……そうか。例え、どれだけの人間を鏖殺したとしても、どれだけの時間をかけたとしても、これが手に入らなければ、全部ご破算だもんな」


 ロザリオに手をかける。そういった意味では、【イットウ】にて、苦し紛れで僕が発した強がりは、実は遠からずだったわけだ。


「ええ、『実は、あいつらいっぱいいっぱいだと思うぜ』。これが、ラティーン様の二つ目のお言葉です」

「いっぱいいっぱい、ね。仮にリトラが追い込まれていたとしても、敵はそれだけじゃない」

「はい、承知しています」マキナは、それも予想していたかのように。
「そして、いっぱいいっぱいなのも、恐らく、そのリトラという人物だけではないと、そう言っておりました」


 疑問符が浮かんだ。
 リトラだけではない? そんなことを言われても、相手方で他に知っている奴なんて、ほとんどいない。

 寝返った執事衆が残っていればそいつらは知っているが、未だに顔を見せていない連中を、勘定には入れられない。

 となれば後は――【愛奴】。

 しかし、あいつこそ余裕綽々だった。リタの炎には、流石に驚いていたようだったが、僕一人では脅かすこともできまい。

 とはいえ、最初にマキナは言っていた。ラティーンが刺されたあの時のことについて、話したいことがあるのだと。

 ならば、これが現状、最強の敵である彼を打破する、突破口になり得るのだろうか?

「そして、これが最後のお言葉――」

 と、彼女が言いかけたところで、紅茶とケーキセットを運んできたウェイトレスに、僕らの間は一時遮られる。

 目の絵に現れた、甘い香りと立ち上る湯気。マキナは、落ち着いた様子でティーカップを手に取りながら、少しだけ微笑んだ。

「――『リタを信じろ』。あのお方は、最後には必ず、ジェイ様の期待に応えてくれる、と」

 リタを、信じる。
 それは彼女と過ごした、この陸の月の間、絶えず行ってきたことのはずだった。

 しかし、今の僕は素直に頷くことができなかった。

「……正直、さ」

 僕は、素直に打ち明けた。今のマキナになら、何を話してもいいような気がしていた。

 リタのように鮮やかな苛烈さも、オレリアのように、温かな朗らかさもない。落ち着いた水面の如き彼女は、まるで、自分を映す鏡のようだったから。

 だから、何もかもを吐き出してしまう。

「これ以上、リタを巻き込むことを躊躇している自分もいるんだ。あいつは、僕のせいで随分と傷付いた」

 そして今は、いつ目覚めるかもわからないような状況だ。
 傷だらけになりながら、流れる血を拭おうともしないまま、幾度も立ち向かう彼女の姿を、僕はずっと見てきた。

 見ていて、何もできなかった。

 いくら仕事だとはいえ、いくら万能屋だとはいえ、これ以上、あいつのそんな姿を見るのは――少しだけ、嫌だった。

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