127 / 161
終章『赤き翼』編
第二十八話「突破口」-6
しおりを挟む
そこまで考えたところで、思わず自嘲的な笑いがこみ上げてきた。あれだけ依頼人と万能屋の関係だと繰り返してきたのに、結局のところ、情が湧いてしまっていたのだ。
「……そうですね、確かに、そこまでボロボロになったリタ様は、私も見たことがない」
「そうだろ? だから……」
「失礼ですが」またしても、彼女は遮るように。
「ジェイ様には、かけがえのないものはありますか?」
かけがえのないもの?
突然の突飛な質問に、僕は窮した。急に言われても、そんなことは思い付かない。
あるいは、僕の大切なものは全て、家族と共に焼け落ちてしまったとも言えるのかもしれない。今の僕が抱えているのは、一握の灰でしかないのだとも。
そこで、マキナは一口、紅茶を口に含んだ。ここから先を話すために、喉を湿らせる必要があるとでも言うように。
「『代わりのない物なんてない。この世は代替品と上位互換に溢れてる』。これもまた、受け売りの言葉です」
「……悲しい言葉だな。でも、真理めいてる。一体、誰の言葉なんだ?」
「リタ様のお師匠様。もう、オレリア様から聞いているでしょう?」
リタの師匠。
つまり、初代【赤翼】。押しも押されぬ、文句無しの英雄が放った言葉にしては、いやに弱気な響きにも思えた。
「とはいえ、皮肉なもんだ。上位互換なんていない、代わりの効かない英雄が言ったんじゃ、折角の名台詞も何だか、鼻につくよな」
「そうですか? 上位互換はともかくとしても、代わりはしっかり見つかっていると思うけど」
「……そうか、そうだったな」
二代目【赤翼】。
リタ・ランプシェード。
伝説を継ぐものにして、現代最高の万能屋であることは間違いない。彼女の実力を疑うものは誰一人いないだろう。
【赤翼】の代替わりが、恐らく十年以上明るみに出ていないのが、何よりの証左だ。
「リタ様にとって、かけがえのないものと言えば、その名前。【赤翼】は完璧で、【赤翼】は無欠で、そして何よりも、【赤翼】は最強じゃなくちゃならないんです」
「……だから、一度負けた【愛奴】を倒すために、必ず立ち上がってくる、と言いたいのか?」
「そうではありません。むしろ、リタ様がその名を懸けているのは、あなたの護衛に対して。だから、あなたの道行きがどうなるのか、最後まで見届けてくれるはず」
機械仕掛けのように。
淡白な口調でありながら、それが見た目ほどに冷めていないことは、鈍感な僕でもわかった。
それは、忖度や気遣いとは違うもの。彼女の、リタのこれまでの行いが、周囲の人々に、その名の重さに火をつけたのだ。
僕はそれを、羨ましいとすら思った。
僕も、偉大なる父から名を継いでいる。最強の死霊術師集団、スペクター家。しかし、僕はそれに見合うような活躍は、何一つとしてできていない。
「……リタが、己の名前に懸けてでも、戦いに駆けつけてくれるっていうのなら。僕は、一体どうすればいいんだろうな」
テーブルに思い切り突っ伏せる。木製の天面は、頬をつければ木の温かみが、ゆっくりと全身に染み入ってくるようだった。
どうすれば、そんな彼女に報いることができるのか。
ふと、第一医療棟での出来事を思い出した。ダグラスと再会する前、僕に向かって伸ばされていた指先。
そして、出陣の前に口にしていた、話したいこととやら。
結局、彼女の思いの正体は掴めない。今も、何一つとしてわからないままで、僕はここまで来てしまっている。
「どうするも何も」それでも、マキナは平然と。
「従うしかないんじゃないですか。自分の、かけがえのないものに。誰だって、そうして生きている」
代わりのないもの。
代替不能で、上位互換の存在しないもの。
僕に、そんなものがあるだろうか。
誰にだってあるべきものだというのなら、それは僕が欠けた人間であることの証拠であるような気がした。
オレリア、ラティーンとマキナ、エイヴァやシーナ。もしかすると、リトラや【愛奴】ですら、持っているものを、僕は、取り落としているのかもしれない――。
「――待てよ、もしかして、それって」
かけがえのないものが、誰にでもあるとするのなら。
僕の頭に、閃きのようなものが走った。それは、ほんの僅かなアイデア、今まで継ぎ目の見つからなかった扉を開くための、言われなければわからない程度の取っ掛かりかもしれない。
それでも、今の僕には得難いものだ。この袋小路を出るために必要なピースの一つである――そんな気がした。
僕は勢いよく紅茶を飲み干して、席を立つ。残されたマキナが、僕の背中を無感動に見つめている。
「……ジェイ様、座って」
「いいや、座らないね。ようやく、光明が見えたんだ。これを手繰っていけば、もしかすると――」
「まだ、ケーキが残ってますから。だから、座って」
そういうことかよ、と悪態を吐いたのは許してほしい。
それでも、僕がやるべきことは決まった。できるかどうかはさておいて、やらなければならないことは、ひとまず。
後は、事態がどこまで、予想通りに運んでくれるか。こればかりはどこまでいっても、運否天賦だ。
ひとまず今は、一口の小さい彼女が、拳二つほどの大きさのケーキを平らげるのを、待つことしかできなかった。
「……そうですね、確かに、そこまでボロボロになったリタ様は、私も見たことがない」
「そうだろ? だから……」
「失礼ですが」またしても、彼女は遮るように。
「ジェイ様には、かけがえのないものはありますか?」
かけがえのないもの?
突然の突飛な質問に、僕は窮した。急に言われても、そんなことは思い付かない。
あるいは、僕の大切なものは全て、家族と共に焼け落ちてしまったとも言えるのかもしれない。今の僕が抱えているのは、一握の灰でしかないのだとも。
そこで、マキナは一口、紅茶を口に含んだ。ここから先を話すために、喉を湿らせる必要があるとでも言うように。
「『代わりのない物なんてない。この世は代替品と上位互換に溢れてる』。これもまた、受け売りの言葉です」
「……悲しい言葉だな。でも、真理めいてる。一体、誰の言葉なんだ?」
「リタ様のお師匠様。もう、オレリア様から聞いているでしょう?」
リタの師匠。
つまり、初代【赤翼】。押しも押されぬ、文句無しの英雄が放った言葉にしては、いやに弱気な響きにも思えた。
「とはいえ、皮肉なもんだ。上位互換なんていない、代わりの効かない英雄が言ったんじゃ、折角の名台詞も何だか、鼻につくよな」
「そうですか? 上位互換はともかくとしても、代わりはしっかり見つかっていると思うけど」
「……そうか、そうだったな」
二代目【赤翼】。
リタ・ランプシェード。
伝説を継ぐものにして、現代最高の万能屋であることは間違いない。彼女の実力を疑うものは誰一人いないだろう。
【赤翼】の代替わりが、恐らく十年以上明るみに出ていないのが、何よりの証左だ。
「リタ様にとって、かけがえのないものと言えば、その名前。【赤翼】は完璧で、【赤翼】は無欠で、そして何よりも、【赤翼】は最強じゃなくちゃならないんです」
「……だから、一度負けた【愛奴】を倒すために、必ず立ち上がってくる、と言いたいのか?」
「そうではありません。むしろ、リタ様がその名を懸けているのは、あなたの護衛に対して。だから、あなたの道行きがどうなるのか、最後まで見届けてくれるはず」
機械仕掛けのように。
淡白な口調でありながら、それが見た目ほどに冷めていないことは、鈍感な僕でもわかった。
それは、忖度や気遣いとは違うもの。彼女の、リタのこれまでの行いが、周囲の人々に、その名の重さに火をつけたのだ。
僕はそれを、羨ましいとすら思った。
僕も、偉大なる父から名を継いでいる。最強の死霊術師集団、スペクター家。しかし、僕はそれに見合うような活躍は、何一つとしてできていない。
「……リタが、己の名前に懸けてでも、戦いに駆けつけてくれるっていうのなら。僕は、一体どうすればいいんだろうな」
テーブルに思い切り突っ伏せる。木製の天面は、頬をつければ木の温かみが、ゆっくりと全身に染み入ってくるようだった。
どうすれば、そんな彼女に報いることができるのか。
ふと、第一医療棟での出来事を思い出した。ダグラスと再会する前、僕に向かって伸ばされていた指先。
そして、出陣の前に口にしていた、話したいこととやら。
結局、彼女の思いの正体は掴めない。今も、何一つとしてわからないままで、僕はここまで来てしまっている。
「どうするも何も」それでも、マキナは平然と。
「従うしかないんじゃないですか。自分の、かけがえのないものに。誰だって、そうして生きている」
代わりのないもの。
代替不能で、上位互換の存在しないもの。
僕に、そんなものがあるだろうか。
誰にだってあるべきものだというのなら、それは僕が欠けた人間であることの証拠であるような気がした。
オレリア、ラティーンとマキナ、エイヴァやシーナ。もしかすると、リトラや【愛奴】ですら、持っているものを、僕は、取り落としているのかもしれない――。
「――待てよ、もしかして、それって」
かけがえのないものが、誰にでもあるとするのなら。
僕の頭に、閃きのようなものが走った。それは、ほんの僅かなアイデア、今まで継ぎ目の見つからなかった扉を開くための、言われなければわからない程度の取っ掛かりかもしれない。
それでも、今の僕には得難いものだ。この袋小路を出るために必要なピースの一つである――そんな気がした。
僕は勢いよく紅茶を飲み干して、席を立つ。残されたマキナが、僕の背中を無感動に見つめている。
「……ジェイ様、座って」
「いいや、座らないね。ようやく、光明が見えたんだ。これを手繰っていけば、もしかすると――」
「まだ、ケーキが残ってますから。だから、座って」
そういうことかよ、と悪態を吐いたのは許してほしい。
それでも、僕がやるべきことは決まった。できるかどうかはさておいて、やらなければならないことは、ひとまず。
後は、事態がどこまで、予想通りに運んでくれるか。こればかりはどこまでいっても、運否天賦だ。
ひとまず今は、一口の小さい彼女が、拳二つほどの大きさのケーキを平らげるのを、待つことしかできなかった。
0
あなたにおすすめの小説
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる