最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない

花瀬ゆらぎ

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第一章 無口な騎士団長は初夜を逃さない

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 不機嫌そうに現れたシルヴィオを見て、リーゼは戸惑った。

 濡れた銀髪を無造作にかき上げ、ゆったりとしたシャツを羽織っただけの姿。
 戦場で見せたであろう冷徹な騎士の顔はなく、そこには、いつか目にした一人の男の熱が揺らめいていた。

 リーゼは矢庭に落ち着かなくなった。
 結婚式の夜に、このように熱っぽいまなざしをしたシルヴィオを思い出してしまったのだ。

「も、申し訳ありません。すぐにベッドのご準備を……」
「その必要はもうない」
「必要ないとは……?」

 シルヴィオに腕をつかまれて、ヒィッとわずかに身をすくめると、彼はふっと口元をゆるめた。

「メイドたちに任せた。今ごろ、俺たちを受け入れる準備は整っているだろう」

 そう言い終わるや否や、リーゼの視界は一瞬で反転した。

「きゃっ……!」

 短い悲鳴と共に、リーゼの体は宙に浮いていた。軽々と抱き上げられ、逞しい腕の中に収まってしまう。

「シ、シルヴィオ様っ、歩けますっ!」
「長い夜はまだこれからだ。……体力は温存しておけ」
「体力って……?」
「あなたは病弱だと聞いている。だが……すまない。今夜はもう、手加減できそうにない」

(何を謝るのかしら……?)

 ちらりと、リーゼを眺めたシルヴィオの頬はわずかに赤らんでいた。

 戸惑う彼女を抱えたまま、彼は急いで廊下へと出た。階段を駆け上がり、寝室の扉を目にすると、ますます駆け足になった。

「……着いたぞ」

 シルヴィオは重厚な扉を足で押し開けると、天蓋付きの大きなベッドへとリーゼを横たえた。

 沈み込むような柔らかな感触。
 よみがえるのは、あの結婚式の夜──

 揺らめくろうそくの奥で、シルヴィオはねっとりとしたまなざしでリーゼを見つめていた。
 どうにも落ち着かず、おびえるように胸もとをつかんで後ずさると、なぜか彼は小さなため息を落とし、テーブルの上の小剣を手に取った。

 止める間もなかった。シルヴィオは広げた手のひらを小剣で切りつけた。
 驚きで声も出せないリーゼの目の前で、ぽたりぽたりと流れる鮮血がシーツを赤く染めた。

 めまいがして、天井が回った。
 そのあとのことはよく覚えていない。

 朝目覚めると、婚礼の儀式が無事に済んだ証を神官が確認し、名実ともに夫婦になったのだとシルヴィオから聞かされた。

 その日から寝室をともにしていたが、シルヴィオは何か言いたげな目をするだけで、結局、何も言わずに数日後、戦地へ旅立った。

 あの日の記憶が鮮明に思い出され、リーゼは恐怖した。

 また、彼が自身を傷つけるさまを見せつけられるのか……。
 それだけは嫌だ。

 逃げる間もなく、覆いかぶさってきたシルヴィオが、逃げ道を塞ぐように両手をつく。

「シ、シルヴィオ様……、何を……」
「逃げるな。あなたのすべてを目に焼き付けたい」
「何を、何をなさるのです……?」

 ドレスのひもを解かれ、肩があらわになり、リーゼはぶるぶると震えた。

「怯えるな。……本来なら、あの日に済ませておくべきことだった」
「ですから、何を……」
「あなたは嫌だったのではないか。いや……、今もだ」

 何を言っているのか、リーゼはさっぱりわからなかった。

「あのときの俺は、あなたを傷つけたまま、戦地に向かう決意はできなかった。だが、今は違う。俺はこの半年、あなたを想わない日はなかった。もう一度会えたら、必ず……と決めていた」
「私は何も傷ついたりはしていません……」

 傷ついたのは、シルヴィオだったのではないか。

 リーゼは恐る恐る彼の手に触れた。
 大きくて分厚く、ゴツゴツとしている。その手のひらをいたわるようにするりとなでると、青い瞳が熱をはらんで揺らいだ。

「覚悟してくれ。……できる限り優しくすると、誓う」
「シルヴィオ様……?」
「あなたを抱きたいのだ。嫌でも……、頼む。俺を受け入れてほしい」

 耳元で囁かれるかすれた声に、リーゼの思考は真っ白に染まった。

 急いでシャツを脱いだシルヴィオの大きな身体が、ドレスを取り払われた細くて白い肌を覆う。
 心臓が早鐘を打ち、熱い吐息が漏れる。

「シルヴィオ、様……」

 彼を呼ぶ声は、重なった唇とともに甘く封じ込められた。
 いつしか、リーゼの罪悪感もためらいも、彼のすべてに飲み込まれていった。
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