氷結の毒華は王弟公爵に囲われる

カザハナ

文字の大きさ
657 / 805
後日談

59

しおりを挟む
 アレクシス夫妻が長蛇の列に挨拶へと向かい、暫く経った頃、一組の貴族がエドワルドの用意した特別席の方へと近付いて来る。


「ジルギリス殿、ジーン殿、お久し振りです。挨拶が遅れて申し訳ありません」

「ネイル君、久し振りだね。忙しい時期なのに、態々会いに来てくれて有難う」

「いえ、こちらも一度は挨拶をして置きたかったので、有り難かったです」


 見た目は優男と言っても良い、アシュリーの元婚約者よりも格好良いと言える男性で、過去にそんな突拍子も無い事をしたようには見えないし、学者と言うにはかなり若い。

 アシュリーが内心首を傾げていると、その男性とバッチリと目が合ってしまい、向こうから話し掛けて来た。


「君が噂のジーン殿の花嫁だね?初めまして、私はネイル=グリマードと申します。以後お見知り置きを」

「初めまして、わたくしアシュリー=セイルと申します。こちらこそ、以後お見知り置きをお願い致します」


 アシュリーはネイルと名乗った男性の名前に、何か引っ掛かりを覚えた。

(……?ネイル=グリマード、ネイル=グリマード……?どこかで見た、よ、うな……)

 頭の中で思考を巡らせていると、ふと、エヴァンス家の図書室が思い浮かび、その中に置かれていた本を思い出した。


「『肥沃な土壌で無くても育つ食物』と言う題の本を、エヴァンス家の図書室で見た事が有ります。その著者が、ネイル=グリマードと言う方でした。わたくし、ゴート領にいた時にこの本と出会っていたならば、その食物となる植物を取り寄せて、試してみたかったと思った事が有ります。ゴート領は植物の育ちが悪い土地でしたので、もう少し収穫量が増えれば、領民達も豊かになるのにと、歴代ゴート家の血を継ぐ当主が気に掛けていた事なのです」


 エヴァンス家の図書室でその本を見付けた時、アシュリーは故郷に思いを馳せはしたが、もうあの地に戻れない事は、アシュリー自身が充分理解していた。

 アシュリーはもう、ゴート家の娘では無い。

 あの地に役立つ本を見付けたとしても、どうしようもない事だった。

 だから、手に取りはしたが、本を開く事は出来ずにそのまま元の場所に戻したのだ。

(まさか、あの時の本の著者に会えるだなんて……)

 アシュリーは心の中で自嘲した時、ジーンがアシュリーに優しげな笑顔で伝える。


「だからこそ彼が適任だと思い、ゴート領だった領地の後任領主を彼にして欲しいと陛下に頼んだんだよ。彼は侯爵の次男だけど、植物の品種改良や土壌改良に力を入れていて、数々の功績を残してるから、伯爵位を授与される事になっているけれど、領地がまだ未定状態だったから、丁度良いなと思っていたんだ。彼も肥沃な土地よりも痩せた土地の方が研究のし甲斐が有ると言っていたし、彼となら元々交流が有るから、彼の領地に遊びに行く事も出来るしね。それに、継承する事や、住む事は出来ないけれど、アーシュにとっての故郷である事に変わりは無いし、そんな大切な場所を、どうでもいい相手に任せる事は出来ない。何より、アーシュの憂いを少しでも取り除くのは、他の誰でも無い、私の役目だと思っているからね」


 ジーンの言葉が、アシュリーの心に強く響く。


「っっ!!……ジーン様っ!」


 アシュリーは泣きそうになるのを必死で堪えながら、ジーンに選ばれて良かったと、心の奥底から思ったのだった。
しおりを挟む
感想 2,440

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...