初恋の終わり ~夢を叶えた彼と、居場所のない私~

あんこ

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リシュリー㉚

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 不在にしていたデイブさんが戻って来るなり、二人だけで話がしたいと声を掛けられた。


「でぶーッ! おきゃえりぃ!」

「おお、エレノア、ただいま」


 三日ぶりのデイブさんに甘え纏わりつくエレノアをなんとか引き剥がして両親に預け、空いている部屋に移る。何故か緊張した面持ちで、労いの言葉もそこそこに黙りこくってしまったデイブさんに内心で首を傾げながらも、じっと言葉を待つ。


「多分気付いていると思うけど、俺がここ数日出かけていたのはシーラ商会――正確に言えばそのバックについている子爵家やエルンスト伯爵家に対抗するための後ろ盾を探していたから、否、違うな、探していたっていうか……交渉していたんだ」


 乾いた唇をぺろりと舐めたデイブさんの表情はなんだか強張っている。
 私は黙って頷いて先を促した。


「で、解決策は見つかったといえば見つかったんだけど……それには、俺と君が、その……」

「デイブさんと私が……?」


 口ごもるデイブさんは私と床に視線を行ったり来たりさせながら、酷く落ち着かない様子だ。


「一応言っておくと、決して強制じゃない。無理強いしようなんて思ってないから、それだけは分かって」

「はい」

「結論から言うと、筆頭公爵家が後ろ盾になってもいいと言ってくれている」

「ほ、本当ですかッ?!」

「ああ……但し、条件は俺と君が結婚すること、だ」

「……………え?」


(今、なんて?)


 目を丸くして固まる私の向い側で、デイブさんが深い息を吐いた。


「ごめん、変なこと言って……。先方には散々言ったんだよ。伯爵との結婚を断ってこんな事態になっているのに、どうにかするための策が俺みたいなおっさんとの結婚が条件なんて馬鹿げてる。それじゃ強要される結婚の相手が挿げ替わっただけで意味ない、って。だけど向こうがどうしても引かなくってさ……」

 驚きのあまりに、デイブさんの言葉が耳に入って来ない。
 筆頭公爵家、って言ったら、アレよね? 王族の血が入っているような、兎に角凄く地位の高い人よね?
 そんな人(家?)とデイブさんに繋がりがあったこと自体が驚きだけれど、なんでそんな高貴な人達が私みたいな平民とデイブさんを結婚させたがるのだろう。


「えーと、いきなり言われても困るよな……。取り合えず、なんでそうなったのか話すから、俺の話を聞いてくれる?」


 私が首肯すると、困り顔のデイブさんは大した話じゃないんだけど、って前置きをしながら話し始めた。


「リリーちゃんには言ってなかったけど、俺、実は貴族の出身なんだ。貴族っていっても生家は取るに足らない男爵家で、その辺の裕福な商家の方が余程力を持っているくらいの貧乏貴族なんだけどさ」


 ああ、やっぱり。
 デイブさんの言葉に、最初に抱いた感想はそれだった。普段から見え隠れしていた優雅な仕草や、妙に貴族社会に詳しい所、王宮でも平然として歩いていたこと……これまで僅かに違和感を覚えていた事柄が全て繋がった気がする。


「元々俺は長男で、男爵家の跡取りだったんだ。だけど俺がちょうど十歳の時、遠縁の公爵家から養子に取りたいと打診があった。俺はその頃には既に男爵家の跡取りとしての教育が始まっていたし、両親は一度は断ったんだ。だけど、弱小男爵家が筆頭公爵家に逆らえる訳ない。結果的には多額の金と引き換えに、その後すぐ公爵家に養子として迎え入れられた」

「……その公爵家には、お子さんがいなかったんですか?」

「いや、一人娘がいた。だけど王子の婚約者に選ばれてしまっていてね。行く行くは王子との間に生まれるであろう子の一人を跡取りにする約束にはなっていたんだけど、中継ぎの跡継ぎが欲しかったんだ」

「中継ぎ……?」

 聞きなれない言葉に首を傾げと、デイブさんが説明してくれた。

「あー……つまり、公爵家の跡取りとなる王子の子が生まれ育つまでの繋ぎ、ってこと。仮の当主って感じかな。はっきりいって中継ぎの当主なんて、なんの旨味もないから、遠縁の俺を養子に取るしかなかった。それで十歳以降は公爵家の養子として育ったんだけど、俺が二十歳の時に状況が変わってね。結婚の直前で、義妹――一人娘の令嬢が王子に婚約破棄されちゃったんだ。市井で育った下級貴族の庶子と王子が恋仲になったとかで。結構有名な話だけど、知ってる?」

「なんか聞いたことあるかも……? 私がまだ小さい頃だったと思うんですけど、確か世紀の大恋愛とか言われて本や劇にもなってる?んでしたっけ」

「はは、まぁ平民にはそういう認識だよね。実際はもっとドロドロしていて、傍で見ていてそんな綺麗なモンじゃなかったけどね……」

「そうなんですか?」

「うん。結局、王子は王位継承権を放棄して監視付きで臣下に下った。ま、市井の人々にしてみたら、めでたしめでたしで終わった物語のその後なんて、誰も気にしないよね」


 年齢的に婚約破棄された令嬢が新たな嫁ぎ先を見つけることも難しく、令嬢が婿養子を取り公爵家を継ぐことになったのだと言う。


「そうして、俺は養子縁組を解消され候爵家を出された、ってワケ」


 なんてことない風に話すデイブさんだけれど、実際にはそんな簡単な言葉で片付けられるような話では無かった筈だ。幼い頃から本当の家族と引き離され苦労してきたのに、急に何もかもご破算にされるなんて、きっと穏やかな胸中ではいられなかったはずだ。

 私は、話を聞いて浮かんだ純粋な疑問を口にした。


「あの、普通に考えて幼い頃から教育されたデイブさんを婿にとって一人娘と結婚させれば円満解決だったのでは……?」

「ああ、それはね、“生理的に無理!”だって言われちゃったからね」

「えっ……」

 とんでもない返答に思わず絶句してしまう。

(生理的に無理? デイブさんが……? 何故?)


「公爵夫妻も最初は俺と娘を結婚させるつもりだったみたいだけど、令嬢の方が拒否してね。生理的に無理だから、と。そこまで言われたら候爵夫妻も諦めるしか無い。生理的に無理な相手と結婚させたところで、夫婦の営みが不可能なら子が残せないからさ」

「なんですか、それ……。デイブさん素敵なのに、信じられない……」

「うーん、若い子がそう言ってくれると嬉しいものだね」

「あっ! す、すみません! 変なこと言って」

「いいのいいの。喜んでるんだから。令嬢は自分の血筋や容姿を鼻に掛ける所があったから、多分単純に俺の生家の家格が低いことや、凡庸な見た目が気に入らなかったんだろう。それに、十年もいれば次期当主としてそれなりに実績もあったから、近くにいて比べられるのを嫌ったのかも知れない」


 生家を離れて十年。今更男爵家に戻ったところで、そこにデイブさんの居場所はなかった。デイブさんが養子に出された後、次期当主として新たに教育されてきた次男から当主の座を奪う訳だにもいかず……もはや異物となったデイブさんが男爵家の家族に加わることは出来なかった。
 弟の妻がデイブさんに家督を奪われるのでは、と危険視していたこともあり、完全に男爵家からも籍を抜いた。
 
 結局、家を出て暫く友人の下でお世話になった後、公爵家からの手切れ金を元に小さなワイナリーと牧場を買い、ネルソン商会を立ち上げた。今ネルソン商会が拠点にしているこのワイナリーや畑がある伯爵領は、その時お世話になった友人のお兄さんが継いでいるらしい。


「そんな訳で、公爵家は、俺に借りがある。そこをつつけば後ろ盾になってくれると踏んで会いに行ってきたんだ。筆頭公爵家には流石にエルンスト伯爵家も夫人の生家の子爵家も逆らえないからね」

「大まかな事情はなんとなく分かりました。でも、何故私とデイブさんを結婚させるなんて」


 それとこれとは話が別のような……。
 イマイチ腑に落ちない私に、デイブさんは少し考えこむようにした後続けた。


「理由はふたつ。ひとつは、リリーちゃんが独身でシングルマザーっていう立場である限り、スキルやエレノアの価値に目を付けた同じような奴が今後も現れる可能性があるから、俺と結婚させることでそういう面倒な奴らが寄ってこないようにしたいんだろう。相手が平民でも、既婚者を強引に奪うことは犯罪になる。
 二つ目は……はっきりと言われた訳じゃないけど、俺の……スキルを警戒したからだと思う」

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感想 197

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みんなの感想(197件)

quantum1105
2025.05.11 quantum1105

一気読みしました〜!!
面白いです!!

婚約破棄後の王室と
あの王女ってもしかして、、、、
公爵家の跡取りとなったその後と
それに翻弄された養子
そして主人公と
主人公を捨てた元幼馴染、、、、
天使の様な娘
追い詰めてくる商会

色々気になるー!!!

解除
BLACK無糖
2024.09.16 BLACK無糖

もう2年も停止してる・・・
完結は諦めるのでクズ元カレの末路だけ近況にでも書いてくれません?

解除
しろたん
2024.03.06 しろたん

何度か読み返しています。
続きを楽しみにしています。

解除

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