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最後の王
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無駄に張りきりだした馬鹿を宥めて、お前が守るのは俺の背だと後ろに追いやった。
必然的に現れる敵を斬るのも、物影からの奇襲を破るのも前を歩く俺の仕事だ。
そこで何の疑問も持たずに大人しく俺の背に守られている姿によくここまで生き残れたなと思わないでもないが、それが信頼の証だと言うのならば悪い気はしない。
それに横やりを入れてくる雑魚をきっちり片しているあいつの実力も分かってはいる。
「なぁ、なんか変じゃねぇ?」
「何がだ」
「さっきから全然人を見ねぇ。敵も味方も」
「……もしかしたら、俺たちの知らない間に代替わりしてるかもな。
残っている家臣が多すぎた」
「へ!?いやでもたしかに、抵抗するやつが多かったし、今までで一番寝返ってくるやつらが少ない。というか、いなかった……??」
「……どっちにしろ進むしか道はない。行くぞ」
「あぁ」
長い階段の先、果てのない廊下の奥の奥、王都を一望できるバルコニーのあるその部屋に目的の男はいた。
逃げることも隠れることもなく、豪奢な椅子に腰かけて悠然と俺たちを、いや、俺を見据えていた。
「よく来たね。テュールの息子―――いや、次代の王と言った方がいいか」
側に控える者などいないというのに目の前の男の纏う空気はまさしく王のものだった。
俺より10ほど上のその男には今まで散々民を虐げてきた残虐性や放蕩の限りを尽くし、国庫を空にした愚かさなど見つけられない。
むしろ、王者の威厳に満ちた賢く誇り高い支配者に見えた。
俺を、テュールの息子を次代の王だと言った時点でこの男は決して愚かなわけでも政治に興味がなく疎いわけでもないだろう。
親父の、テュールの血の秘密を知っているほどだ。知識も教養も振る舞いも全て及第点以上。おまけに俺とあいつ以外にココに辿りつかせなかったところを見ると戦も上手い。
あいつが戦場に立ち剣を振りまわすようになってから負けなしできたが、全く同じ条件で戦略だけで勝負しなければならなくなった場合、勝てる自信はない。
何故今更このような男が、こんな場所で俺に立ちはだかる?
その緊張が、戸惑いが、伝わったかのように背後であいつが毛を逆立てる気配がする。
暴走しないようにと一度だけ背後に目をやって警戒心丸出しの顔を見ると、不思議と心が鎮まった。
冷静さを失わないうちに悠然と笑みを浮かべる男に視線を戻して睨みつける。
「……お前は誰だ。王はどこにいる」
「質問しているのは余だ」
「……生憎だが俺はそんなモンに興味ない。父の跡を継ぐのは兄だ」
「兄?そんなものがいたのか……」
眉を寄せて思考を巡らせる男をじっと観察する。
見れば見るほどに噂とも親父たちの話ともかけ離れている。
本当に俺たちの知らない間に代替わりをしていたのか?
まさか。そんなことがありうるのか?
答えを求めるようにぐっと剣を握り直して男を見据えた。
「質問には答えた。次はそちらの番だ」
「余は王だ。それ以外の者がこの部屋のこの椅子に腰かけられると思うか?英雄の息子よ」
「……何代目だ」
「うむ。その若さで軍をまとめ最前線で生き残るだけはあるか。
おまけにそなたは勝利の女神を迎え入れてから負け知らずらしいな」
「質問に答えろ」
「……まったく、運命とは皮肉なものだ。そなたとはもっと違う形で出会いたかった。
そなたの背負う夜の闇に敬意を称して特別に名乗ってやろう」
一瞬だけ見せた悲しそうに眉を下げて笑った姿は年相応に思えた。
一度も顔を伏せることなく毅然と俺たちを見つめる瞳は、高貴な産まれ特有の傲慢さを宿し、纏う空気は誰もが膝を折らざるを得ないほどの威厳と威圧を醸し出す。
「我が名はジャン=ノエル=ラヴァンシー。
この王家の13代目を継ぐ者である」
その声に、瞳に、しぐさに、嫌でも理解させられた。
王だ。
この人は、この混沌の時代に産み落とされた数少ない“本物”の、王になるべくして産まれた人だ。
夜を終わらせる為に、黎明の訪れを知らせる為に運命に目を付けられた気高く哀れな最後の王だ。
「そなたたちに必要な王は私だ。
さぁ、英雄の息子、いや、今代の英雄よ。為すべきことをせよ。余は抗わぬ」
諦めたような笑みが、将来の自分と重なる。
この人は幾つ失ったのだろうか。
最後の最後、自分の命さえ運命に捧げ、何故笑えるのだろうか。
血に縛られ、運命に呪われ、謂れのない罪を押し付けられ、何故こんなにも潔くできるのだろうか。
俺は、その時が来たらこの人のように潔く手を離せるだろうか。
「……もっと早く貴方様にお会いできなかったことを心から残念に思います。陛下」
本来ならば“陛下”ではなく“我が君”と呼ぶに足る相手だった。
膝を折って忠誠の口づけを施してもいいと思える相手だった。
「やめろ。私はそなたと違って温室育ちなんだ。せっかくの苦労が泡になったらどうしてくれる」
「……丁重にお連れしろ。この方への無礼は俺が許さん」
最後の最後で“私”と言ったこの人に、いつの間にか駆けつけていた部下に短くそう命じることしか俺はできない。
聡明で気高い、最後の王。
誰もがなくしたと思って疑わなかった王族の誇りを、威厳を、誉れを全て持ち合わせ、身体に流れる血故に全ての責を負い、潔くその生命を差し出した無実の王に、俺は部下にそう命じることしかできない。
最後の王
(罪のない王が、その身に流れる血によって断罪される)
(それはそう遠くない未来の自分の姿のような気がした)
必然的に現れる敵を斬るのも、物影からの奇襲を破るのも前を歩く俺の仕事だ。
そこで何の疑問も持たずに大人しく俺の背に守られている姿によくここまで生き残れたなと思わないでもないが、それが信頼の証だと言うのならば悪い気はしない。
それに横やりを入れてくる雑魚をきっちり片しているあいつの実力も分かってはいる。
「なぁ、なんか変じゃねぇ?」
「何がだ」
「さっきから全然人を見ねぇ。敵も味方も」
「……もしかしたら、俺たちの知らない間に代替わりしてるかもな。
残っている家臣が多すぎた」
「へ!?いやでもたしかに、抵抗するやつが多かったし、今までで一番寝返ってくるやつらが少ない。というか、いなかった……??」
「……どっちにしろ進むしか道はない。行くぞ」
「あぁ」
長い階段の先、果てのない廊下の奥の奥、王都を一望できるバルコニーのあるその部屋に目的の男はいた。
逃げることも隠れることもなく、豪奢な椅子に腰かけて悠然と俺たちを、いや、俺を見据えていた。
「よく来たね。テュールの息子―――いや、次代の王と言った方がいいか」
側に控える者などいないというのに目の前の男の纏う空気はまさしく王のものだった。
俺より10ほど上のその男には今まで散々民を虐げてきた残虐性や放蕩の限りを尽くし、国庫を空にした愚かさなど見つけられない。
むしろ、王者の威厳に満ちた賢く誇り高い支配者に見えた。
俺を、テュールの息子を次代の王だと言った時点でこの男は決して愚かなわけでも政治に興味がなく疎いわけでもないだろう。
親父の、テュールの血の秘密を知っているほどだ。知識も教養も振る舞いも全て及第点以上。おまけに俺とあいつ以外にココに辿りつかせなかったところを見ると戦も上手い。
あいつが戦場に立ち剣を振りまわすようになってから負けなしできたが、全く同じ条件で戦略だけで勝負しなければならなくなった場合、勝てる自信はない。
何故今更このような男が、こんな場所で俺に立ちはだかる?
その緊張が、戸惑いが、伝わったかのように背後であいつが毛を逆立てる気配がする。
暴走しないようにと一度だけ背後に目をやって警戒心丸出しの顔を見ると、不思議と心が鎮まった。
冷静さを失わないうちに悠然と笑みを浮かべる男に視線を戻して睨みつける。
「……お前は誰だ。王はどこにいる」
「質問しているのは余だ」
「……生憎だが俺はそんなモンに興味ない。父の跡を継ぐのは兄だ」
「兄?そんなものがいたのか……」
眉を寄せて思考を巡らせる男をじっと観察する。
見れば見るほどに噂とも親父たちの話ともかけ離れている。
本当に俺たちの知らない間に代替わりをしていたのか?
まさか。そんなことがありうるのか?
答えを求めるようにぐっと剣を握り直して男を見据えた。
「質問には答えた。次はそちらの番だ」
「余は王だ。それ以外の者がこの部屋のこの椅子に腰かけられると思うか?英雄の息子よ」
「……何代目だ」
「うむ。その若さで軍をまとめ最前線で生き残るだけはあるか。
おまけにそなたは勝利の女神を迎え入れてから負け知らずらしいな」
「質問に答えろ」
「……まったく、運命とは皮肉なものだ。そなたとはもっと違う形で出会いたかった。
そなたの背負う夜の闇に敬意を称して特別に名乗ってやろう」
一瞬だけ見せた悲しそうに眉を下げて笑った姿は年相応に思えた。
一度も顔を伏せることなく毅然と俺たちを見つめる瞳は、高貴な産まれ特有の傲慢さを宿し、纏う空気は誰もが膝を折らざるを得ないほどの威厳と威圧を醸し出す。
「我が名はジャン=ノエル=ラヴァンシー。
この王家の13代目を継ぐ者である」
その声に、瞳に、しぐさに、嫌でも理解させられた。
王だ。
この人は、この混沌の時代に産み落とされた数少ない“本物”の、王になるべくして産まれた人だ。
夜を終わらせる為に、黎明の訪れを知らせる為に運命に目を付けられた気高く哀れな最後の王だ。
「そなたたちに必要な王は私だ。
さぁ、英雄の息子、いや、今代の英雄よ。為すべきことをせよ。余は抗わぬ」
諦めたような笑みが、将来の自分と重なる。
この人は幾つ失ったのだろうか。
最後の最後、自分の命さえ運命に捧げ、何故笑えるのだろうか。
血に縛られ、運命に呪われ、謂れのない罪を押し付けられ、何故こんなにも潔くできるのだろうか。
俺は、その時が来たらこの人のように潔く手を離せるだろうか。
「……もっと早く貴方様にお会いできなかったことを心から残念に思います。陛下」
本来ならば“陛下”ではなく“我が君”と呼ぶに足る相手だった。
膝を折って忠誠の口づけを施してもいいと思える相手だった。
「やめろ。私はそなたと違って温室育ちなんだ。せっかくの苦労が泡になったらどうしてくれる」
「……丁重にお連れしろ。この方への無礼は俺が許さん」
最後の最後で“私”と言ったこの人に、いつの間にか駆けつけていた部下に短くそう命じることしか俺はできない。
聡明で気高い、最後の王。
誰もがなくしたと思って疑わなかった王族の誇りを、威厳を、誉れを全て持ち合わせ、身体に流れる血故に全ての責を負い、潔くその生命を差し出した無実の王に、俺は部下にそう命じることしかできない。
最後の王
(罪のない王が、その身に流れる血によって断罪される)
(それはそう遠くない未来の自分の姿のような気がした)
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