黎明が紡ぐ夜の物語

のどか

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~後日談・番外編~

仮面夫婦の優雅なるオウヴェルトゥーラー中ー

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楽しそうな妻たちを窓越しに見下ろすナハトたちの表情は険しい。

「……まったく、お前を遠方にやったのをもう後悔しそうだ」
「心にもないことを」

俺の顔を見ずにすんで清々してらっしゃるのでは?
表情を変えず、視線を交えず、淡々と交わされる会話はとても血の繋がった兄弟のものとは思えない。
お互いの視線が捕えるのは木漏れ日を浴びながら楽しそうにお茶する妻の姿だけ。

「そうでもない。
 俺はお前が思っているほどお前を嫌ってなどいないからな」

それまでとなんら変わらない口調で紡がれた言葉にはじめてナハトが反応する。

「兄上……?」
「まぁ、できが良すぎて目ざわりだと思ったことは数えきれないほどにあったがな」

目を見開いて驚くナハトに微苦笑を浮かべた顔がゆっくりと振りかえった。
今日はじめてふたりの視線が交わる。
その瞳に嘘偽りがないことなんてすぐにわかる。だからこそナハトは混乱した。
子どものころからずっと兄に疎まれ、嫌われているものだと思っていた。
そう信じて疑わなかった。だから、近づくことをしなかった。

「なんだ、お前もそんな顔をするのか」
「……どういう意味です」
「別に」

クツリと笑う顔にぐっと眉を寄せる。
その表情さえ相手を楽しませるだけの様でナハトは諦めたように息を吐いて、ずっと気になっていたことを尋ねた。

「……なぜあの時ディアナを寄こせと?」
「決まっているだろ。
 勝手にひとりで重荷を全て背負いこんだ気になって諦めた顔をする愚弟への嫌がらせだ」

キッパリとそれ以外に何があるんだと言いたそうな顔で言われた言葉にナハトはヒクリと頬を引き攣らせて無言を貫く。
このたった数分のやりとりで兄の印象がガラリと変わった気がするのは気のせいだろうか。
俺の知っている兄上がいない。
性格が悪そうなところはそのままだが、なんというか―――何かが違う。
その意地の悪さの裏側に押し隠されていたものまで見えて、それに少しだけ触れているような気さえする。

「そこまですればいい加減お前も腹を括るかと思ってな」
「………敵いませんね」
「何を馬鹿な」

零れ落ちた素直な言葉に心底驚いた顔をする兄にナハトは微苦笑で続けた。

「事実です。俺は今まで一度も貴方に勝てたと思えたことはなかった」

兄上は野心家でいつだって前を向いていて、世渡りがとてもうまいから。
不器用でディアナ以外どうでもよかった俺とは違う。
勝手にたくさんのものを諦めて腐っていた俺には遠くて手が届かない人だった。
それを認めたくなくて、ずっと見ないようにしてきた。
俺から目をそらさずに、俺のことさえも上手く使っていた兄上に勝った気なんて一度もしたことがなかった。

「阿呆。
 俺もお前もそうかわらない。
 ただほんの少し、生まれてきたのが早い分だけ俺が腰をあげるのが早かっただけだ」
「?」
「お前と同じで俺も欲しい世界があった。
 だから、お前や周りがどう思おうと最善策として戦いの最前線にお前を押し込みその背中を蹴飛ばし続けてきたんだ」
「セルリア、ですか?」
「さぁな」

ニヤリと笑う顔に自然と笑みが零れた。
顔を見合わせて笑うふたりは20余年かけてようやく本物の兄弟になれた―――本当に何も知らなかった幼いあのころに戻れた気がした。




王様と王弟
(正反対のふたりの傍らには)
(同じく正反対の美しい花)
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