25 / 34
~後日談・番外編~
仮面夫婦の優雅なるオウヴェルトゥーラー中ー
しおりを挟む
楽しそうな妻たちを窓越しに見下ろすナハトたちの表情は険しい。
「……まったく、お前を遠方にやったのをもう後悔しそうだ」
「心にもないことを」
俺の顔を見ずにすんで清々してらっしゃるのでは?
表情を変えず、視線を交えず、淡々と交わされる会話はとても血の繋がった兄弟のものとは思えない。
お互いの視線が捕えるのは木漏れ日を浴びながら楽しそうにお茶する妻の姿だけ。
「そうでもない。
俺はお前が思っているほどお前を嫌ってなどいないからな」
それまでとなんら変わらない口調で紡がれた言葉にはじめてナハトが反応する。
「兄上……?」
「まぁ、できが良すぎて目ざわりだと思ったことは数えきれないほどにあったがな」
目を見開いて驚くナハトに微苦笑を浮かべた顔がゆっくりと振りかえった。
今日はじめてふたりの視線が交わる。
その瞳に嘘偽りがないことなんてすぐにわかる。だからこそナハトは混乱した。
子どものころからずっと兄に疎まれ、嫌われているものだと思っていた。
そう信じて疑わなかった。だから、近づくことをしなかった。
「なんだ、お前もそんな顔をするのか」
「……どういう意味です」
「別に」
クツリと笑う顔にぐっと眉を寄せる。
その表情さえ相手を楽しませるだけの様でナハトは諦めたように息を吐いて、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「……なぜあの時ディアナを寄こせと?」
「決まっているだろ。
勝手にひとりで重荷を全て背負いこんだ気になって諦めた顔をする愚弟への嫌がらせだ」
キッパリとそれ以外に何があるんだと言いたそうな顔で言われた言葉にナハトはヒクリと頬を引き攣らせて無言を貫く。
このたった数分のやりとりで兄の印象がガラリと変わった気がするのは気のせいだろうか。
俺の知っている兄上がいない。
性格が悪そうなところはそのままだが、なんというか―――何かが違う。
その意地の悪さの裏側に押し隠されていたものまで見えて、それに少しだけ触れているような気さえする。
「そこまですればいい加減お前も腹を括るかと思ってな」
「………敵いませんね」
「何を馬鹿な」
零れ落ちた素直な言葉に心底驚いた顔をする兄にナハトは微苦笑で続けた。
「事実です。俺は今まで一度も貴方に勝てたと思えたことはなかった」
兄上は野心家でいつだって前を向いていて、世渡りがとてもうまいから。
不器用でディアナ以外どうでもよかった俺とは違う。
勝手にたくさんのものを諦めて腐っていた俺には遠くて手が届かない人だった。
それを認めたくなくて、ずっと見ないようにしてきた。
俺から目をそらさずに、俺のことさえも上手く使っていた兄上に勝った気なんて一度もしたことがなかった。
「阿呆。
俺もお前もそうかわらない。
ただほんの少し、生まれてきたのが早い分だけ俺が腰をあげるのが早かっただけだ」
「?」
「お前と同じで俺も欲しい世界があった。
だから、お前や周りがどう思おうと最善策として戦いの最前線にお前を押し込みその背中を蹴飛ばし続けてきたんだ」
「セルリア、ですか?」
「さぁな」
ニヤリと笑う顔に自然と笑みが零れた。
顔を見合わせて笑うふたりは20余年かけてようやく本物の兄弟になれた―――本当に何も知らなかった幼いあのころに戻れた気がした。
王様と王弟
(正反対のふたりの傍らには)
(同じく正反対の美しい花)
「……まったく、お前を遠方にやったのをもう後悔しそうだ」
「心にもないことを」
俺の顔を見ずにすんで清々してらっしゃるのでは?
表情を変えず、視線を交えず、淡々と交わされる会話はとても血の繋がった兄弟のものとは思えない。
お互いの視線が捕えるのは木漏れ日を浴びながら楽しそうにお茶する妻の姿だけ。
「そうでもない。
俺はお前が思っているほどお前を嫌ってなどいないからな」
それまでとなんら変わらない口調で紡がれた言葉にはじめてナハトが反応する。
「兄上……?」
「まぁ、できが良すぎて目ざわりだと思ったことは数えきれないほどにあったがな」
目を見開いて驚くナハトに微苦笑を浮かべた顔がゆっくりと振りかえった。
今日はじめてふたりの視線が交わる。
その瞳に嘘偽りがないことなんてすぐにわかる。だからこそナハトは混乱した。
子どものころからずっと兄に疎まれ、嫌われているものだと思っていた。
そう信じて疑わなかった。だから、近づくことをしなかった。
「なんだ、お前もそんな顔をするのか」
「……どういう意味です」
「別に」
クツリと笑う顔にぐっと眉を寄せる。
その表情さえ相手を楽しませるだけの様でナハトは諦めたように息を吐いて、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「……なぜあの時ディアナを寄こせと?」
「決まっているだろ。
勝手にひとりで重荷を全て背負いこんだ気になって諦めた顔をする愚弟への嫌がらせだ」
キッパリとそれ以外に何があるんだと言いたそうな顔で言われた言葉にナハトはヒクリと頬を引き攣らせて無言を貫く。
このたった数分のやりとりで兄の印象がガラリと変わった気がするのは気のせいだろうか。
俺の知っている兄上がいない。
性格が悪そうなところはそのままだが、なんというか―――何かが違う。
その意地の悪さの裏側に押し隠されていたものまで見えて、それに少しだけ触れているような気さえする。
「そこまですればいい加減お前も腹を括るかと思ってな」
「………敵いませんね」
「何を馬鹿な」
零れ落ちた素直な言葉に心底驚いた顔をする兄にナハトは微苦笑で続けた。
「事実です。俺は今まで一度も貴方に勝てたと思えたことはなかった」
兄上は野心家でいつだって前を向いていて、世渡りがとてもうまいから。
不器用でディアナ以外どうでもよかった俺とは違う。
勝手にたくさんのものを諦めて腐っていた俺には遠くて手が届かない人だった。
それを認めたくなくて、ずっと見ないようにしてきた。
俺から目をそらさずに、俺のことさえも上手く使っていた兄上に勝った気なんて一度もしたことがなかった。
「阿呆。
俺もお前もそうかわらない。
ただほんの少し、生まれてきたのが早い分だけ俺が腰をあげるのが早かっただけだ」
「?」
「お前と同じで俺も欲しい世界があった。
だから、お前や周りがどう思おうと最善策として戦いの最前線にお前を押し込みその背中を蹴飛ばし続けてきたんだ」
「セルリア、ですか?」
「さぁな」
ニヤリと笑う顔に自然と笑みが零れた。
顔を見合わせて笑うふたりは20余年かけてようやく本物の兄弟になれた―――本当に何も知らなかった幼いあのころに戻れた気がした。
王様と王弟
(正反対のふたりの傍らには)
(同じく正反対の美しい花)
0
あなたにおすすめの小説
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
聖女は秘密の皇帝に抱かれる
アルケミスト
恋愛
神が皇帝を定める国、バラッハ帝国。
『次期皇帝は国の紋章を背負う者』という神託を得た聖女候補ツェリルは昔見た、腰に痣を持つ男を探し始める。
行き着いたのは権力を忌み嫌う皇太子、ドゥラコン、
痣を確かめたいと頼むが「俺は身も心も重ねる女にしか肌を見せない」と迫られる。
戸惑うツェリルだが、彼を『その気』にさせるため、寝室で、浴場で、淫らな逢瀬を重ねることになる。
快楽に溺れてはだめ。
そう思いつつも、いつまでも服を脱がない彼に焦れたある日、別の人間の腰に痣を見つけて……。
果たして次期皇帝は誰なのか?
ツェリルは無事聖女になることはできるのか?
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
皇后陛下の御心のままに
アマイ
恋愛
皇后の侍女を勤める貧乏公爵令嬢のエレインは、ある日皇后より密命を受けた。
アルセン・アンドレ公爵を籠絡せよ――と。
幼い頃アルセンの心無い言葉で傷つけられたエレインは、この機会に過去の溜飲を下げられるのではと奮起し彼に近づいたのだが――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる