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壱
罪の証
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泣き疲れて眠ってしまった雅冬を腕に抱いたまま紫月は酷く驚いた顔をして自分たちを見て今にも泣き出しそうな顔をする彼の父親に視線を移した。
「酷いお顔ですね」
「お前、いくら雅冬が眠っているからといって猫を外すの早くないかい?」
沈んだ顔に情けない声。とてもじゃないがこの国の主の姿とは思えない。
ただの男、父親に戻った城主に紫月は呆れたように息をついた。
「自業自得という言葉をご存知ですか?
こんなに小さな子どもにあんな瞳をさせるなんて」
何を考えていると詰ろうとしたとたん静かな、けれど鋭い声に制止される。
「紫月」
そこには今まさに自分が批判の眼差しを向けている男の懐刀――――父の姿があった。
言葉が過ぎることを咎める色をふんだんに孕んだ瞳を負けじと見つめ返す。
雅冬がしゃくりを上げながら自分が世話役になることに是と頷いた瞬間から紫月の主は目の前の城主でも父でもなく、腕の中で寝息を立てる雅冬だけだった。
その睨みあいを止めたのはやはりというかこの場で一番身分の高い男だった。
「黎季、いい。
紫月の言うとおりだ」
「雪雅様、」
「……私も言葉が過ぎました。
申し訳ございません」
後悔の念に押しつぶされそうな雪雅の声に紫月はバツが悪そうな顔をして詫びた。
そうだ、この優しい人が実の息子にあんな表情をさせて苦悩しないはずがない。
なによりも悩み抜いたからこそこんなに馬鹿な頼みを、願いを、自分に託したのだ。
城内のどの派閥に呑みこまれることもなく、ある程度自由に動けて、子どもの世話に慣れ、大切な息子を任せるに足るほどの信頼のおける者として。
「いいんだ。お前の言うとおりだからね。
それに無理を言ったのは私だ。
お前は、」
それに続く言葉を遮るように紫月は鋭い声を上げた。
紫月が頭を垂れ雅冬がそれに是と頷いた以上その先の言葉を何人たりとも紡がせるわけにはいかなかった。
例えどんなことがあろうとも、この役を終えるその日まで。
「殿!これは私の意思です」
あえて名前ではなく敬称で呼び、言葉を紡ぐ。
この国の主、父の主、ふらっとやってきては遊んでくれる身分の高いおじさん、今まで紫月から向けられた言葉の全てはこのどれかに当てはまっていた。
けれど今紡がれたのは公私を完全に分けた“臣下”としての言葉。
その言葉に雪雅と黎李は改めて自分たちが紫月に強いたことの重さを痛感した。
なのに、当の本人はこちらがそれを思わず忘れてしまうほどに凛然としていて、それがまたふたりの罪の意識を重くさせる。
「他の誰でもない。私が自分で選んだ道です。
まだ至らぬ点も多く殿や父上にご迷惑やご心配をお掛けするかもしれません。
ですがどうか、私の最後の我儘と思い、お聞きいれくださいますようお願い申し上げます」
「―――わかったよ。
お前は藍堂紫月。黎李の息子であり、藍堂を継ぐものであり、そして私の息子の守役だ」
諦めにも似た気持ちで自分の罪の証である紫月の願いを了承する。
私がこの子に選ばせてしまった道は茨の道だ。
それなのに平然と自分の意思で選んだのだと笑い、どれほど鋭い茨に阻まれようとこの子は凛然とした態度を崩さずに進んでいくのだろう。
雪雅はその強さを見いだしたからこそ紫月を選んだ。
どれだけの人間を欺き、傷つけることになろうとも、自分の可愛い息子の為に自分に忠誠を誓い、自分の為に死ぬ覚悟を持っている腹心の部下の子どもを贄に差し出すことを選んだ。
「ありがとうございます」
綺麗な笑みを浮かべて頭を下げた子どもの姿に雪雅の斜め後ろで控えていた黎李は何か言いたげに唇を一度開き、すぐさま何かを堪えるように噛みしめた。
我が子が選んだ道。そう言えば聞こえはいい。
けれどそこに自分たちの思惑が全くなかった訳じゃない。
なによりも、愛しい我が子が茨の道を裸足で歩むことを喜ぶ親がどこにいようか。
きっとこの子は誰よりも傷つくことになる。
この先、雪雅がどちらかの息子に家督を譲るその日まで雅冬の盾となり矛となるのだ。
それも、ただひとりで。
自分はもう手を貸してやることができない、ただ見守ることしか許されなくなった。
そう思うとひどく胸が痛んだ。
「酷いお顔ですね」
「お前、いくら雅冬が眠っているからといって猫を外すの早くないかい?」
沈んだ顔に情けない声。とてもじゃないがこの国の主の姿とは思えない。
ただの男、父親に戻った城主に紫月は呆れたように息をついた。
「自業自得という言葉をご存知ですか?
こんなに小さな子どもにあんな瞳をさせるなんて」
何を考えていると詰ろうとしたとたん静かな、けれど鋭い声に制止される。
「紫月」
そこには今まさに自分が批判の眼差しを向けている男の懐刀――――父の姿があった。
言葉が過ぎることを咎める色をふんだんに孕んだ瞳を負けじと見つめ返す。
雅冬がしゃくりを上げながら自分が世話役になることに是と頷いた瞬間から紫月の主は目の前の城主でも父でもなく、腕の中で寝息を立てる雅冬だけだった。
その睨みあいを止めたのはやはりというかこの場で一番身分の高い男だった。
「黎季、いい。
紫月の言うとおりだ」
「雪雅様、」
「……私も言葉が過ぎました。
申し訳ございません」
後悔の念に押しつぶされそうな雪雅の声に紫月はバツが悪そうな顔をして詫びた。
そうだ、この優しい人が実の息子にあんな表情をさせて苦悩しないはずがない。
なによりも悩み抜いたからこそこんなに馬鹿な頼みを、願いを、自分に託したのだ。
城内のどの派閥に呑みこまれることもなく、ある程度自由に動けて、子どもの世話に慣れ、大切な息子を任せるに足るほどの信頼のおける者として。
「いいんだ。お前の言うとおりだからね。
それに無理を言ったのは私だ。
お前は、」
それに続く言葉を遮るように紫月は鋭い声を上げた。
紫月が頭を垂れ雅冬がそれに是と頷いた以上その先の言葉を何人たりとも紡がせるわけにはいかなかった。
例えどんなことがあろうとも、この役を終えるその日まで。
「殿!これは私の意思です」
あえて名前ではなく敬称で呼び、言葉を紡ぐ。
この国の主、父の主、ふらっとやってきては遊んでくれる身分の高いおじさん、今まで紫月から向けられた言葉の全てはこのどれかに当てはまっていた。
けれど今紡がれたのは公私を完全に分けた“臣下”としての言葉。
その言葉に雪雅と黎李は改めて自分たちが紫月に強いたことの重さを痛感した。
なのに、当の本人はこちらがそれを思わず忘れてしまうほどに凛然としていて、それがまたふたりの罪の意識を重くさせる。
「他の誰でもない。私が自分で選んだ道です。
まだ至らぬ点も多く殿や父上にご迷惑やご心配をお掛けするかもしれません。
ですがどうか、私の最後の我儘と思い、お聞きいれくださいますようお願い申し上げます」
「―――わかったよ。
お前は藍堂紫月。黎李の息子であり、藍堂を継ぐものであり、そして私の息子の守役だ」
諦めにも似た気持ちで自分の罪の証である紫月の願いを了承する。
私がこの子に選ばせてしまった道は茨の道だ。
それなのに平然と自分の意思で選んだのだと笑い、どれほど鋭い茨に阻まれようとこの子は凛然とした態度を崩さずに進んでいくのだろう。
雪雅はその強さを見いだしたからこそ紫月を選んだ。
どれだけの人間を欺き、傷つけることになろうとも、自分の可愛い息子の為に自分に忠誠を誓い、自分の為に死ぬ覚悟を持っている腹心の部下の子どもを贄に差し出すことを選んだ。
「ありがとうございます」
綺麗な笑みを浮かべて頭を下げた子どもの姿に雪雅の斜め後ろで控えていた黎李は何か言いたげに唇を一度開き、すぐさま何かを堪えるように噛みしめた。
我が子が選んだ道。そう言えば聞こえはいい。
けれどそこに自分たちの思惑が全くなかった訳じゃない。
なによりも、愛しい我が子が茨の道を裸足で歩むことを喜ぶ親がどこにいようか。
きっとこの子は誰よりも傷つくことになる。
この先、雪雅がどちらかの息子に家督を譲るその日まで雅冬の盾となり矛となるのだ。
それも、ただひとりで。
自分はもう手を貸してやることができない、ただ見守ることしか許されなくなった。
そう思うとひどく胸が痛んだ。
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