今宵、月の見える丘で

のどか

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覚悟

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息子を腕に抱き、起こさぬように細心の注意を払いながら部屋を辞した紫月を見送ると雪雅は深い息をついた。
そうして思わず零してしまった。
「すまない」と。

それに紫月の言葉を咎めて以来ずっと黙って控えていた黎李は険しい表情のまま重たい口を開いた。

「……アレは妻に似すぎました」
「あぁ、本当に志乃殿に良く似てる」
「たぶん妻よりもずっと頑固です」
「だが、柔軟性もある」
「えぇ、だから今回のことも受け入れたのでしょう」
「あれには私も驚いた。
まさかあんなにすんなりと受け入れるとは……」

微苦笑を零した雪雅につられるように黎李も我が子が驚くほどあっさりと将来を決めた日を思い出した。


あれはまだ桜が散り始めた春の半ばを少し過ぎた頃だった。
藍堂家に春の嵐ならぬ台風がやって来たのだ。

「だーかーら!!こうやって頭下げてんだろうがこのわからずや!!」

そう勇ましく捲し立てるのはまだ15になったばかりの少女だった。

「女の子がそんな口利いちゃいけません!!
 というか何と言われてもどう考えても無理だろう。
 お父さんはそんな無茶認めません!」

つーんとそっぽを向く父に少女の苛立ちが募る。
いい年したおっさんが何やってんだ。キモチワルイ。
だが自分とてここで退くわけにはいかない。

「どうしてですか!?
 幸い兄上の死はまだ身内しか知らないし、柚稀だってまだ家督を継ぐには時間がかかる。
 私が兄上の名前ちょっと借りたって良いでしょう!」
「そういう問題じゃない。お前は女子おなごだ。
 女としての自覚を持ち、幸せをいい加減見つけなさい。」

いつまでも剣術なんぞやりおってからに。と小さく息を吐く。

そうなのだ。
目の前の娘はいつどこをどう育て方を間違えたのか女らしいことを好まない。
双子の兄紫月にいつも付いてまわり剣術や槍術、武道と勉学に幼少のころから勤しんできた。
妻がふわふわと笑って褒めるからよけいに調子に乗って酷くなった。
おかげでそこいらの男共よりよほど腕が立つ。
それでもお茶やお花といった女としての作法も教えこまれていたのがせめてもの救いだ。
ズキズキと痛みだした頭に手を添え頑固に粘り続ける娘へと目をやると彼女は開きなおった様子で今更何言ってんの?という目をしていた。

「じゃあ、認めてくださらなくとも結構です。
 どうせ父上に拒否権なんてありませんから。
 提案者は雪雅様ですから」
「はァ!?どういうことだ!?」

突然でてきた主の名前に物憂げに彷徨わせていた視線を戻すと娘の背後に見慣れた顔があった。

「お前には悪いけど華乃に雅冬の教育係してもらうことにしたから」
「殿ォ!?なに自然と馴染んでるんですか!?
 というか何言っちゃってんですかアンタ!?」

ものすごく軽いノリでいきなり会話に参戦してきた主と主に抱きかかえられている末子に頭痛がひどくなる。

そもそも、なんでここにいる。仕事はどうした!仕事は!!
あ、なんだか胃まで痛くなってきた。

「かのあねうえが、しづきあにうえになるのですか?」

きょとんとした眼差しで自分を見る弟に華乃は小さく笑ってそうだよと返した。
彼女の中でこれは既に決定事項らしい。
黎李は半ば諦めた気持ちになりながらも最後の抵抗とばかりに言葉を続けた。

「だがなァ、幾ら殿の頼みとあってもお前は女子だ。
 しかも15の!
 せめて乳母としてとかもうちっとなんかあるだろ」
「長くできないことくらい分かってます。だけど守りたいんです」

その為には乳母としてではダメだ。立場が弱すぎる上に帯刀を許されない。
なによりも乳母として城に上がるには華乃は若すぎる。

そこに込められた想いは誰に向けられたものだったのか。
まだ見ぬ幼き主となる子どもか。
片割れである双子のしづきか。
親である黎李はもちろん、雪雅―――恐らく華乃自身にも分からなかった。
それでも、

「私が守れる間は兄上の代わりに」

強い願いの灯った瞳に黎李は嘆息する他になかった。
華乃も紫月も中性的な顔立ちをしていたし、双子なだけあり同じ格好をされてしまえば見分けられる者などないに等しい。
黎李とて親の意地で辛うじて見分けられる程度だった。
なによりも、華乃が言うように紫月が病死したという事実はまだ広まっていない。
もちろん雪雅の耳に入っていることを考えると知っている者は知っているだろうが、提案者が雪雅自身である以上、黙らせる手はずは既に整えているのだろうから心配はない。
けれど、

「紫月の変わり、ね。
 覚悟はあるのか?」

誰よりも何よりも尊敬し、ずっと後ろに付きまわっていた最愛の兄を自らの手で再び殺し、自分自身さえも殺す覚悟が。
華乃だけじゃなくまだ幼い弟にまで嘘を吐かせ続け、重荷を背負わせる覚悟が。
見たことのない父の真剣な表情に華乃は小さく息を呑んだ。
それでもピンっと背筋を伸ばし真正面からその強い瞳を見つめ返す。

「はい。
 制限時間は柚稀ゆずきが家督を継げるようになるまで。
 それまで私は雅冬様のお側で雅冬様だけの為に生きます」

一端に覚悟を決めた様な瞳をする華乃に大きな息を吐く。
こうして娘は親の反対に耳も貸さずにアッサリ、サックリ、スッパリと自分の歩く道を選び取った。
選んでしまえば決して引き返すことのできない茨の道を。
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