44 / 145
第2章~守るために強くなると誓いました~
40
しおりを挟む
ふわりと揺れる藍色を見つけたリヒトは息を呑んで懐かしいそれを追いかけた。
人の波に、色とりどりのドレスや装飾品に埋もれていくその色を視線だけで追うことに限界を感じた体は自然と動き出す。
「リヒト……?」
「ごめん!知り合い見つけた!」
「は?ちょ、待てよ!
………もう見つけたのかよ」
ジェロの慌てた声もその後に小さく吐き捨てられた言葉も聞くことなくリヒトは人の波を縫うようにその色を追いかける。
人の波を抜けて、テラスを抜けて、外へと続く階段を下りて、それでも深い藍色は止まることなく揺れ続けている。
見失いそうな背中をなんとか追い続けて辿りついたのは夜会の喧騒から遠く離れた庭園だった。
昼間とは全く違う印象を与えるそこに別世界に足を踏み入れたような高揚と恐怖を味わいながらリヒトは踊るように前を走る女性の手首を掴む。
それに観念したのか軽やかなステップを刻んでいた足が止まりゆっくりとリヒトを振りかえった。
雲間から差し込んだ月の光が静かにふたりを照らし、捕まえた彼女が求めていた人物だったことをリヒトに告げる。
「……捕まっちゃったか」
「センパイ……!」
「お久しぶりだね。リヒト君」
困った声を打ち消すように浮かべられた学生時代と寸分たがわぬ笑みに喉まで出かかっていたはずの文句が急速に勢いを失くしてひっこんでいく。
変わりに出てきた声は自分でも呆れるくらいに女々しくて情けないものだった。
それでもまた会えたことが嬉しくて、こうして話ができることが幸せでリヒトの表情は自然と綻ぶ。
「また会えて、よかった。急に居なくなったから、」
「心配、してくれたんだ?」
「当たり前じゃないですか!」
「嬉しいな」
リヒトは柔らかく瞳を細めて本当に嬉しそうにはにかむ彼女の姿に息を呑んだ。
昔から綺麗に笑う人だと思っていた。
だけど、こんな風に笑う姿を、こんな笑顔を見たことがあっただろうか。
あの頃と同じようで全く違う。長く会っていなかったからだろうか?
その違和感は久しぶりに帰った家で見つける弟妹の成長に気付いた時と似ているようでどこかが違う。
自分にとってこの人は頼りになるセンパイで、親元を遠く離れたあの場所で誰よりも安心をくれた人で――――…。
ぐるぐると果てのない思考に陥りそうになったリヒトを引き戻すように柔らかな笑い声が耳を擽った。
「ふふ、それにしても随分とカッコよくなったねぇ。
縁談とかすごいんじゃないの??」
「からかわないでくださいよ」
からかうように付け足された言葉に口を尖らせながらリヒトは内心ほっと息を吐く。
そうだ。これが俺とセンパイの間にあった距離だ。
この人の前でなら俺は気を抜いていられた。
それこそ家族とジオやニナと一緒にいるように、ごく自然に肩の力を抜いていられたんだ。
共に過ごした学生時代を思い出しながらリヒトはクスクス笑う彼女を小さく睨みつけた。
「変わらないね、君は。
膨れても可愛いだけだよ。リヒト君」
「さっき俺のことカッコよくなったって言ったじゃないですか」
「うん。だから可愛さも忘れない君はすごいと思うよ。
さぁ、そろそろナイト殿のところにお戻り」
「気持ち悪いこと言わないでください。あいつはただの腐れ縁です。
……それに俺はまだ、センパイと一緒にいたい、です」
余裕の笑みを浮かべてリヒトをからかっていた彼女の顔が驚きで彩られ、細い喉が大きく動く。
目を見開いて自分を凝視する彼女にリヒトは不安になる。
今まで一度だって彼女のこんな反応を見たことがなかったら余計になにかマズイことでも言ってしまったのだろうかと思わずにはいられなくなった。
「迷惑、ですか?」
「……本当にズルイよね。君」
「センパイ??」
「でも今夜は勘弁して。今度お茶を御馳走されてあげるからさ」
「っ、約束、ですよ」
「うん。というかリヒト君わかってる?私のお茶代、君持ちだよ??」
「もちろん。センパイのお好きなもの御馳走しますよ」
その言葉に信じられないものを見るような顔でリヒトを見つめる彼女はもっと驚くことになる。
なんならお迎えに伺いましょうかという言葉と共に悪戯っ子のような笑みを浮かべたリヒトのせいで。
人の波に、色とりどりのドレスや装飾品に埋もれていくその色を視線だけで追うことに限界を感じた体は自然と動き出す。
「リヒト……?」
「ごめん!知り合い見つけた!」
「は?ちょ、待てよ!
………もう見つけたのかよ」
ジェロの慌てた声もその後に小さく吐き捨てられた言葉も聞くことなくリヒトは人の波を縫うようにその色を追いかける。
人の波を抜けて、テラスを抜けて、外へと続く階段を下りて、それでも深い藍色は止まることなく揺れ続けている。
見失いそうな背中をなんとか追い続けて辿りついたのは夜会の喧騒から遠く離れた庭園だった。
昼間とは全く違う印象を与えるそこに別世界に足を踏み入れたような高揚と恐怖を味わいながらリヒトは踊るように前を走る女性の手首を掴む。
それに観念したのか軽やかなステップを刻んでいた足が止まりゆっくりとリヒトを振りかえった。
雲間から差し込んだ月の光が静かにふたりを照らし、捕まえた彼女が求めていた人物だったことをリヒトに告げる。
「……捕まっちゃったか」
「センパイ……!」
「お久しぶりだね。リヒト君」
困った声を打ち消すように浮かべられた学生時代と寸分たがわぬ笑みに喉まで出かかっていたはずの文句が急速に勢いを失くしてひっこんでいく。
変わりに出てきた声は自分でも呆れるくらいに女々しくて情けないものだった。
それでもまた会えたことが嬉しくて、こうして話ができることが幸せでリヒトの表情は自然と綻ぶ。
「また会えて、よかった。急に居なくなったから、」
「心配、してくれたんだ?」
「当たり前じゃないですか!」
「嬉しいな」
リヒトは柔らかく瞳を細めて本当に嬉しそうにはにかむ彼女の姿に息を呑んだ。
昔から綺麗に笑う人だと思っていた。
だけど、こんな風に笑う姿を、こんな笑顔を見たことがあっただろうか。
あの頃と同じようで全く違う。長く会っていなかったからだろうか?
その違和感は久しぶりに帰った家で見つける弟妹の成長に気付いた時と似ているようでどこかが違う。
自分にとってこの人は頼りになるセンパイで、親元を遠く離れたあの場所で誰よりも安心をくれた人で――――…。
ぐるぐると果てのない思考に陥りそうになったリヒトを引き戻すように柔らかな笑い声が耳を擽った。
「ふふ、それにしても随分とカッコよくなったねぇ。
縁談とかすごいんじゃないの??」
「からかわないでくださいよ」
からかうように付け足された言葉に口を尖らせながらリヒトは内心ほっと息を吐く。
そうだ。これが俺とセンパイの間にあった距離だ。
この人の前でなら俺は気を抜いていられた。
それこそ家族とジオやニナと一緒にいるように、ごく自然に肩の力を抜いていられたんだ。
共に過ごした学生時代を思い出しながらリヒトはクスクス笑う彼女を小さく睨みつけた。
「変わらないね、君は。
膨れても可愛いだけだよ。リヒト君」
「さっき俺のことカッコよくなったって言ったじゃないですか」
「うん。だから可愛さも忘れない君はすごいと思うよ。
さぁ、そろそろナイト殿のところにお戻り」
「気持ち悪いこと言わないでください。あいつはただの腐れ縁です。
……それに俺はまだ、センパイと一緒にいたい、です」
余裕の笑みを浮かべてリヒトをからかっていた彼女の顔が驚きで彩られ、細い喉が大きく動く。
目を見開いて自分を凝視する彼女にリヒトは不安になる。
今まで一度だって彼女のこんな反応を見たことがなかったら余計になにかマズイことでも言ってしまったのだろうかと思わずにはいられなくなった。
「迷惑、ですか?」
「……本当にズルイよね。君」
「センパイ??」
「でも今夜は勘弁して。今度お茶を御馳走されてあげるからさ」
「っ、約束、ですよ」
「うん。というかリヒト君わかってる?私のお茶代、君持ちだよ??」
「もちろん。センパイのお好きなもの御馳走しますよ」
その言葉に信じられないものを見るような顔でリヒトを見つめる彼女はもっと驚くことになる。
なんならお迎えに伺いましょうかという言葉と共に悪戯っ子のような笑みを浮かべたリヒトのせいで。
0
あなたにおすすめの小説
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
貴方の✕✕、やめます
戒月冷音
恋愛
私は貴方の傍に居る為、沢山努力した。
貴方が家に帰ってこなくても、私は帰ってきた時の為、色々準備した。
・・・・・・・・
しかし、ある事をきっかけに全てが必要なくなった。
それなら私は…
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる