幸福論

のどか

文字の大きさ
18 / 45
~後日談・番外編~

はじまりの記憶ー2ー

しおりを挟む

唇を引き結んでぎゅうっと身体を縮こまらせたところにもう一度声がした。

「……誰か―――この家の娘か?」

慎重な声だった。
警戒と何かが混じった少し強張ったような声に自然とルナの体にも力が入る。

「……俺は“夜の闇”を継ぐものだ。
 この家の者には危害を加えない。」

それでも耳に飛び込んできた単語に転がるようにして外に飛び出した。
それが唯一、父様たちにつながる言葉だったから。

「……お前、ひとりか?」
「は、い」

危うく地面にぶつかりそうだった私を抱きとめたのは知らない少年だった。
少年が小さく安堵の息を吐いたのを聞きながら震える声で返事を返す。
聞きたいことも聞かなければならないことも沢山あった。
だけど、それよりもはやく父様たちに会いたかった。

「ボス!!こっちの生存者はゼロ、だ……」

そんなルナの希望を打ち砕いたのは剣を片手に駆けこんできた少年だった。
少年の言葉に思考が止まる。
私を抱きとめて床に降ろした少年がギロリと彼を睨んだ。
少年も報告すべきボスの腕の中で小さく震える少女が居たことに気付くと自然と語尾がすぼまってバツの悪そうな顔をした。
けれど肝心な部分はハッキリと言ってしまったあとなので手遅れである。
部屋に降り立った気まずい沈黙を破ったのはルナの震えるか細い声だった。

「せいぞんしゃ、ぜろ…?
 父様は?母様は?爺やは?
 大丈夫でしょう?
 きっと、どこかに隠れてるんでしょう?
 そうか、逃げられたのね。はやく探さなきゃ」
「「……」」

よろよろと腕の中から抜け出そうとするルナに少年はぐっと眉を寄せた。
それでも彼女にかけてやれる言葉を少年たちはなにひとつ持っていなかった。
無言の答えが何よりもルナに現実をつきつける。
縋るような視線の先には眉を寄せて唇を噛む少年と同じく固く唇を引き結んでルナから目をそらす少年が居た。

「だって、迎えに来てくれるって言ったわ。
 爺やは、私に嘘つかないもの。
 父様と母様だって忙しくても、ぜったい、私の顔見に来るの。
 夜中に、私が寝ちゃってても、優しく頭を撫でて、それで、それで……!!」

いやいやと首を振るルナを真っ直ぐに見詰めて少年は重たい口を開いた。

「……残念だが、ココにお前以外の生き残りはいない」
「うそ、嘘よ!!会わせて。父様たちに会わせて!!」

信じない。信じるもんか!!
そんなの絶対に嘘だ!!
絶対に、絶対に、嘘だ……!!











涙さえ出てこなかった。
あんなに怖かったのに。あんなに不安だったのに。あんなに、あんなに会いたかったのに。
父様も母様も爺やもちゃんといた。
綺麗な、とても綺麗な姿で眠っていた。
ルナは強張った笑顔でそっと青白い爺やの頬を撫でた。

「爺や?寝てるの……??
 遅いから、私が来ちゃった」

「父様も母様も返事してくださらないの。何回呼んでも、応えてくれないの。
ねぇ、爺や。どうして、どうして……!」

ポタリ。ポタリ。

落ちてくるそれを拭うこともしないでルナは話続けた。

「いい子にするわ。お勉強も嫌がったりしない。
 爺やの言うこと聞いて、今よりうんといい子になるわ」

胸の上で固く組まれた両手を握りしめてルナは叫んだ。

「だから、返して。
 父様も母様も爺やも、執事のお兄さんたちもメイドのお姉さんたちも。
 返して。連れて行かないで。
 お願いだから、みんなを返して……!!」

見つけられた者たちはみんな眠っているだけのようにしか見えないのに、服を汚す赤が、体温を失った体が、ルナから希望の光を奪った。 
何度呼んでも、ルナが泣き喚いても、誰もルナに応えてくれなかった。
困った顔をして頭を撫でてくれなかった。
しょうがないなと笑ってくれなかった。
もう大丈夫だよと抱きしめてくれなかった。

「もういい。もう、十分だ」

何が?
なにがもういいの?なにがもう十分なの?
分からなかった。なにひとつ。今自分の身に起こっていることも、目の前の光景の意味も、少年たちの言葉も。
赤く染まった世界で、冷たい手に縋りついて泣くことしかルナにはできなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

処理中です...