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向日葵の羨望
しおりを挟む損な男だと思った。
そして永遠にこの男にだけは絶対に敵わないとも。
妻の心の片隅にいつも居座っていた男。
愛する人の心は最期まで俺だけのものになることはなかった。
「なぁ、龍一。お前、静奈のこと好きだっただろ?」
酒の力をかりてずっと胸の中で燻っていたモノを吐きだした。
龍一は何を言っているんだと言いたげに眉を寄せて俺を見た。
深い闇色の瞳は吸いこまれそうなほどに澄んでいて、龍一そのものを表しているようだった。
どこまでも気高くて、高潔で、真っ直ぐで、ぶれなくて、純度の高い綺麗な瞳。
龍一は俺の顔を見てゆっくりと瞬くと本当に珍しく穏やかな微笑を浮かべた。
「うん。好きだったよ」
見たことのない柔らかな表情をする龍一に、嫌な予感が当たったと苦しくなる胸を抑えて表情を歪める。
それに気付いた龍一が呆れたような視線を寄こして微苦笑を浮かべた。
「だけど、あなたが思っているような感情じゃない。
恋情じゃなくて憧れ、男女の情愛じゃなくて家族愛だったんだ」
妻とまったく同じことを龍一は俺に囁いた。
遠い昔、嫉妬と不安から少しでも彼女を自分だけのものにしたくてプロポーズしたあの日。
彼女は嬉しそうにはにかんだ後でとても困った顔をしたのだ。
『私と龍一は双子なの』
そんなはずはないとぎょっとする俺に彼女は苦笑いを零して言葉を続ける。
『血の繋がりもないし、産んでくれた母親《ひと》も違う。ましてや産まれた日どころか年も違うわ。
だけどね、私と龍一はふたりでひとりなの』
大抵の人はそれを依存だというけどね。
遠くを見つめながらそう言った彼女は静かに混乱する俺を見つめた。
『だから、私はきっとあなただけを選べない。
男の人として愛してるのはあなただけよ。だけど、龍一を切り捨てることはできないの』
それでもいい?縋るように、苦悩を携えた瞳が俺を見ていた。
答えなんて決まっている。それに、俺もきっと選べない。
女として、これからの人生を共に歩いてくれる人として静奈を愛してる。誰よりも、何よりも、そういう意味で愛しているのは静奈だけだ。
だけど、あのどこか浮世ばなれした高貴な男も器の小さい自分の幼稚な嫉妬だけで憎んだり恨んだりできないくらいには大切なんだ。
でもやっぱり、ムカつくものはムカつくし、八つ当たりはこれからもすると思うけど。
それでも、俺と静奈から少し離れたところで静かに目を細めるアイツに俺は友としてこれからもずっと一緒にいて欲しい。嫉妬の対象であっても、龍一の存在が俺の不安を煽っても、それでも静奈も龍一も手放したくなかった。
ずっと龍一に幸福を守られていた静奈。哀れにも龍一に興味を持たれてしまったばっかりに養子にされてしまっただけではなく俺の愚息にまで目を付けられてしまった瑠璃。
どちらも龍一がずっと守ってきた宝だ。不器用で分かりにくい優しさを簡単に見抜けるようになってしまうほどに大切に慈しまれた宝珠。
なのに、
「……お前の大事にしてるもんはかっさらわれてばっかだな」
思わず零れた言葉に龍一はパチリと目を瞬いて真顔で俺の心を抉った。
俺が気にしていることをピンポイントで突いてくる容赦ない言葉を放ち、自然と情けなく歪められた俺の表情に鬱陶しいと如実に語る視線を寄こして「冗談だよ」と呆れた声を落とした。
それでも諸々のショックから立ち直れない俺に小さく息を吐いたあと何かを思い出すようにすぅっと目を細めて何かを確認するようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「僕は何も奪われてなんかないさ。
あなたにも、あなたの息子にもね」
本心だと分かるその声を俺は信じられない気持で聞いていた。
ここ数年で見慣れた筈の父親の顔をする龍一が自分よりずっと親にみえた。
ただただ瑠璃の幸せを祈る言葉達に自分がとても小さな存在に思えて、情けなくなった。
「瑠璃が幸せになれるなら、笑っていられるなら僕は喜んでこの手を離すよ」
最愛の娘をかっさらわれることへの虚しさも、寂しさも、悲しみ、怒りも全部覆い隠して、ただ瑠璃の幸せだけを願って手を離す。
静奈の手を離した時のように、ただ黙って役目を終えたことへの寂しさを、虚しさを、愛しいものが新しい世界に足を踏み出すことへの喜びにかえて龍一は何度でも手を離す。
あぁ、敵わない。
競うものでも比べるものでもないことは分かっている。
それに正解などないしカタチも方法もそれぞれ違う。
だけど、それでもどうしようもなく思ってしまうのだ。
俺も息子も龍一の愛情には決して敵わないと、そう思ってしまうのだ。
そして不器用すぎる愛情が報われないことに少し安心して、悲しかった。
きっと不器用で真っ直ぐな愛情は、どんな時だって愛しい宝珠を守り続けるのだろう
*このお話は「エリンジウムの解放」「エリンジウムの見つけた光」「菊花のみおつくし」「ネリネのまどろみ」とリンクしています。
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