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【59】アドバイス ー出世するためにはー

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 寮に着くと、先に戻ったセレーナが軍服を整えて待っていてくれた。
 急いで袖を通し、セレーナとアリに礼を言い、宮殿へと向かう。

 途中ダニエルは、支えてくれる周りの人々に感謝した。
 セレーナが隊服を準備してくれなかったら、もっともたついていただろう。
 アリが馬車を用意して待ち構えてなければ、所定の参内時間に間に合わなかった。

 お風呂やマッサージを用意してくれたサニーも、今では救世主のように感じる。
 見窄らしい姿で女王陛下に謁見せずに済んだのは、本当に助かった。

 なんだか上手く話が進みすぎている気がして、ちょっと不安になる。
 しかし宮殿内に足を踏み入れれば、緊張でそんなこと感じる余裕はなくなった。


 アーチ形の入り口ゲートをくぐると、白亜の大理石に囲まれた長い回廊が続く。
 等間隔に置かれた騎士像が立ち入る者を選別するように見下ろしている。
 続く長い階段にも同じように左右に彫刻像が置かれ、真っ白な目で此方を睨んでいた。

 一つ目のセキュリティゲートに到着する前に、ダニエルは萎縮してしまった。
 何処もかしこもあまりにも豪華絢爛ごうかけんらん、眩すぎて……富と権力に圧倒されるばかりだ。

 女王陛下に謁見するためには、いくつもの警備を通過しなければならない。
 それは軍人であるダニエルでも、同じである。

 セキュリティゲートでは近衛隊の仲間達に、「嘘だろ!?何したんだよ!」と興奮気味に訊ねられ、その度に胸の重圧プレッシャーは増した。

 確かに、変な話だ。
 一介の、しかも軍人としての階級も低いダニエルに、女王陛下は一体どんな用があるのだろう。

 宮殿内のセキュリティゲートを進めば進むほど、ダニエルをチェックする軍人の階級が上がっていく。
 先輩達にも「なにをやらかしたの?」という顔をされ、ダニエルの緊張はピークに達した。

 通された待合室で、居ても立っても居られず腹を空かせたライオンみたいにウロウロする。

 あぁぁぁ!やばい、ヤバイ、ヤバい。
 緊張で吐きそう!何を聞かれるんだろう!?

 事前に教えてもらえれば心の準備もできるが、案内人は全員「うかがっておりません」と頭を下げるばかり。
 逆にアレコレ考えてしまう。


 コンコンとノック音がし、間髪入れずに扉が開いた。
 緊張で飛び上がったダニエルだが、見知った顔に膝の力が抜けそうなほど安堵する。

「ハルボーン中佐!」
「ダニエル・マッキニー准尉。ついて来い」
「……は、はい!」

 ハルボーン中佐は弱音を吐く間も与えず、踵を返して歩き出す。
 いつもよりツンケンした雰囲気に、ダニエルはひるんだ。

 中佐を怒らせるようなことを、したのかな……。
 さっきは中佐が口添えしてくれたのかと思って、喜んだのに。
 何がどうなっているのか、話す隙も与えてくれないなんて。

 味方をみつけて弾んだ心が、急速にしぼんでいく。
 同時に、嵐に飲み込まれる小舟に乗ってるような、心許こころもとない気持ちになった。


 幾つかの広間を抜け、女王のプライベートな空間に入る直前、突然ハルボーン中佐が立ち止まった。

 振り返り、あの死んだような目で見下ろしてくる。
 先ほど見た、彫刻像の真っ白な目に似ていて、ダニエルはゴクリと唾を飲んだ。

「ダニエル・マッキニー准尉」
「はい」

「軍人としての最終希望は、近衛隊第一分隊への着任だな?」
「はい、そうであります」

「帝国軍に入って何年だ?」
「十年です」

「それだけ軍にいれば、同期で第一分隊に着いた者もいるだろう」
「はい」

 悔しいことに、後ろ盾のある貴族嫡子には勝てない。
 だが、それで諦めたり腐ったりするダニエルではなかった。

 と誓った夢をいつか叶えてみせる。
 いつまでも……諦めずに追い求めてみせる。


「どうすれば出世できるか知っているか」
「職務を忠実にこなし、功績をあげれば……」

 馬鹿でも答えられそうな捻りのない回答だが、ダニエルにはこれしか浮かんでこなかった。

「違う。上にあがりたければ、後ろ盾を得ることだ」
「……はい」

 後ろ盾になってくれる生家を持たない者はどうすればいいんだと、ダニエルは唇を噛んだ。

「後ろ盾になってくれる御方を見つけたら、迷わず喰らいつけ。喰い殺してやるくらいの気概がなければ、この場所では生き延びれないぞ」
「……はい?」

 語尾があがり、疑問系になってしまった。
 中佐が何を言わんとしてるか、ダニエルには理解できない。

 これから、後ろ盾になってくれる御方に会う……とか?
 まさかね、そんな上手い話があるわけないか。

「覚えておけ。出世するには狡猾さが必要だということを」
「……はい!」

 今はわからなくても、いつかわかる時がくるかもしれない。
 その時に備えて、中佐からのアドバイスを心に留めていようと思った。
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