夢幻の花

喧騒の花婿

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FILE1『倶楽部』

3・朝の会

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 さて次の日、ぼくが熊谷に越してきて二日目のことだが、早くもクラス内でちょっとした事件が起こった。


 その日は、しとしとと雨が降っていた。予報では台風九号が接近しているということで、心なしか風も出ていた気がする。


 さて、この猪ヶ岳小学校では、六年生の秋に修学旅行がある。行き先は神奈川県の箱根、横浜だそうだ。修学旅行費に関しては積み立てしていたそうだが、急遽寄木細工作りもすることになったため、その費用を学校側に直接払うことになったようで、支払い期限がちょうどぼくが越してきた昨日、九月六日だった。


 ぼくは越してきたばかりだということで、特別処置として支払期限を遅らせてもらったわけだが、一人の少女が持ってきた修学旅行費が無くなったということだった。


 少女は九月六日、締め切りぎりぎりに持ってきて、その日自分の机の引き出しに入れていて、先生がきたら渡そうと思っていたそうだ。


 そして、引き出しに入れたことを忘れ、費用を出さずに帰ってしまったらしい。家に帰ってから気付いた少女が、慌てて学校に戻り机の中を見たが、茶封筒に入れていたお金が無くなっていたそうだ。


 ということを、九月七日の本日、朝の会で今まさに川野先生から伝えられているわけだが、教卓の隣に所在無げに立っている少女の姿が弱々しく映っていた。


 ぼくは窓に当たる雨音を聞きながら、川野先生と隣に立つ少女を交互に見た。
 川野先生は少々疑り深い目で教室全体を見渡していた。長いポニーテールがフワリと揺れ、ワイシャツに擦れる音が響いた。


「山岡さんの修学旅行費が無くなったことを知っている人や、もし間違って持っていってしまった人がいたら、あとでこっそりで良いから、先生のところに知らせて頂戴ね」


 川野先生が言葉を選びながら教室内を見渡して言った。山岡と呼ばれた少女は、ふわりとした腰近くまである髪の毛を揺らし、俯いていた。ごてごてとしたフリルの付いた洋服を着ていて、文字通りフランス人形みたいな感じの少女だった。


 朝の会は、こうして後味悪く終わった。

3.続く
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