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FILE1『倶楽部』
2・絵画
しおりを挟む「しかし、どうして大谷だけ絵を描き始めた当日に締め切りなんだろうな。転校生なんだし、少し期間を置いてやってもいいのに」
考えるような顔つきで柏木が呟く。ぼくは少し考えた。
「埼玉県か熊谷市の芸術賞に、猪ヶ岳小学校の六年生名義で出すんじゃないかな。ぎりぎり締め切りが今日で、転校初日のおれに急いで描かせているんだと思う。職員室前の掲示板に、ポスターが張ってあったのを見たよ」
ぼくの言葉に、柏木は思い出したように口を開けた。
「あ、それだ。だから川野先生、締め切りは今日だとうるさかったのか」
「おれ、絵が苦手なんだ。間違っても大賞なんて獲れるはずがないんだから、おれ抜きにして出せばいいのに」
ぼくの言葉に、柏木は少し考えていた。
「それだと、平等じゃなくなるからじゃない? うちは、運動会でも順位を争わないような学校だから、大谷が仲間外れにならないように配慮しているんだろうね」
「え、順位争わないの? だったら芸術賞なんかにも出さなければいいじゃん。これだって立派に大賞を決める大会なんだろ」
思わず鼻で笑ってしまったが、柏木は特に気にならなかったようだ。
「前の学校の運動会はどうだった? 順位決めてた?」
興味津々の態で柏木が目を輝かせている。
「赤白青組に分かれて、徒競走やリレーでも、がっちり順位を争ってたよ。おれ、走るのは結構得意なんだ。リレーの選手に選ばれて、ブイブイ言わせてたんだぜ」
古くさい表現に、柏木はクスリと微笑む。
「残念ながら、うちの学校あまり体育に力入れてないよ。その代わり勉強に力を入れているんだって」
柏木の言葉に、ぼくはしみじみと頷く。
「ああ、そうだろうな」
「そうだろうなって……どうしてわかったの?」
「眼鏡掛けてる生徒が多いから」
「あはは」
柏木は声を上げて笑ったが、転校初日の今日でも、みんなの体型を見ていれば何となくわかる。今だって、夏休み終わってすぐだというのに、あまり日に焼けている生徒を見かけない。ぼくが一番小麦色だ。
「こら、大谷くん、何しゃべっているの? 廊下まで声が聞こえているわよ」
「わお、すみませーん」
様子を見にきた川野先生が、ぼくと柏木に向かって声を張り上げた。ぼくは首を竦めて返事をする。
「五時まで待つから、どんな作品でも良いから仕上げて職員室に持ってきて頂戴ね。あら、柏木くんは何をしているの?」
川野先生は、今度は柏木に向かって声をかける。
「会議があったので、残っていました。もう帰ります」
「何だ、図工係だから残ってくれていたんじゃないの」
ぼくの言葉に、柏木はおどけたように笑った。
「俺、そこまで生真面目じゃない。倶楽部会議だったんだ」
「くらぶかいぎ?」
また話が長引きそうになったのを察したのか、川野先生が怒ったので、柏木はぼくに軽く手を振って教室から退散してしまった。
それを確認した川野先生は、ぼくを一瞥してから教室の扉を閉めた。残されたぼくは、夕焼けに染まる画用紙を眺め、うんざりとした気分で絵を描き始めた。
2.続く
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