夢幻の花

喧騒の花婿

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FILE2『嘘で塗られた自分の体』

6・亜紀ちゃんと倶楽部

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「ところで柏木。あの転校生と仲良いみたいだけど、どう?」


「どうって?」


 亜紀ちゃんが小声になって柏木くんの前の席に座った。大谷くんは、自分の席に座って空を眺めていた。



 何を考えているのだろうか。今後の逃亡先のことだろうか。大谷くんは、悪い人なのだろうか。でも、悪い人がハンカチを貸してくれたり、人を元気付けたりしてくれるのだろうか。



「だから、転入早々佐久間とけんかしたり、ちょっと怖い感じがするじゃない。背高くて、大人っぽいし、冷たい感じもするし。都会の人はみんなああなのかな」


「いい奴だよ。猪俣もしゃべってみればいい」


 穏やかに笑いながら言う柏木くんは、多分大谷くんのママが『逃亡犯』だということを聞いていないのだろう。



「やーよ。怖い人だったらどうするのよ」


「それを判断するために会話をするんじゃないか」


 亜紀ちゃんは髪をいじりながら柏木くんを睨み付けて「却下!」と短く言っただけだった。


「それより愛美、金曜日って倶楽部の日じゃない。そんな体調で、出られるの?」


「あ」


 倶楽部のことを忘れていた。塾だけだから何とか大丈夫だと思っていたけれど、今日の倶楽部は帰らせてもらおうかと考えてしまった。


「まあ、でも今日は顧問の田中先生いないし、うちらだけで働く人訪問をするだけだから、一時間くらいで終わると思うけど」


「今日の働く人は、誰なの?」


 夏休み前にやった働く人訪問は、お菓子工場の工場長だった。個人経営のお店で、裏に小さな工場があり、そこで取材をした。


 五十代くらいのおじさんで、取材をしているときも煙草を吸っていたのを思い出して、衛生的ではないと判断し、私はそのお店のお菓子はもう買わないことにしていた。



「今日は小説家だって。この町にも、そんな有名人がいたんだね」


「小説家? すごい、何ていう名前なの? どういう作品を書いているの?」


「さあ? あたし国語の教科書と携帯小説くらいしか読まないし、知らない」


 亜紀ちゃんは興味無さそうにしていたけれど、私は少し楽しみになった。お腹の調子も良くなってきたような気がした。



 新聞倶楽部は、放課後の五年三組が部室となって活動をする。毎月一回会報を出して、全教室に配ることが主な活動だ。


 五年生が六人、六年生が四人の、計十名で新聞倶楽部は成り立っていた。私と亜紀ちゃんで『我が町の働く人』というコーナーを担当していて、一ヶ月に何度か取材をしに行く。今回は、学校にその小説家が来てくれるそうだ。



 小説家と言っても、あまり有名ではないようで、『文藝カルラ』という小説誌に一本だけ連載を持っている推理作家だった。


6.続く
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