夢幻の花

喧騒の花婿

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FILE2『嘘で塗られた自分の体』

8・嫌いじゃないから!

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 高田さんはすでに遠くへ行っていた。早足の彼女は、背筋もピンと伸ばして姿勢良く歩いている。歩く度にサラリと黒髪がなびいてとても綺麗に見えた。


「高田さん、待って!」

「……何? もう要件は伝えたけれど」


 ふいに振り返った高田さんの表情は冷たく、口はへの字に曲がっていた。怖いけれど、きちんと言わなければ、高田さんだって嫌な思いのままになってしまう。私は勇気を振り絞って声を出した。



「あの、さっき亜紀ちゃんが言っていたことだけど……私、違うから。高田さんのこと、嫌いじゃないから!」


 決意したことを言ったので、少し大きな声になってしまった。私の声は廊下に響き渡り、たまたま歩いていた下級生たちに驚かれてしまった。


 高田さんは私を見て深くため息をついた。


「別に私は気にしていないわ。わざわざそれを言いにきたの?」


「え、う、うん。高田さんに嫌な思いをさせちゃったから……」


 私は彼女の顔を正面から見られなくて、うつむいていた。少し怖いけれど、嫌いじゃない。それだけは、高田さんに誤解させてはならない。人に嫌われていると分かっただけで、自分を出せなくなってしまう人もいるから。


「猪俣さんを振り切って私の元に来てしまったら、猪俣さんが良い気はしないでしょう。そういうのを考えて行動しなさい。私とは特に仲が良いわけではないんだから、一番の友達のことを考えてあげなさい」


 いつまでも冷たい目で見られているような気がして、私は恐る恐る顔を上げてみた。高田さんは思いの外穏やかな表情をしていた。


「亜紀ちゃんは一番の友達だけど、高田さんだって私の友達だもの」


「……馬鹿ね。そういうの、八方美人って言うのよ」


「ふふ、美人になれるなら、それでもいいや」


 高田さんは、また小さく「馬鹿ね」と呟いて笑った。八方美人って悪いことなのかな。皆と仲良くしたら、何か悪いのかな。私にはわからない。


「良かったわね、修学旅行費が見つかって」


「ありがとう。まさか、新聞倶楽部の会報の裏に貼ってあるなんて、思わなかった。佐久間くんが見つけてくれなかったら、またママにもらわなくちゃならなかったから」


 高田さんは少し眉を潜めてから苦笑いをした。


「あれは佐久間じゃ……」


「え? 何、高田さん?」


「いえ、何でもない。とにかく、見つかって良かったわね」


 高田さんは少し悪戯っぽく笑うと、私に手を振ってその場を後にした。その後ろ姿は、まるで羽根が生えていて、ふわりとどこかへ飛んで行きそうなくらい、私には機嫌良く見えた。

8.続く
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