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FILE4『ベートーヴェン・シンドローム』
3・インテルメッツォ
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六年生の二学期からうちのクラスにきた転校生は、まるで姉を見ているように猪突猛進だ。正しいことは正しいと決めつけ、曲がったことや間違ったことを堂々と糾弾するような、正義感溢れる熱血漢だ。
と、この前までは思っていた。
最近では、休み時間の度にノートを清書し、わかりやすく解説をペンで書いていた。何をしているのかと思えば、今週から休んでいる結城 沙奈のためにノートを作っているのだそうだ。
彼女は山岡の修学旅行費を隠した張本人で、そのことを問い詰めたためか、結城は登校拒否をしているようだった。
何故結城が休んでいるかは、我々探偵倶楽部以外は知らない。
「たくみ、またノート作ってるの」
たくみの側に近づいて言うと、彼はこくりと大きく頷いただけで、黙々と作業を続けていた。体格の良い彼に、小学生の机は不釣り合いで不格好に見えた。
「頑張るね」
俺がそう言うと、たくみはため息交じりに呟いた。
「おれのせいで一人の女の子の生活を壊した。おれが責任を取らないと」
「……思い詰めるなよ。たくみのせいじゃないかもしれない」
ハルカもどことなく元気がなかったけれど、こちらの方が重症なようだ。
「駄目だ。おれが自分を許せない。司の言う通り、少し考えてから行動すれば良かったことなんだ。確かに結城のしたことは悪いことだと思う。でも、それをおれははっきりと言い過ぎた。いつもそうなんだ。おれは行動してから後悔することが多い。本当に駄目だな……」
ぶつぶつと小さな声で呟くたくみに、俺はこっそりとため息をついた。無鉄砲な反面、責任感も強いようだ。
「行動しないで後悔するよりずっと良いと思うけどな」
俺はそっと呟いた。
「今日も結城の家に行くの?」
「行くよ。ノート届けないと。結城のお父さんは会ってくれるんだけど、結城は体調不良らしくて……まあ、それも表向きだろうけど」
思い詰めたように呟くたくみを見て、俺は何も言えなくなってしまった。軽々しく慰めの言葉を口に出しても、たくみはすぐに見抜きそうな気がする。頭の良さ云々よりも、たくみはカンが良過ぎる。
彼の澄んだ大きな釣り目でこちらを見つめられると、隠していることを全て見透かされてしまいそうな気がして、時々ドキッとすることがある。
俺は黙ってたくみの側にいた。普段はがさつに字を書いているたくみだが、結城のために丁寧にゆっくりと書いている。
「一番気になっているのは……」
たくみはそこで一旦言葉を切って俯いた。俺はたくみの隣の席に腰かける。
「司って、受験組?」
顔を上げて尋ねられたので、俺は少し驚いて「あ、うん」と答えた。
「……聖アランフェス学園中等部を受ける予定」
たくみは驚いたように「へえ!」と声を上げ身を乗り出してきた。
「転校前、近くに住んでいた人が通ってたよ。音楽の名門だよな」
「うん。音楽のことをもっと知りたいから、希望してる」
「すごいな、おれなんて将来のことも何も考えていないし、まして今やりたいことなんてないから、ただ単純に毎日を生きているだけなのに。司は良く考えているんだな」
猪突猛進で、考えなしに行動しているようには見えるけれど、俺はたくみのこういう素直に感情を表に出せる部分が好きだ。
自己表現力がとても豊富で、駄目なことは駄目、けれどすごいと思えば素直にそれを伝えることの出来る素直さは、とても大切な長所だと思っている。真似をしたいと思っても、俺にはとても出来そうにない。
「中学受験となると、出席日数や内申書ってやつが重要になってくるんだろ? もし結城が受験組だったら、おれの取った軽率な行動で、一人の人生を潰してしまうかもしれない。もうすでに一週間休んでいるし、おれが先生に告げ口をしたと考えていたとしたら、内申書も気にしているかもしれない。だとしたら今恐怖で戦っていると思うんだ。あいつ私立志望なのかな……」
俺はどちらかというと、あまり人のことを気にしない方だし、クラスメイト数人と一言二言しか話さないで一日を終えるということもざらにあるくらいなので、ハルカが公立に行くというくらいしか知らない。
「結城さんは私立受験よ。私と塾が一緒だもの」
ふと前方から声が聞こえてきた。生徒会長の高田 澄子だ。銀縁の眼鏡をかけ直しながら、たくみのノートを覗き込んだ。
「うわー、そうなの、ありがとう」
たくみが肩を落としながら言った。ショックを受けてしまったようだ。
「今度は結城さんのためにノートまで取ってるの? この前までは山岡さん山岡さんって騒いでいたくせに。あなたは何なの、移り気なの?」
高田は若干いつもより声が低めになっている。
「会長、これはたくみが善意でやっていることなんだ。あまり茶化さないでやってくれよ」
俺が言ってもきかないだろうとは思ったけれど、一応言ってみた。案の定高田は眉を吊り上げて俺に食ってかかってきた。
「人の粗を捜して、傷付けるような倶楽部に入っている人に何も言われたくはないわ」
敵意むき出しでこられてしまうと、俺もその次の台詞が言えなくなってしまう。情けないことだが、彼女の怒鳴り声が若干怖い。
「粗を捜すか。本当に……高田の言う通りだなー」
ますます落ち込んだように、たくみは机に突っ伏した。高田もこれには驚いたようで、慌ててたくみを覗き込んだ。
「どうしたのよ、何かあったの? もしかして、結城さんが学校にきていないのと関係があるの?」
「あー、別に。高田には関係ないし」
くぐもった声を出したたくみに、高田は憤慨したようだ。顔をみるみる赤らめると、
「そう、もう知らないわよ。あなたもさすが探偵倶楽部の一員ね!」
とだけ言ってこの場を去った。顔を上げたたくみが、大股で歩いて行く高田の後ろ姿をぼんやりと眺めながら「何だあいつ」と呟いた。
「たくみは……会長の前で女子の話題を出さない方がいいかも」
「何で?」
「そうした方が一日穏便に過ごせるよ」
「ふーん……」
自分のことに対して疎いのだろうか。彼の推察力はハルカも舌を巻いたくらいなのに、自分に向けられる好意には、どうやら気付いていないようだった。
3.続く
と、この前までは思っていた。
最近では、休み時間の度にノートを清書し、わかりやすく解説をペンで書いていた。何をしているのかと思えば、今週から休んでいる結城 沙奈のためにノートを作っているのだそうだ。
彼女は山岡の修学旅行費を隠した張本人で、そのことを問い詰めたためか、結城は登校拒否をしているようだった。
何故結城が休んでいるかは、我々探偵倶楽部以外は知らない。
「たくみ、またノート作ってるの」
たくみの側に近づいて言うと、彼はこくりと大きく頷いただけで、黙々と作業を続けていた。体格の良い彼に、小学生の机は不釣り合いで不格好に見えた。
「頑張るね」
俺がそう言うと、たくみはため息交じりに呟いた。
「おれのせいで一人の女の子の生活を壊した。おれが責任を取らないと」
「……思い詰めるなよ。たくみのせいじゃないかもしれない」
ハルカもどことなく元気がなかったけれど、こちらの方が重症なようだ。
「駄目だ。おれが自分を許せない。司の言う通り、少し考えてから行動すれば良かったことなんだ。確かに結城のしたことは悪いことだと思う。でも、それをおれははっきりと言い過ぎた。いつもそうなんだ。おれは行動してから後悔することが多い。本当に駄目だな……」
ぶつぶつと小さな声で呟くたくみに、俺はこっそりとため息をついた。無鉄砲な反面、責任感も強いようだ。
「行動しないで後悔するよりずっと良いと思うけどな」
俺はそっと呟いた。
「今日も結城の家に行くの?」
「行くよ。ノート届けないと。結城のお父さんは会ってくれるんだけど、結城は体調不良らしくて……まあ、それも表向きだろうけど」
思い詰めたように呟くたくみを見て、俺は何も言えなくなってしまった。軽々しく慰めの言葉を口に出しても、たくみはすぐに見抜きそうな気がする。頭の良さ云々よりも、たくみはカンが良過ぎる。
彼の澄んだ大きな釣り目でこちらを見つめられると、隠していることを全て見透かされてしまいそうな気がして、時々ドキッとすることがある。
俺は黙ってたくみの側にいた。普段はがさつに字を書いているたくみだが、結城のために丁寧にゆっくりと書いている。
「一番気になっているのは……」
たくみはそこで一旦言葉を切って俯いた。俺はたくみの隣の席に腰かける。
「司って、受験組?」
顔を上げて尋ねられたので、俺は少し驚いて「あ、うん」と答えた。
「……聖アランフェス学園中等部を受ける予定」
たくみは驚いたように「へえ!」と声を上げ身を乗り出してきた。
「転校前、近くに住んでいた人が通ってたよ。音楽の名門だよな」
「うん。音楽のことをもっと知りたいから、希望してる」
「すごいな、おれなんて将来のことも何も考えていないし、まして今やりたいことなんてないから、ただ単純に毎日を生きているだけなのに。司は良く考えているんだな」
猪突猛進で、考えなしに行動しているようには見えるけれど、俺はたくみのこういう素直に感情を表に出せる部分が好きだ。
自己表現力がとても豊富で、駄目なことは駄目、けれどすごいと思えば素直にそれを伝えることの出来る素直さは、とても大切な長所だと思っている。真似をしたいと思っても、俺にはとても出来そうにない。
「中学受験となると、出席日数や内申書ってやつが重要になってくるんだろ? もし結城が受験組だったら、おれの取った軽率な行動で、一人の人生を潰してしまうかもしれない。もうすでに一週間休んでいるし、おれが先生に告げ口をしたと考えていたとしたら、内申書も気にしているかもしれない。だとしたら今恐怖で戦っていると思うんだ。あいつ私立志望なのかな……」
俺はどちらかというと、あまり人のことを気にしない方だし、クラスメイト数人と一言二言しか話さないで一日を終えるということもざらにあるくらいなので、ハルカが公立に行くというくらいしか知らない。
「結城さんは私立受験よ。私と塾が一緒だもの」
ふと前方から声が聞こえてきた。生徒会長の高田 澄子だ。銀縁の眼鏡をかけ直しながら、たくみのノートを覗き込んだ。
「うわー、そうなの、ありがとう」
たくみが肩を落としながら言った。ショックを受けてしまったようだ。
「今度は結城さんのためにノートまで取ってるの? この前までは山岡さん山岡さんって騒いでいたくせに。あなたは何なの、移り気なの?」
高田は若干いつもより声が低めになっている。
「会長、これはたくみが善意でやっていることなんだ。あまり茶化さないでやってくれよ」
俺が言ってもきかないだろうとは思ったけれど、一応言ってみた。案の定高田は眉を吊り上げて俺に食ってかかってきた。
「人の粗を捜して、傷付けるような倶楽部に入っている人に何も言われたくはないわ」
敵意むき出しでこられてしまうと、俺もその次の台詞が言えなくなってしまう。情けないことだが、彼女の怒鳴り声が若干怖い。
「粗を捜すか。本当に……高田の言う通りだなー」
ますます落ち込んだように、たくみは机に突っ伏した。高田もこれには驚いたようで、慌ててたくみを覗き込んだ。
「どうしたのよ、何かあったの? もしかして、結城さんが学校にきていないのと関係があるの?」
「あー、別に。高田には関係ないし」
くぐもった声を出したたくみに、高田は憤慨したようだ。顔をみるみる赤らめると、
「そう、もう知らないわよ。あなたもさすが探偵倶楽部の一員ね!」
とだけ言ってこの場を去った。顔を上げたたくみが、大股で歩いて行く高田の後ろ姿をぼんやりと眺めながら「何だあいつ」と呟いた。
「たくみは……会長の前で女子の話題を出さない方がいいかも」
「何で?」
「そうした方が一日穏便に過ごせるよ」
「ふーん……」
自分のことに対して疎いのだろうか。彼の推察力はハルカも舌を巻いたくらいなのに、自分に向けられる好意には、どうやら気付いていないようだった。
3.続く
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